番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-3


結局、捜査員200人余りがくまなく館内を捜索したけれどキッドは見つからず。


まぁそれもそうだろう、俺≠フことを簡単に見つけられるわけがない。


「奴が空を飛び去る姿もこの博物館から逃げる姿も見た奴は誰もいないんだぞ!絶対にまだこの館内にいるはずだ!」
「彼奴は煙と共に襲来してティアラを盗み、煙と共に消え失せたのか。令和の魔術師のその名の如く・・・」
「ジイさん!感心してる場合じゃねぇぞ!」



中森警部たちのやり取りにニヤリ、と心の中で笑みを浮かべているとあの喫茶店で働く探偵とやらが中森警部に声を掛けた。



「あのー、キッドの居場所なら僕分かりますよ」
「なぁに?!」
「本当なのか?!!」



わらわらと彼の後ろに続いて部屋を出ていく中森警部達。展示室の中の人がいなくなり、がらりとした静けさに包まれる。



彼らの後ろに続きながら、そっと姿をくらまし展示室に戻ると白い粉まみれの展示ケースに近付く。



ゆっくりとそのケースに手をかけようと手を伸ばしたその時、



「やめといた方がいいんじゃないのかい?今それを開けると天井に押し潰されると思いますよ」
「っ、」
「中森警部に頼んで仕掛けの電源を入れてもらってますので」



壁にもたれながらそう言ったのは、あの安室という男。たしかこの2人は友人同士、だったか。



「中が気になったから見たくなっただけだよ!そんな怖い顔しないでよ、安室さん」
「生憎、彼女が僕にそんな風に笑いかけることは有り得ないので。いい加減に正体を現した方がいいんじゃないですか?」


張り詰めたようなこの空気を誤魔化すために咄嗟に作った笑顔。それを120%の作り笑いで返され、思わずぞくりと背筋を嫌な汗が伝う。



こいつ、笑ってんのに目が1ミリも笑ってねぇから怖ぇーんだよ!!!



そいつの足元から出てきた名探偵が、ふっと口元に笑みを浮かべながら俺を見る。



「にしても相変わらず好きだな、女に化けるの」



ったく、しゃーねぇなぁ。


2人の口から語られたこの展示ケースのトリック。ここまでバレたらさっさと逃げた方がよさそうだな。



ポン!という音と共にマスクを剥ぎ取りいつもの純白のシルクハットに身を包む。



「即席で変装したにしては、上手く化けてたつもりだったんだけどなぁ。一体どこで気付いたんだ?」
「見た目はそっくりですよ、腹立たしい笑い方も彼女そっくりだ」
「ははっ、あんな美人捕まえてそんなこと言うなんて酷い人ですね」


さっきまでの作り笑いが崩れ、僅かに顔を顰めた安室という男。どうやら彼女と彼の間には、ただの友情とはいえない何かがあるのかもしれない。


我ながらいい具合に化けたと思ったのに。



例え即席の変装だとしても、見た目はもちろん声も仕草も上手く真似たつもりだった。こんなにすぐ気付かれちまうなんて。



「まぁ僕よりも先に違和感に気付いた人間もいたみたいなので、これから先変装する人間はよく選んだ方がいい」
「ご忠告どーも♪ では、私はこの辺りでそろそろ失礼させていただきますよ。中森警部もこちらに向かってるみたいなので」



バタバタと近付いてくる慌ただしい多数の足音。「キッド!!!!」と中森警部のデカい声が展示室に響くのとほぼ同時。片手でティアラを掴むと、そのままワイヤー銃を構え隊員達の間をぬって外に向かって一気に走った。







「っ、待て!キッド!!!!」


ひらひらと人の間を抜けていくキッドの背中を追いかけようとしたオレの腕を掴んだのは安室さんだった。



「大丈夫だよ。キッドが逃げるのはおそらく空だ。上にはアイツがいるから」
「アイツ、って・・・」
「僕より先にキッドの正体に気付いていたアイツ≠ェね」



人差し指を立て口元にあてた安室さんは、ウインクをしながらそう言いふっと笑みをこぼす。


それにしても、松田刑事も安室さんも何でキッドがなまえさんに化けてたってすぐに気付いたんだ?



「ねぇ、安室さん。何ですぐにキッドの変装に気付いたの?見た目や声はそっくりだったと思うけど」
「あぁ、僕が気付いたのは・・・・・・、」


立ち上がった安室さんは、キッドが向かったであろう博物館の鐘へと続く階段へと視線を向ける。



「なまえは絶対にあんなこと′セわないからね」
「あんなこと?」


小さく首を傾げたオレに、安室さんはただ楽しげに目を細め笑っていた。







「さてと、翼を広げて・・・。おいとましましょうかねぇ」


ハンググライダーを広げようとベルトに手をかけたそのとき、不意に後ろから腕を捕まれ心臓が大きく跳ねる。



「よぉ、やっと会えたな。月下の奇術師だったか?いや、今は令和の魔法使いか。そんなに急いで逃げんじゃねェよ」
「っ、」


しっかりと掴まれた腕。捜査一課の刑事だからそこまでキッドには興味ねぇと思って油断してた。



無理やり逃げようとして押さえ込まれちゃ逃げられない。ここは上手く隙をついて逃げるほうがいいだろう。



たしかこいつ、あの女の人の恋人だったか。



「上手く化けたつもりだったんですが、貴方にもすぐに見抜かれていたようですね」
「あたりめーだろ。自分の女なんだから分かるに決まってる」
「ほう、愛の力ってことですか」
「なっ、別にそんなんじゃねェよ!!!」



