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ハロウィン当日。
言われた通り家で大人しく晩ごはんの用意を済ませ、ソファに寝転びながらハロウィンの渋谷の中継映像を流すニュース番組を眺める。
陣平映らないかなー、なんて思っていた見てたけどそんな上手くテレビカメラが彼を映してくれることはなくて中継が終わると共にテレビから携帯へと視線を移す。
ていうか、陣平のコスプレはめちゃくちゃ吟味して頼んで無事届いたけど私自分のやつ頼んでないや。
どうせならミニスカポリスでも頼んでお揃いで写真撮りたかったなぁ。そう思っても時すでに遅し。もちろん家に他のコスプレなんてあるわけもない。
何かそれはそれでつまんないよな、ってため息をつきながら目の前のカフェオレに手を伸ばしたところで、はたと気付く。
ひとつだけあるじゃん、コスプレ!
そのまま寝室に向かい、クローゼットの奥に片付けていたそれを引っ張り出して着てみる。
「うん、サイズはいける!懐かしいし可愛いじゃん♪ 」
全身鏡の前でくるりと回ってみると、短い紺色のチェックのスカートがひらりと揺れる。
引っ張り出してきたのは高校の頃の制服で、懐かしさに思わず頬が緩む。あの頃の陣平はツンツンしてたよなぁとか、まさか結婚することになるとは思わなかったよなぁとか、色んな気持ちが込み上げてくるから。
そんなことを考えていると、玄関の扉の開く音がした。
*
「おかえりー!♪ 」
「ただいま、・・・・・・ってお前その格好なに?」
家に帰ってみれば、迎えてくれたのは高校の頃の制服を着たなまえで。上機嫌でニコニコ笑うなまえは、飛びつくみたいに抱きついてくる。
「どう?可愛いでしょ?自分用のコスプレ買い忘れてたから制服着てみたの!」
「高校の頃のだろ?どうもなにも昔見てたし、それ」
「それはそうだけど、あの頃とはまた違うじゃん!サイズ変わってないのさすが私だよね」
「すごいすごい。てか腹減った、飯ある?」
「うん!すぐ温めるから待ってて」
正直、見たことある格好だし懐かしさはあってもそれ以上の感情はなかった・・・・・・はずなのに。
制服姿のままエプロンをつけて晩飯の用意を始めたなまえ。エプロンの裾から覗くチェックのスカートに無意識に目がいく。
晩飯を食べてる最中も、何となくいつもと違う雰囲気に意識が傾いちまうから態とらしく視線をなまえから逸らした。
別に俺はコスプレに興味はねェし、学生服なんてもちろん趣味じゃない。
飯を食い終わってソファで微睡んでいると、寝室から何かを持ってきたなまえ。渡されたのは、見慣れた色合いの制服で。
「・・・・・・マジで着るのか?これ」
「当たり前じゃん!本物っぽいやつ頑張って探したんだよ?」
「・・・・・・はぁ、分かったよ。てかその前にお前の携帯貸して」
「何で?」
「絶対写真撮るから。こんなの着たって萩にバレたら一生揶揄われる」
「えぇー!写真ダメなの?」
無言で睨むと、「分かったよ」ってしぶしぶ携帯を差し出すなまえ。これ以上ごねたら俺が着ないって分かってるんだろう。
はぁ、マジで小っ恥ずかしいな、これ。
本物より少しだけ薄い生地だけど、作り自体はまぁまぁ本物に似てる。袋の中にはおもちゃの手錠までついていて、カチャカチャと音が鳴る。
腰のポケットにそれを突っ込むと、そのままなまえの待つリビングに戻った。
「〜〜っ、カッコいい!!!めちゃくちゃ似合ってる!!無理!!」
「そりゃどーも。満足したか?」
「今日これ着て仕事してたんでしょ?女に声掛けられなかった?連絡先聞かれたりとか!」
「そんなことあるわけねェだろ。これ着た俺見て喜ぶ物好きはお前くらいだよ」
「私だけでいいの!他の女の視界に陣平が入るのもヤダもん」
ぎゅっと腰に腕を回し抱きついてくるなまえ。リボンをしてないせいで、シャツの首元から鎖骨が覗く。
