番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-1


ハロウィンがコスプレ祭りみたいになったのはいったいいつからだったのか。


そんなお祭り騒ぎには興味はないけど、俺の目の前には浮かれて鼻歌を歌いながら携帯でコスプレ衣装を探すバカがひとり。


たまたま遊びに来てた萩も加わり、あれがいいこれがいいって盛り上がるなまえを横目で見ながら小さくため息をつく。



「あ、これは?耳ついてて可愛い!」
「しっぽまでついてんじゃん、これ。可愛いと思うけど、」


なまえが指さしたのは、無駄にふわふわした生地で腹の開いた猫のコスプレ。言葉を区切った萩がちらりと俺を見る。



「・・・・・・ンだよ、」
「陣平はどう思う?さっきの天使も可愛かったんだよなぁ」


なまえは俺の眉間にシワがよってることに気付いてなくて、また別の画像を見せてくる。


お前が天使ってガラかよ、なんて喉元まで出かかった言葉を飲み込む。


てか何でこいつが選ぶのって全部やたら露出が多いんだ?


「そういやコスプレしてどこ行くの?香織ちゃんの家とか?」


俺の不機嫌に気付いた萩がなまえに話を振る。


そういえばそれ聞いてなかったな。
俺は当日もちろん仕事だし、なまえの口からもハロウィン出かけるとしか聞いてなかった。



「渋谷。香織が1回行ってみたいんだって」


さらりと告げられた言葉に、手に持っていた携帯を思わず落としそうになる。



「・・・・・・お前そんな格好して渋谷行こうとしてるワケ?」
「うん。せっかくなら気合い入れて可愛くしたいじゃん」


可愛くしたいじゃん、じゃねェんだよ!!!!


「俺タバコ買いに行ってこよーっと」なんて言いながら逃げた萩。それを無視してなまえの手から携帯を奪うと、ムッとしたみたいに俺を睨むなまえ。



「普通に無理。ツレの家とかならまだしも、そんな格好して渋谷とか許すわけねェだろ」
「終電までには帰るし。それに陣平も当日は渋谷でしょ?会えるかもしれないじゃん」


俺の隣に座ったなまえは、甘えるみたいに抱きつきながら大きな瞳を細めて笑う。



その笑顔に一瞬だけ絆されそうになるけど、冷静になったもう1人の自分が頭の中でそれを制する。



「会えるかもって俺は仕事だし。大体そんな格好してあんな人混みに行くとか無理に決まってンだろ」
「えぇ〜・・・、お願い!!!」
「マジで無理。コスプレするだけなら家でいいだろ」



お願い、無理、お願い、無理。

どっちも譲らないそんなやり取り。コンビニ袋片手に帰ってきた萩が、そんな俺達を見て呆れたみたいに笑いながらソファに腰を下ろす。



「ちょっと!萩原もヘラヘラ笑ってないでなんとか言ってよ!ハロウィンなんだしコスプレくらいいいと思うでしょ?」
「うーん、まぁコスプレしてる女の子は可愛いと思うけど、渋谷行くってんなら俺も陣平ちゃんに賛成かなぁ。心配なんだよ、陣平ちゃんも」



別に俺は、って言おうとしたけど萩の言ってることは事実なわけで。



萩の言葉になまえが言い返すことはなくて、不貞腐れたみたいに俺の膝に顔を埋めたまま黙り込んだ。






萩原が帰ったあとも、なんとも言えない沈黙が私と陣平の間に流れる。



どうしよう。頭の中ではそればかり。


このままじゃハロウィンに渋谷に行こう作戦が台無しだ。



さっき陣平に話したことに嘘はない。香織がハロウィンの渋谷に行きたいって言い出して、一緒に行こうって誘われたのは本当。でも最初は断ったんだ。人混みは嫌いだし、あんなとこ行ったら無駄に絡まれるのも目に見えてるから。


でもそんな私の考えは香織の一言でひっくり返った。



「松田くんの制服姿、見たくないの?」
「陣平の制服姿・・・?」
「そ。さすがにその日はスーツじゃなくて制服でしょ?なまえなら見たがると思ったんだけどなぁ」


陣平の警察官の制服姿。

写真で見たことはあっても実際に見たことはない。


いつものスーツ姿だってカッコいいけど、制服姿はまた違ったカッコ良さがあるに違いなくて。



「っ、行く!!!」
「ふふっ、せっかく行くなら気合い入れて可愛くしていこ♪ 」
「当たり前じゃん!他のコスプレした女に負けるわけにいかないもん!陣平がそいつらに目移りしたら無理だし!」



