▽ 1-1
赤や黄色に染まっていた葉が散り、代わりに色とりどりの煌めくイルミネーションの光の粒が街の木々を彩る季節。
寒いのは大嫌いだけど、昔から冬の雰囲気は好きだった。クリスマスが近付くと街がその空気に包まれるから気分だって自然と弾む。
ついこの前、香織と出掛けたときに買ったばかりの新しいアウター。ショート丈のファーコートに身を包みながら大学に向かう私の足取りは軽くて、何だか今日はいい事ありそうだなぁって思ってた・・・・・・・・・、のに!!!!!
「なまえ、おーはよ♪ そのコート可愛いじゃん、新しいやつ?」
「・・・・・・ウザい、重い、邪魔!!!」
「おっと!相変わらず朝から元気だねぇ」
「避けんな、バカ」
教室へ向かうまでの廊下で、急に後ろからずしりと背中にのしかかる重み。聞き覚えがありすぎる声に、朝から思いつく限りの罵詈雑言をぶつけてみても当の本人はケロッとしていて。振り返りながらその肩を軽く殴ろうとしたけど、するりとかわされてしまう。
そう言えば朝イチの講義ってこいつと同じだった・・・。しかも松田はいないし。
向かう教室が同じだから、自然と私達が向かう方向も同じになるわけで。何だかんだと話しかけてくる萩原に答えながら教室につくと、何故か萩原は私の隣に腰掛ける。
「・・・・・・何で隣?席他にも空いてんじゃん」
「いいだろ、ここでも。てか今日はなまえちゃんにお願いがあるのよ」
「ヤダ、無理。ちゃん付けとかキモいし、ろくなお願いじゃないから嫌だ!」
「あ、やっぱり呼び捨てにされたいって?素直じゃねぇなぁ、なまえは」
机の上に片肘をつきながら、態とらしくウインクをした萩原に思いっきり舌打ちをすれば「冗談だよ、んな怖い顔すんなって」って萩原は笑う。
相変わらずマイペースなこの男。松田とは違う意味で私のペースを乱すこいつのことは、やっぱり嫌いだ。
「まぁお願いがあるのはマジなんだよ。とりあえず聞くだけ、な?」
「・・・・・・何?ホントに聞くだけだからね」
「バイト頼まれてくんね?期間限定!クリスマスまでの2週間だけでいいから!」
ぱん!っと両手を顔の前で拝むみたいに合わせる萩原。思っていたよりもマトモなお願いに、もう少しだけ話を詳しく聞いてみれば、どうやらそのバイトとやらは元々萩原が頼まれていたものらしい。
友達が旅行に行く期間、代わりに頼まれていたというそのバイト。怪しげなバイトかと思ったけど、普通のカラオケらしい。
「萩原が頼まれたんだから行けばいいじゃん」
「それがどうしても家の事情で今週と来週は無理なんだよ。クリスマス前だし他の奴らも色々忙しいらしくて断られてさ。バイトしてない奴誰かいねぇかなって思って考えてたら、なまえがいたってわけ」
たしかに萩原の言うように私は今どきにしては珍しくバイトをしたことがない。お小遣いに困ってるわけじゃないけど、クリスマスに向けて出費が嵩むのも事実。
たしかに暇っちゃ暇だけど、なんとなく萩原の頼みを素直に受けるのは癪な気もする。
「・・・・・・、」
「なぁ、頼む!今度学食で飯奢るからさ!」
「・・・・・・、」
「あとはー・・・・・・、なまえが持ってない陣平ちゃんの写真でどう?」
「っ、」
伊達に長い付き合いがあるわけじゃない。このいけ好かない男は、本当に私の扱いをよく分かってると思う。その言葉に一気にぐらりと傾いた私の心。それを見透かすみたいに萩原はニヤリと悪戯っぽく笑う。
「・・・・・・交渉成立?」
「・・・・・・先にちょーだいね、その写真」
「サンキュ♪ また後で詳細送る時に一緒に送るよ」
そういえば、いつかも松田の写真をだしに使われたことあったっけ。高校の頃の懐かしい記憶が頭を過ぎる。
別にあの時みたいに何かあるわけでもない。健全なバイトだし、松田にも怒られることはないだろう。(勝手に写真貰ったってなったら怒るかもだけど、)
萩原からその日の夕方に送られてきたのは、バイト先のカラオケ店の場所とそこの店長の連絡先。どうやら事情はもう伝えてくれているらしい。
休みもちゃんとあるし時給も悪くないし、クリスマス前のお小遣い稼ぎにはいいだろう。
そんなことを考えながら、萩原から届いたメッセージを眺めていた。
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