なんていうか・・・・・・、これはこれでアリな気がする。
なまえの体を抱き上げると、そのまま寝室の扉を開けベッドにその体を押し倒す。
「っ、じん、ぺ・・・?」
「こんな小っ恥ずかしい格好してンだから、これくらいのご褒美があってもいいんじゃね?」
「〜〜っ、」
「なんかアレだな、背徳感ってやつ?コスプレなんて興味なかったけど、すげェ唆るかも♪ 」
ここまできたら楽しんだもん勝ちだろ。
赤くなった頬、潤んだ瞳。あの頃は俺に見せることのなかった表情に、心臓が早鐘を打った。
*
いつもとは違う格好の陣平に押し倒されて、心臓の音が部屋に響きそうなくらい大きくなる。
陣平の腰に腕を回せば、ポケットに入っていた固い何かに手が触れる。
カチャって金属が当たる音がして、陣平が口元に小さく笑みを浮かべる。
「・・・・・・?」
「いいもんあったの忘れてたな」
ポケットから取り出されたのは手錠で。慣れた手つきで私の両手にそれをはめる陣平。
おもちゃだけど両手の自由を奪うには十分で。
制服姿のまま両手を頭の上で拘束され、羞恥心でいっぱいになる。
「なんかこの格好のお前見てると昔のこと思い出すな」
私の首筋を指でなぞりながらぽつりと呟いた陣平。
ちゅっと音をたてて首筋に触れた唇。ちくりとした甘い痛みが首筋から広がる。
「・・・・・・あの頃の陣平はツンツンしてたもん」
「だな。まさかお前と付き合うとは思ってなかったし」
「後悔してる?」
少しだけ、あの頃の不安を孕んだ弱い自分が顔を覗かせる。
私の首筋から顔を上げた陣平の瞳がふっと垂れ下がる。
「してるかもな」
「っ、」
「もっと早く素直になりゃよかったなって、たまに考える。そうすりゃ色々あの頃にしかできなかったこととかもお前とできたわけだし」
いつもと違った雰囲気が意地っ張りな私達を素直にしてくれているのかもしれない。
あの頃も、今も、きっとこれからも。
私の中には陣平しかいなくて、人生のどこを切り取っても隣には陣平がいるから。
「・・・・・・っ・・・、」
「何でここで泣くンだよ」
「っ、だっで・・・陣平が・・・っ、」
「ははっ、何言ってるか分かんねェし」
頬を伝う涙を拭えない私の代わりに、陣平の手が涙の粒に触れる。
くつくつと喉を鳴らしながら笑う目の前のこの人が大好きで仕方ないの。
「・・・・・・好き。大好き。今の陣平も昔の陣平も大好き」
「ンなこと知ってるよ、バーカ」
触れるだけの口付けが幸せで。この幸せに慣れることなんてきっとないから。
「なんかあの頃のお前のこと抱いてる気分かも」
「〜〜っ、陣平の変態!」
「はァ?なまえが煽ったンだろ?」
「煽ってないもん!陣平のロリコン!」
「ロリコンじゃねェし!お前だから好きなだけだっての!」
いつもと変わらないくだらない言い合いに、真っ赤になった私の頬。ハロウィンの夜が終わっても、甘ったるいその雰囲気は続くから。
────────────────
「陣平ちゃん♪ ハロウィン楽しめた?」
翌日、やけに上機嫌の萩に声を掛けられ思わず眉間にシワが寄る。
「・・・・・・別に、何もねェけど」
「マジ?てっきり俺は陣平ちゃんが警察官のコスプレでもしたと思ったんだけどなぁ」
「っ、?!?!」
飲みかけのコーヒーを口に含んだと同時にそんなことを言われ、盛大にむせて咳き込んだ俺を見て萩はニヤりと口の端に笑みを浮かべた。
「ごほっ!・・・何でお前・・・っ、」
「ははっ、なまえが素直に引き下がったって聞いて、あいつが妥協しそうなのってそれくらいだよなぁって思ってさ。まさかと思ってカマかけてみたらビンゴだったな♪ 」
こいつ・・・・・・。睨んでみても萩相手に意味なんてなくて。
それから数日、萩にこのネタで散々揶揄われたのは言うまでもない。
Fin
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