▽ 1-3
「あの頃のアイツが私に向けていた気持ちは、子供の憧れみたいなものだと思ってる」
やっぱり気付いてたんだ。
そりゃそうか。あの頃の陣平、分かりやすかったもん。
子供の、憧れ・・・・・・?
「何も知らねぇくせにお前が千速を語んじゃねぇよ!!!!!」じゃああの時、あんな泣きそうな顔で・・・・・・、辛いくせにその感情を必死に押し殺すみたいに顔を歪めていたのも憧れのせい?
どんなに私が付き纏っても、何を言っても、本気で怒らなかった陣平が初めて私に声を荒らげたあの時のことを今でもはっきり覚えてる。
間違いなくそれは千速さんへの気持ちがあったから。
憧れ≠ネんかじゃない。
認めたくなんかない。誰よりそれを否定したいって思ってるのは間違いなく私だと思う。それでもやっぱり・・・・・・、
「・・・・・・憧れなんかじゃなかった、と思います」
私以外のことを好きな陣平なんて、例え過去でも未来でも絶対に認めない。
それでもやっぱり誰より近くで、1番あいつを見てきたから。
「あの頃の陣平は千速さんのことを誰より大切に思ってたと思います、」
「・・・・・・、」
「陣平のこと、誰より見てきたから。だから・・・・・・っ、」
「なまえ!」
顔を上げた私の耳に飛び込んできたのは、大好きな人の声。人混みの向こうから駆け寄ってきた陣平は、私の隣に座る千速さんに気付き驚いたようにサングラスをずらす。
「待たせてごめん。てかなんで千速がここにいんだよ」
くしゃり、と私の頭を撫でた陣平はそのまま千速さんに視線を向ける。千速さんは「久しぶりだな」なんて言いながら立ち上がる。
少しだけ乱暴に撫でられた頭。髪の毛乱れるじゃん、バカ。いつもならそう言うのに、今は目の前で並ぶ2人を見ることが辛くて。悔しいから俯きたくないのに、直視することが出来なかった。
「なまえ」
そんな私の名前を呼んだのは、陣平じゃなくて千速さんだった。
顔を上げると、私の前に腰をかがめた千速さんと視線が交わる。
青みがかったグレーの瞳がふっと柔らかく垂れ下がる。萩原がよくやる笑い方だ。やっぱりこの姉弟、よく似てるな。
「この人混みの中で、なまえの名前を1番に呼んだ。それが答えだろう?」
「っ、」
「可愛いんだからもっと自信を持て♪ な?」
それだけ言い残すとくしゃりと笑った千速さんは、立ち上がりひらひらと手を振る。
話についていけてない陣平は、怪訝な顔で私と千速さんを見ては小さく首を傾げる。
「ンだよ、お前ら。なんかあったワケ?」
「別になにもないさ。それより陣平!こんなとこで女ひとり待たせるようなことするなよ!危ないだろ」
「お前また何か変なのに声掛けられてたのか?」
「まぁあとは2人で仲良くな。じゃあな!」
千速さんの言葉に、ばっと私の方を見た陣平。口の端に小さく笑みを浮かべた千速さんは、私達に背を向けて駐車場の方へと歩き出す。
あっという間に人混みに紛れた後ろ姿。長い髪を揺らすその背中は、凛としていてカッコよくて・・・・・・、
「・・・・・・・・・何か陣平があの人好きだった気持ち、ちょっとだけ分かったかも」
「はァ?何だよ、急に」
「カッコいいよね、千速さん。少なくとも萩原の何倍もカッコいい」
「萩が聞いたら泣くぞ、それ」
見た目はもちろん、それに負けないくらい綺麗で真っ直ぐで温かい人。
大嫌い。でも同じくらい憧れる気持ちもあって。
どかっと隣に腰掛けた陣平は、私の手の中にあったミルクティーを奪い一口飲む。「甘ぇな」って少しだけ顔を顰めた陣平の視線が、千速さんを追いかけることはない。
「絡まれたって、大丈夫だったのか?」
「うん。しつこくてウザかったけど、千速さんが助けてくれた」
「そゆことな。悪かった、遅くなって」
「昨日仕事遅かったんでしょ?いいよ、怒ってないし」
急いで来てくれたんだって分かるから。
甘えるみたいにするりと陣平の腕に自分の腕を絡め、肩口に頭を寄せてみても頭上から文句が降ってくることはなかった。
私の右手に絡む陣平の左手。そっと親指の付け根を撫でる陣平の指の感触に心臓の音が早くなる。
「・・・・・・千速と話して平気だったのか?」
気遣うみたいな優しい瞳。昔は私に向けられることなんてなくて、その瞳の先にはいつもあの人がいた。
でも今はたしかに私だけがそこに映っている。
「大丈夫だよ。何か思ってたより嫌いじゃないかもしれない、千速さんのこと」
「何話したんだ?アイツと」
「・・・・・・陣平には内緒。絶対教えてあげない」
べーって態とらしく舌を出して笑うと、呆れたみたいにふっと笑みをこぼす陣平。繋がれた手をぎゅっと強く握られる。
「お前がへこんでねェならそれでいい」
「っ、」
「千速、千速っていつも気にしてただろ、お前」
「・・・・・・だって・・・、」
「なまえのことしか好きじゃねェよ。前も言ったけどもっと自信持て」
言葉は乱暴でもその響きは優しくて。むぎゅっと頬を摘まれたその小さな痛みすら愛おしい。
勢いのままガバッと抱きつけば、「人多いんだから離れろ、バカ」って陣平は言うけど何だかんだ受け入れてくれるから。
「・・・・・・っ、好き!!!!絶対絶対私が1番陣平のこと好きだもん!!!」
「当たり前だろ、バーカ」
吹き抜ける風が冷たいのに、繋がれた手がどこまでも温かくて。二度とこの手を離したくないって思ったんだ。
Fin
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