番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-3


みょうじさんが松田くんのことを好き。



好意を隠そうともしない彼女の言動のおかげで、その噂が学内に広まるのに時間はかからなかった。



気が付けばうちの大学でそれを知らない人はいないんじゃないかな?ってレベルだ。



松田くんのことを好きだった女の子達は、相手がみょうじさんじゃ勝てっこないって身を引いた子もいたし、腹を括って告白した子もいたって聞いた。


それでも松田くんが誰かの気持ちを受け入れることはなくて、彼の隣にはいつもみょうじさんがいた。言葉ではみょうじさんを突き放す松田くんだけど、本気で彼がみょうじさんを拒否しているようには見えなくて。


そんな2人を見る度、淡く育った恋心にぴきぴきと亀裂が入る音がした。







短くはない時間、貴方を見てきたから気付くことだってあるんだよ。


ある日の飲み会。みょうじさんも珍しく参加したその飲み会はいつにも増して盛り上がっていて。彼女にしては珍しく松田くんから離れた席でひとつ上の男の先輩と話すみょうじさん。


その先輩に向けるみょうじさんの貼り付けたみたいな笑顔はきっと作り物。松田くんに見せる屈託のない笑顔とは全然違うから。それでもこうして誰かと話すみょうじさんの姿は新鮮で。少し離れた場所に座る松田くんの視線が彼女を追いかけていることに気付く自分が嫌になった。



「ちょっとトイレ行ってくるね」


隣にいた友達にそう告げると、弱い私はその光景から目を背けトイレに逃げ込んた。


しばらくしてトイレから出ると、すぐ近くにあった喫煙所から同じく出てきた松田くんと鉢合わせる。肩がぶつかりそうになって、思わずよろけた私の腕を掴む彼の体温に落ち着いたはずの心臓がまたうるさくなる。



「悪い、大丈夫か?」
「っ、うん!大丈夫!私の方こそごめん!」


こうして話すのは随分と久しぶりのことに思える。やっぱり心臓の鼓動は正直で。声を聞いたら、その手に触れたら、好きって気持ちが溢れそうになる。


中身なんてない他愛もない会話が楽しくて、嬉しくて。


でも真っ直ぐに私を見てくれた視線は、すぐに逸らされ彼が見るのはやっぱりあの子。先輩に言い寄られるみょうじさんを見る松田くんの顔は、不機嫌そうに歪んでいて。



「・・・・・・松田くんってみょうじさんのこと好きなの?」


気が付くとそんなことを口走っていた。



「は?ンなわけねェだろ。誰があんな我儘女のこと・・・っ、」


慌てて振り返った松田くんは、少しだけ早口でそう言った。



嘘つき。


そう告げる資格は、気持ちすら伝える度胸のない私にはなくてそっと心の中で誰にも聞こえないように呟いた。



先輩の手がみょうじさんに触れたのを見ると、同時に私を掴んでいた彼の手が解かれた。


「こいつ酔ったらマジで鬱陶しいんでやめといた方がいいっすよ」
「っ、鬱陶しいって何?そんなことないもん!」
「この前飲みすぎた時やばかっただろ、お前。帰りたくねェって散々ごねた挙句、俺ん家まで勝手についてきたし」
「っ、あれは終電なかったからだもん!それにあの時は・・・っ、」



じゃれ合いみたいな2人のそんな会話に思わず耳を塞ぎたくなった。







松田がみょうじさんに告ったらしい。



そんな噂を聞いたのは、夏の日差しが和らいで吹き抜ける風が少しだけ冬の匂いを帯びてきた茜色の日のこと。



あの松田くんが人目の多い大学の中庭でみょうじさんに花束を渡して告白した。なんて噂好きの大学生にとっては盛り上がる話題でしかない。


目立つことが嫌いな彼が、そこまでするくらいあの子のことを好きなんだなって思うとひび割れた心の亀裂が大きくなる。




「みょうじさんと付き合い始めたんだね」


授業の前の少しの時間。みょうじさんはこの授業を取っていない。松田くんだけが席に座っていたから、ひとつだけ席をあけて椅子に腰を下ろしながら話しかけてみる。



「・・・・・・やっぱ噂になってる?」
「あんな目立つ告白したらそりゃね」
「はぁ・・・、ホントあのバカがあんなこと言うから、」


わしゃわしゃと髪を乱しながらため息をつく松田くん。少しだけ照れたみたいな表情を見るのは初めてで、この期に及んで初めて見るその姿に胸の奥がちくりと痛む。



「松田くんがみょうじさんのこと好きだったなんて知らなかった」
「っ、別にそんなんじゃ・・・、いや、それは違うか・・・、」
「・・・・・・?」
「好きじゃなきゃ、誰があんな小っ恥ずかしい真似するかよ」


