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※ 夢主以外の女の子目線のお話なので苦手な方はご注意ください。短編 香織ちゃんの独り言@の内容を含みます。
「ごめん、別れて欲しい。同じ大学で好きな子ができてさ・・・、」
それは大学に入ってすぐのことだった。
気まずそうに私から視線を逸らしたままそう告げたのは、私の高校3年間の青春を捧げた大好きな人。大学は離れちゃうけど、俺らなら大丈夫。そう言ったのは彼の方だったのに、呆気なく私達の恋は終わりを告げた。
泣いて縋り付く気にもなれなくて、「分かった」の一言で別れを受け入れると彼の表情にほっとしたみたいな安堵の色が滲む。
それがまた私の心をぐさりと抉る。いらない。もうこの人は私のことを好きじゃないんだもん。きっと目の前の彼の心は、私じゃない別の誰かのもので。そんなもの・・・・・・、私の方から捨ててやる。
思えば告白してくれたのも彼からだった。私のことを好きだって言ってくれたから、私も好きだったのかな?なんてことすら思ってしまう。
それくらい私≠好きじゃない彼≠ヘ、私にとってイラナイモノ≠ノ成り下がる。
幸い、別々の大学だから別れてしまえば偶然会うことなんてない。高校と違って世界が広がる大学生活。彼のことを忘れる為に、私はサークルや同じ学部の飲み会には積極的に参加した。
友達だってたくさんできた。自分で言うのもあれだけど、昔から人当たりはいい方だったし、友達も多かった。先輩からも可愛がってもらってたし、順風満帆な大学生活だったと思う。
それはある日の飲み会終わりのこと。
周りに煽られるまま、初めて飲んだお酒のせいでふわふわとした酩酊感が頭を支配する。霞がかかったみたいな脳内は、正常に働いてくれなくて。・・・・・・気持ち悪い。居酒屋を出てみんなと解散したあと、駅前のベンチで酔いを覚ましていると、俯いた視界に入ってきたスニーカー。
ゆるゆると顔を上げると、そこにいたのは同じ学部の松田くんだった。
松田くんの存在は学部の中でも目立っていたから私も知っていた。正しく言えば、彼といつも一緒にいる萩原くんが、だけど。
男女問わず人気者の萩原くんが、唯一親友だって周りに公言する存在。冗談めかしていても、その声のトーンはきっと本音だったから。
それでも彼らと話したことは、被った授業で何度かあるくらいで。あ、あとは飲み会でたまたま隣の席だったことはあったっけ。
ただそれだけの繋がり。きっと向こうも私の名前と顔を知ってるくらいだろう。
「顔色悪ぃけど大丈夫か?」
その表情に笑顔はない。それでも声色には、私を気遣う優しさが滲んでいて。片方の眉を僅かに上げながら、松田くんは私の方を見ていた。
多分これが萩原くんだったら、人当たりのいい笑顔で話しかけてくれたんだと思う。あの人は誰にでも優しいから。
「・・・・・・大丈夫、じゃないかも。飲み会で初めてお酒飲んだから」
「ちょっと待ってろ」
それだけ言うと私に背を向けどこかに向かった松田くん。5分もせず戻ってきた彼の手にはペットボトルの水があって、彼はそれを「ほら、」と私の手にのせた。
もらった水を飲めば、少しだけ気持ち悪さが和らぐ。この調子なら終電もまだあるし帰れるだろう。
半分ほどに減ったペットボトルのキャップを閉めると、隣に座っていた松田くんに視線を向ける。
「ありがと。あ、お金・・・!」
「いいよ、別に。てか帰れンの?」
「まだ終電あるから大丈夫。気持ち悪いのもマシになったし」
「そ。気ぃつけて帰れよ」
鞄から財布を取り出そうとした私を制すと、そのまま立ち上がった彼はぐっと両手を上に伸ばすと眠そうに欠伸をする。
何故かその横顔から目が離せなくて。
「・・・・・・なんでわざわざ声掛けてくれたの?」
「あ?ンなの知ってる奴が青い顔して座り込んでたら誰でも声掛けるだろ」
当たり前みたいに告げられたその言葉。
きっと彼の中では普通≠フそれは、私にとっては特別≠セから。
私が彼に恋をしたのは、そんな満月が少しだけ欠けた夜のことだった。
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