そんなこんなで、私は絶対に渋谷に行きたい。こればっかりは譲れない気持ちなんだけど、さっきみたいに心配≠チて言われると我儘も貫きにくい。


さっき言ってた、陣平に会えるかもしれないの方が私の中の理由のほとんどなんだ。




「おい、」

どうしたものかって考えながらクッションを抱きしめていた私の背中に、お風呂上がりの陣平が声をかけてくる。


隣に腰を下ろすと、腕の中のクッションを取り上げられる。



「さっきの話だけど、萩の言ってた通りだから。マジで勘弁して」


その声色にさっきまでの不機嫌さはなくて、多分ホントに心配してくれてるだけ。昔の陣平ならこんな風に素直に気持ちを吐露するなんてなかった。


膝の上にのせたクッションに肘をつきながら私の言葉を待つ陣平に、我儘を言えなくなってしまう。



「・・・・・・・・コスプレしなくてもダメ?」
「無理。お前何もしてなくても目立つし、変な奴らが寄ってくるのが目に見えてる」
「・・・・・・、」
「なんでそんなに渋谷に拘るワケ?お前あぁいうイベントそんなに興味ねェだろ?」


伊達に長い付き合いじゃない。
私の性格なんて陣平はお見通しだから。

ここまできたら多分素直に白状するしか方法はなさそうだ。






冷静に考えれば違和感しかない。

俺に会いたいってのが理由にしても、ここまで意固地になる理由にはならない。一緒に住んでるわけだし、別に帰ってからでも会えるんだから。



「・・・・・・陣平に会いたかったんだもん」


やっぱり理由はハロウィンなんかよりも俺で。相変わらずだよな、こういうとこ。



「別に帰ってくるじゃん。それじゃダメなわけ?」
「・・・・・・がよかったの」


小さな声で呟いた言葉が聞こえなくて、聞き返せばジト目で睨むなまえと視線が交わる。



「陣平の制服姿が見たかったの!!!帰ってきてからじゃ見れないじゃん!!!」
「・・・・・・お前そんなバカな理由で渋谷行こうとしてたワケ?」
「なっ、バカじゃないもん!!こっちは真剣なの!!!だって私今まで陣平の制服姿見たことないもん!!」
「昔、萩に写真送ってもらってただろ」
「写真でしょ?本物が見たかったの!!!」


思っていたよりもくだらない理由にため息がこぼれる。

でも当の本人は至って真剣で、こうなったなまえを説得するのはまぁまぁ面倒臭い。



「どうしても渋谷がダメなら制服のまま帰ってきてよ」
「ンなことできるわけねェだろ、バカ」


真顔で告げられたバカな提案を即却下すれば、なまえの眉間に深いシワが寄る。



「陣平のケチ!あれもダメこれもダメって、ダメばっかり!」
「制服のまま帰ってくるなんか無理に決まってンだろ!」
「じゃあ私が警察のコスプレ買ってくるから家でそれ着て?」



何が楽しくて現職の警察官がそんなコスプレするんだよ。でもここで俺が折れない限り、多分なまえは強行突破で渋谷に来る気しかしない。


頭の中でゆらゆらと天秤が揺れる。




「・・・・・・それ着たら納得するワケ?」
「する」
「・・・・・・はぁ、分かったよ」
「ホント?!ホントに着てくれるの?!」
「しつこい。次聞いたら着ねェぞ。あと当日は家で大人しくしとけよ」
「分かった!!家でご飯作って大人しくしとく!!陣平大好き!!」
「へいへい、そりゃどーも」


さっきまでの不機嫌さはどこへやら。満面の笑みで飛び付いてくるなまえ。


腕の中で笑うなまえを他の奴らには見せたくなくて。どうにか渋谷行きを阻止できたことにほっとする。


それにしても警察のコスプレって・・・・・・、萩にでもバレたら揶揄われる未来が目に見えてる。ハロウィン当日はこいつから携帯取り上げて写真撮れねェようにするしかないな。


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