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簡単な学校案内を終えると、あっという間に昼になって案内の先輩に連れられるまま学食へとやって来た。
高校の学食とは違って、カフェみたいなその場所に紗菜は大はしゃぎでメニューを見ながら俺の腕を引く。
「蓮!何にする?お腹減ったしガッツリ食べたい!」
「太るぞ、食いすぎたら」
「うるさいなぁ。カレーもいいけどパスタも美味しそう・・・、どうしよ〜!」
「俺カレーにするからお前パスタにすれば?どうせ途中で飽きるんだし交換すればよくね?」
「〜〜っ、蓮が優しい!好き!」
「へいへい、さっさと頼んでこい」
財布を渡せばそれを片手にぱたぱたと食券を買いに行く紗菜の後ろ姿を眺めていると、隣の席に座っていた人に声を掛けられる。
ちょうど隣で昼飯を食っていたらしい1組の男女の先輩。ニヤけた顔を隠すことなく、彼女の方が俺を見る。
「オープンキャンパスの子だよね?彼女と一緒に見学って仲良しなんだね!」
「いや、別にそういうんじゃ・・・」
「え!彼女じゃないの?!あんなに仲良いのに?」
「ただの幼馴染みっす」
驚いたみたいに目をぱちぱちさせる彼女。向かいの席にいた男の人が、「急に絡んでごめんね」と小さく笑いながら言った。
どうやら2人は大学の3年生らしくて、俺達の高校の先輩だった。同じ高校ということもあり、主に彼女さんの方があれやこれやと話しかけてくれて自然と話が続く。
「ねぇねぇ、でもさ!蓮くんもあの子のこと好きなんでしょ?」
「っ、別に俺は・・・」
「素直になんなきゃ、大学入ったらあんな可愛い子あっという間に他の奴にとられちゃうよ!」
話は何故か紗菜のことになって、悪戯っぽく笑う彼女さん。彼氏の方も止める気はないらしくて、俺達の話の成り行きを楽しげに見守っている。
ちらりと紗菜の方を見れば、まだ食券の列に並んでいて。携帯片手に並ぶ紗菜を、すれ違いざまに知らない男がちらちらと見ていることに気付いて無意識に舌打ちが溢れそうになる。
そんな俺を見ていた彼氏の方が、ふっと笑みをこぼしながら手に持っていたカフェオレを飲み干す。そしてそのまま席を立つと、俺の隣に腰掛けた。
「この大学の中庭で告ると上手くいくってジンクス知ってる?」
「・・・・・・何すか、それ」
「この大学じゃ有名な話なんだよ!昔この学校にいためちゃくちゃ可愛い女の子の話なんだけどね、」
彼氏の話を引き継ぐみたいに楽しそうに話し始めた彼女さん。ジンクスなんて信じるタチじゃねぇけど、身近な話につい耳を傾けてしまう。
何期前の卒業生かは分からないけど、この大学の生徒でめちゃくちゃモテる女の人がいた。可愛くて、異性はもちろん同性からの視線も集めてしまうそんな人。でもその人は誰からの告白も受け入れることはなかった。在学中、誰とも付き合わないのかなって周りが噂する中、その人の心を射止めた男がいたらしい。
その男は、この大学の広い中庭。それこそめちゃくちゃ人通りだって多くて目立つその場所で、その女の人に真っ赤な薔薇の花束を渡してプロポーズしたらしい。
「・・・・・・告白すっ飛ばしてプロポーズっすか?」
「100本の薔薇の花束を渡してプロポーズしたとか、一緒に指輪渡したとか、話は色々あるんだけど結局その2人は結ばれたらしくてね!今でもそれにあやかって中庭で告白する人多いんだよ?」
「あんな目立つとこで・・・・・・、」
「ちなみに俺がこいつに告ったのもその中庭なんだよね♪ 」
「マジっすか。すげぇ」
学生ってのは、高校でも大学でも色恋話と噂話が好きなのは変わらないらしい。
「蓮〜!!頼んできたよ〜!」
「おう、サンキュ」
「なになに、何の話してたの?」
食券を買い終えた紗菜が俺と先輩達の顔を交互に見ながら小さく首を傾げる。
いつもみたいに後ろから飛び付いてきたせいで、俺の頬を掠める紗菜の長い髪。ふわりと香る甘い匂いがどうにも今日は恥ずかしくて、首に回された腕を解いた。
「何でもねぇよ。てか近いんだよ、お前は」
「いいじゃん、別に!」
いつもと変わらないやり取り。それを微笑ましそうに見る先輩達の視線を感じて、そっちを見ることが出来なかった。
彼女さんが残り少なくなっていたオレンジジュースを飲み干すと、2人は立ち上がる。