僅かに赤くなった彼の頬。あの公安の彼らよりも分かりやすい反応に、ふっと笑みがこぼれた。



「今後の参考にどこで気付いたのか聞いても?」
「言わねェよ。コソ泥は俺の管轄じゃねェが、このまま逃がしてやる道理はねェし大人しく捕まれよ」
「失礼な。コソ泥じゃなくて、怪盗≠ナすよ♪ 」


掴まれていない方の手で、袖から取り出した煙幕の玉を握る。


俺の動作に腕を掴んでいた彼の手に力が入る。隙はきっと一瞬しかない。




ポン!!!!という音と共に辺りを白い煙幕か包んだ。







白い煙幕で視界が遮される。奴を逃がさないよう、零の部下から預かっていた手錠で奴と自分の手首を繋ぐ。




「陣平!!!」
「っ、」


ほんの一瞬、ここにはいないなまえの声がして意識がそちらに向く。



徐々に晴れていく視界。手錠の片方は俺の手首に繋がれたまま。その反対には、ゆらゆらとあのティアラが揺れていた。



この一瞬で手錠外すなんて。中々やるじゃねェか、こいつ。


幸い、奴はまだ空に旅立ってはいない。今ならまだ捕まえられるはず。



取り抑えようとした俺の動きを察したのか、振り返ったキッドは口の端に態とらしい笑みを浮かべた。




「ところで、いいんですか?こんな所にいて」
「あ゛?どういう意味だよ」
「さすがに夜は冷える。貴方の大事なお姫様が風邪を引いてしまいますよ」



風邪・・・だと?


勢いよく広がったハンググライダー。目の前には今にも飛び立とうとするキッド。



「それに無防備なお姫様を他の男が先に見つけたら、色々と困るのは貴方の方じゃないんですか?」
「っ、お前まさか!!!」
「俺は完璧主義者なんでね♪ 」



勢いよく空へと羽ばたいた白い翼。あっという間に黒い闇に飲み込まれて小さくなっていくその白い姿に視線を奪われたのは、ほんの僅かな時間で。



あの野郎・・・っ、次会ったらぜってーとっ捕まえてやる・・・っ、!!!!!



踵を返すと建物の階段を急いで下る。



ざわざわとした人の声が近くなる。そこに混じるのは、聞き慣れたあいつの声。




「っ、なまえ!」
「あ!陣平!!聞いてよ、私キッドに・・・、」
「お前服は?!!」
「・・・・・・?服?着てるけど・・・、どうしたの?そんなに慌てて」



零の隣にいたなまえは、家を出た時と同じ服をちゃんと着ていて。息を切らした俺を見て不思議そうに首を傾げた。



思わずその肩を掴み、頭の先から爪先まで視線を上下させるが特におかしな所はひとつもない。



「おい、松田。お前もしかしてキッドに一杯食わされたんじゃないのか?」



きょとんとした顔のなまえとは裏腹に、何もかもを見透かしたみたいに呆れたような笑みを浮かべた零。




「・・・・・・・・・あんのコソ泥野郎!!!!次会ったら絶対逃がさねェ!!!!!!!!」





────────────────



どうして松田がなまえが偽物だと気付いたのか。


あいつが別室に向かったあと入れ替わっていたというキッド。松田は館内の警備のチェックを終え展示室に戻った時からなまえの違和感に気付いていたらしい。


どんなに聞いてもその違和感の正体については話したがらない松田に痺れを切らした俺は、たまたま本庁で会った萩原にその話をした。


「陣平ちゃん頑固だからなぁ。そんな時は酔わして吐かせるしかねぇよ♪ 」


そんな萩原の一言で久しぶりに集まった同期5人。いいペースで酒が進み、赤らんだ頬で呂律か危うくなってきた松田に萩原が話を振った。



「なぁ、陣平ちゃん。この前のキッド騒動のこと降谷ちゃんから聞いたんだけどさ、なんでキッドがなまえに化けてるって気付いたわけ?」
「はァ?んなの気付かねェ方がおかしいだろ」
「キッドの変装って見た目は瓜二つって聞くし、声もそっくりなんだろ?」
「バーカ。あいつが俺の名前呼ぶ声を何年聞き続けたと思ってんだ。違和感しかねェし」


半分ほど残っていた生ビールを一気に飲み干した松田は、そのまま机に肘をついて小さくため息をこぼす。



「それにあいつが俺の傍にいて触れてこないなんて有り得ねェんだよ」


「そういえば、あの時のキッドは松田の隣にこそいたが距離はあったな」
「まぁ男同士なわけだし、無駄にベタベタはしねぇわな」
「ははっ、さすがだね。松田。そういえば零はなんで気付いたの?」


あの時を思い返す俺の言葉に班長とヒロがケラケラと笑う。



「あの松田バカのアイツが眠たいからって松田を残して帰るなんて有り得ない。だから偽物なんだろうなって、何となくそう思っただけだ」
「たしかになまえなら、絶対にそれはないだろうね」


「大体、雰囲気も匂いも何もかも違ェんだよ。あのコソ泥野郎・・・、次こそ絶対逃がさねェ・・・」




それだけ言うとばたりと伏せて潰れてしまった松田。ばっちり最後の一言を動画に収めていた萩原が、それをなまえに送ってあの松田バカが上機嫌で迎えに来たのはまた別の話だ。


Fin


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