照れ隠しで誤魔化そうとしたのは一瞬で、呆れたみたいに笑いながらくしゃりと目を細めた彼。そこにはたしかにみょうじさんへの気持ちが滲んでいて。



勝てっこないな、こんなの。


戦う土俵にすら立つ勇気のない私は、きっとみょうじさんと自分を比べる立場ですらないのに。



結局、私が彼を好きな気持ちを言葉にすることはなかった。



みょうじさんに勝てるわけがない。あの子は誰が見ても可愛くて、憧れるような女の子だから。でもいちばんの理由はそんなことじゃなくて。




「みょうじさんって小学生の頃から松田のこと好きだったらしいよ」


それは松田くん達のことを中学生の頃から知っている知り合いから聞いた話だった。


あんなにモテる子なのに、あの子がずっと好きで追いかけていたのは松田くんたった1人だけ。どんなに冷たく突き放されても、みょうじさんは松田くんのことを諦めなかったそうだ。


何があったのかは分からないけど大学に入ってしばらくは、その気持ちを伏せていたみたいだけどその間も彼女が他の男の子を寄せ付けることは1度としてなかった。


ただ真っ直ぐに、純粋に、松田くんだけに向けられたその気持ち。



自分にその人の気持ちが向いていないと分かっていても、彼女は諦めなかったし切り捨てるなんてしなかった。


そう。

イラナイモノ≠チていつかの恋心を捨てた私とは大違い。




卒業式の日、松田くんの腕を引きながら萩原くんに写真を撮ってもらうみょうじさんの笑顔を見ていたら、いつかの私がもう少しだけ頑張ることが出来たら何かが違ったのかなって思ったんだ。



でもどんなに考えてみても、過ぎた時間は戻ってはくれないから。



もしも、もしもまた。好きだって思える人ができた時は、がむしゃらに頑張ってみたいなって思ったの。







そんな淡い青春の思い出は、日々の忙しさのせいで記憶の彼方に埋もれていった。


吹き抜ける風に思わず肩を竦める。街中がクリスマスカラーに包まれ、煌めきが溢れるそんな季節。




「何にしよっか、蓮のクリスマスプレゼント。アンパンマンもいいけど、最近車も好きだからトミカかなぁ」
「そういやこの前、萩が蓮のクリスマスプレゼントにトミカ買ったって言ってたぞ」
「ホント?!じゃあやっぱりアンパンマンにしよっと♪ 」


聞こえてきたのは、仲睦まじい夫婦の会話。


信号待ちで立ち止まった私は、その声につられるみたいに携帯から顔を上げた。


横断歩道の向こう側。ぴったりと旦那さんの腕に引っ付きながら歩く女の人の姿には見覚えがあった。



あの頃より少しだけ大人びたけれど、相変わらず目立つ彼女。グレーのファーの付いたコートに身を包むみょうじさんの隣にいるのは・・・・・・、



「あ!ケーキも予約しなきゃ!苺のタルトにするんだぁ」
「太るぞ、あんま食ってばっかだと」
「はぁ?その分動いてるから大丈夫だもん!何?陣平は私が太ったら嫌いになるわけ?!」
「ははっ、冗談だよ、バーカ。今更ンなことで嫌いになるわけねェだろ」





あの頃より、随分と優しい顔で笑うようになったんだね。



信号が青になり、2人との距離が縮まる。


それぞれの左手の薬指には、きらりと輝く細い指輪。たしかな愛のカタチに、胸の奥が痛むことはもうない。



ただそこにあるのは、純粋な憧れ。




「やば!蓮のお迎えの時間あるし急いでプレゼント買わなきゃ!」
「もうそんな時間か?」
「久しぶりに2人で出掛けたから時間経つのあっという間だね」


幸せそうな顔で松田くんを見ながら笑うみょうじさんは、あの頃の何倍も可愛くて。ふっと松田くんの顔にも柔らかい笑みが浮かぶ。


くしゃり、と繋がれていない方の手でみょうじさんの頭を撫でた松田くん。みょうじさんの頬が一気に赤く染まる。




「〜〜っ、何、急に!!」
「別に?撫でやすいとこに頭があったから。相変わらずチビだなって思っただけ♪ 」
「なっ、陣平だって萩原に身長負けてるくせに!!」
「っ、うっせェよ!萩が無駄にデケェだけだろ!!」



相変わらずな2人のやり取りに、すれ違った私の足取りは軽かった。




Fin


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