「じゃあ2人とも残りのオープンキャンパス楽しんでね」
「入学してくれるの楽しみにしてるね!」
別れ際、彼氏の方が俺の方を見て小さく手招きをする。言われるがまま近付くと耳元で、「頑張れよ。ジンクスに頼るってのも一つの手だしな」なんてニヤりと笑うもんだからカッと顔に熱が集まりそうになる。
てかそのジンクスってもしかして・・・・・・。
*
「ただいま」
「おかえり!」
「おかえり〜♪ 」
紗菜を家まで送り、自分の家に帰ると玄関には父さんの靴とは別に男物の靴が一足。いつもと変わらない母さんの明るい声と、聞き慣れた別の声がひとつ。
靴を脱ぎながら、靴箱の上の花瓶に目が止まる。そこにいけられていたのは、真っ赤な数輪の薔薇。昔から母さんが赤い薔薇が好きで、うちの家にはよく飾られていたその花。
さっきの先輩達から聞いた話がまた頭を過ぎる。
リビングに入ると、ソファに並び座っていた両親。そしてその隣のソファには研二が座っていた。携帯を触っていた父さんも「おかえり」って顔を上げて俺を見る。
1度気になり始めると、人間ってのは答えが知りたくなるもの。
部屋着に着替えると、冷蔵庫から取り出したコーラを片手に3人がいるリビングへと向かった。
*
「なぁ、父さん達が付き合い始めたのって大学の頃なんだよな?」
萩の向かいの席に座った蓮が突然そんなことを聞くもんだから、携帯を触っていた手が思わず止まる。
「そうだけど、それがどうかしたの?」
「いや、ちょっと今日大学の先輩から聞いた話が気になってさ」
「気になる話?」
なまえと萩はすっかりその気になる話≠チてやつに興味津々だ。
・・・・・・何だろ、なんかすげェ嫌な予感がする。
「父さんって大学の中庭で母さんに告った?」
「あれ?蓮に話したことあったっけ?その話」
「もしかしてその時、花束持ってプロポーズとかした?」
「っ、はァ?!なんでお前がそれ・・・っ、」
手に持っていた携帯を思わず落としそうになる。あの頃を思い出しているのかケラケラ笑う萩を睨むと、「俺は何も言ってねぇよ!」なんて慌てた返答が飛んでくる。
「やっぱり父さん達の話だったんだ」
「・・・・・・?どういう事?」
「いや、今日大学の先輩に聞いたんだけどさ、」
不思議そうにするなまえが蓮に聞けば、語られたのはあの大学の中庭のジンクスとやらで。
・・・・・・・・・勘弁してくれ、マジで。
たしかにあの時、噂の的になることは覚悟で告ったし実際卒業までことある事にあの話を聞くことはあった。
でももう俺達が卒業して何年だ?今になってまたそんな話を聞くなんて思ってなかった。
「父さんが花束・・・、なんかめっちゃ意外かも」
「でしょ?あの時の陣平カッコよかったなぁ」
「ギリギリまで俺はそんなことやらねぇって言ってたのに、ちゃんと次の日花屋行ってたもんな、陣平ちゃん♪」
「・・・・・・・・・お前ら、マジでやめろ」
惚気るみたいに頬を赤らめ嬉しそうななまえと、揶揄うネタができて楽しそうな萩。蓮もこういう時だけ真面目に聞いてんじゃねェよ。ったく、マジで有り得ねェ・・・。
「跪いて指輪渡したってガチ?」
「っ、ンなことしてねェよ!!!だいたいプロポーズだってあの時はしてねェし」
「あ、そうなんだ。でも花束はホントなんだ」
「・・・・・・・・こいつがそうでもしなきゃ信じなかったんだよ」
諦めるみたいに、はぁと大きなため息をつく。跪いて指輪ってどこぞの王子かなんかかよ。マジで噂ってのはろくなもんじゃねェな。
何年もの月日の中で、色んな尾ひれがついた噂話に呆れつつこれ以上の誤解を生まない為にあの日≠フことを話せば納得したみたいに蓮は笑っていた。
*
晩飯の用意を始め買い忘れに気付いた母さんと、煙草が切れたからコンビニに行くという研二。研二の車で2人が出掛けたから、家に残ったのは俺と父さんの2人きり。
何となく付けっぱなしにしていたテレビがニュース番組に切り替わり、それを見ていた父さんに声をかける。
「1個聞いてもいい?」
「何だよ、改まって」
真剣な俺の雰囲気を察してか、テレビから視線を外した父さんが俺の方へと向き直る。
「母さんに告ったときって恥ずいとかそういうのなかった?」
こんなこと聞くのは小っ恥ずかしい。でも気になったんだ。
花束持って告白、それを母さんが望んだからって父さんがすんなり受け入れるとはどうしても思えなかったから。
少しの沈黙。ニュースを読み上げるアナウンサーの淡々とした声と時計の音だけがリビングに響く。
小さくため息をついた父さんは、態とらしく眉を顰めながら口を開いた。
「恥ずかったに決まってンだろ。ただでさえあいつは昔から目立つし・・・・・・。それに昔からずっと突き放してきたんだ、俺も好きだから付き合ってくれなんて簡単に言えるはずなかった。だいたいあいつも中々信じなかったし」
それは今の俺と紗菜の状況とよく似ていて。昔から俺は父さんに似てるって周りの大人によく言われていた。それは見た目もだけど、こういう性格が似てるって意味も大きいんだろう。
中々素直になれない。少しだけ大人になって、家族相手に強がることはなくなったけど紗菜は別だ。
「あんな小っ恥ずかしい真似してでも、他の奴にとられるよりはマシだと思ったンだよ。だからお前も強がってねェで、ちゃんと伝えなきゃいけないもんは言葉にして伝えろ。でなきゃ後悔すんぞ」
「っ、」
「ジンクスに頼んのも悪くはねェけど、男なら腹括ってさっさと言っちまえ」
口の端に笑みを浮かべながら、ぽんっと俺の頭に手を置いた父さんはきっと俺の心の中なんて見透かしていて。
性格が似ているからこそ、俺の気持ちが分かるんだろう。
「・・・・・・紗菜、何でかめちゃくちゃモテるんだよ」
「まぁあの顔であんだけ愛想も良けりゃモテるわな」
「俺のこと好きだ好きだっていつもうるさいくせに、他の男とも普通に話すし。何考えてんのかわかんねぇ」
吐き捨てるみたいにそう言った俺を見て、喉を鳴らしながら笑う父さん。ソファにあったクッションに顔を埋めながらため息をつく。
その時、玄関が開く音がして賑やかな声がリビングまで届く。
「ちょっと!私が買ったんだし一つだけって言ったじゃん!」
「いいじゃん、ちょっとくらい♪ あんま怒ってると皺になるぞ」
「はぁ?皺なんてないもん!!萩原のバカ!」
子供みたいな言い争い。そんな会話に父さんは呆れたみたいにくすりと笑う。
リビングの扉が開いて、父さんに泣きついてきたのは母さんで。鬱陶しそうに顔を顰めつつも、父さんが腕にしがみつく母さんを振り払うことはない。
「聞いてよ!陣平!!私が買った唐揚げ萩原が全部食べたんだよ?私まだひとつしか食べてないのに!」
「唐揚げって・・・、お前ら晩飯食わねェのかよ」
「食べるよ♪ なまえの飯うめぇし」
「〜〜っ、あんたに作ってるわけじゃないもん!ついでだし!!つ・い・で!!!!」
「耳元でデカい声出すな、バカ」
昔から見慣れた光景。たぶんずっと昔、俺が産まれる前からこの3人は変わらないんだろう。
無意識にふっと溢れた笑み。そんな関係が羨ましなって思ったんだ。
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「にしても今でもそんな噂が残ってるなんてびっくりだよね」
「・・・・・・色々話がデカくなってたけどな、」
その日の夜、ベッドの中で蓮から聞いたジンクスとやらを思い出しながらそう言うと陣平は呆れたみたいに顔を顰めた。
あの日から随分と月日が流れたけれど、あの時の私達に誰かが憧れてくれたなら嬉しいなって思うんだ。
それくらいあの日、あの時の私は嬉しかったし幸せだったから。
「薔薇の花束と指輪持ってプロポーズかぁ。跪いて指輪差し出すなんて王子様みたい!」
「マジで勘弁してくれ。俺は指輪も渡してねェし、跪いてもねェ」
「ふふっ、知ってる♪ ヤンキーみたいだったもん、あの時の陣平の座り方」
「・・・・・・うっせェ。花束買うだけでもクソ恥ずかったんだからな」
「それなのに何でやってくれたの?」
理由なんてとっくの昔に知ってる。
それでもたまに言葉で聞きたくなるの。
胸元に顔を寄せたまま見上げると、少しだけ強引に腕の中に閉じ込められる。昔から変わらない匂い。それがすごくほっとすると同時に心臓の音が速くなる。
「・・・・・・お前が好きだから。それ以外に理由なんてねェよ」
好き、大好き。
何年経ってもこの気持ちだけは色褪せないって思うんだ。
Fin
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