番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-2


「大丈夫か?」


振り返ったその人は、私の嫌いなあいつにそっくりの顔。みんなが見て見ぬふりをするこんな状況でも、助けに入るような正義感≠ネんてものを持っている真っ直ぐな人。



「・・・・・・千速、さん」


私だから助けてくれたわけじゃない。多分この人は、相手が誰でも助けたと思う。だってそういう人だから。


現に今だって、私って気付いたのはたった今のことみたいで「あぁ!陣平の!」なんて大きな目をゆったりと下げながら優しく笑っているんだから。



無意識に握った拳の中で、手のひらに爪が突き刺さる。何もかもが私と真逆なこの人が昔から苦手・・・・・・ううん、嫌いだった。


化粧っ気なんてなくて、服だって細身のデニムにニットってシンプルな格好なのに気が付くと周りの人の視線を集める。飾り立てた私が途端に惨めに思えてくる。



「陣平と待ち合わせか?ったく、彼女をひとりでこんなところで待たすなんてあいつも何やってんだか、」
「・・・・・・助けてくれてありがとう、ございました」
「怪我がなくて良かった」


萩原のお姉さんだから。陣平の後ろを追いかけていたときに、何度か千速さんとは話したことがある。多分彼女の中で私は昔から陣平のことを好きで追いかけ回していた女ってところだろう。まぁ萩原が色々話してるかもしれないけど。


てか、そんな興味もないか、私に。


近くにあった自販機に小銭を入れた千速さんは、続けてボタンを押す。ガタン、ガタンと落ちてきた缶をひとつ、私に渡すとベンチの隣に腰かけた。


ホットのミルクティー。じんわりとした温かさが手のひらに広がる。



「研二からよく話は聞いてるよ。陣平とのこともな」


萩原によく似た顔で笑う彼女は、やっぱり女の私から見ても眩しいくらいに綺麗で。裏表のないその笑顔は、昔から変わらない。


一方的にライバル視していた人。だってこの人は陣平が唯一好きだった人だから。


どんなに今∴、されてるって分かっていてもその事実は消えないから。誰かに劣等感を感じるなんて生まれてからほとんどなかったのに、この人にだけはそれを感じずにはいられない。



「研二から2人が付き合い始めたって聞いた時は、私も嬉しかったよ」
「・・・・・・萩原から、聞いてたんですか?」
「あぁ。昔から色々と有名だったしな、陣平とキミは♪ 」


ケラケラと軽快に笑う千速さんは、持っていたコーヒーの缶を開けそれを口に運ぶ。


千速さんは、あの頃の陣平の気持ちに気付いていたのかな。陣平のことをどう思ってたんだろう。もしあの時、陣平が彼女に気持ちを伝えていたら未来は変わっていた?



考えたくないのに、そんなことを考えてしまう。



「研二の言う通りだな」
「・・・・・・え?」
「なまえは陣平ちゃんと同じで考えてることがすぐ顔に出るって。2人の話をしてるときのアイツ、すごく楽しそうだったよ」



・・・・・・萩原の奴・・・。

どうせ家でも面白おかしく私のことをはなしていたんだろう。

ヘラヘラと揶揄い混じりに話す萩原の顔が頭に浮かんで、イラッとした気持ちをミルクティーと一緒に流し込む。



「昔から、私のことが苦手だろう?」
「っ、それは・・・」
「ははっ、隠さなくてもいい。いつも陣平の隣で逆毛を立てた猫みたいに私のことを見てたからさすがに気付くさ」


千速さんの声色には少しの苛立ちもなくて、むしろどこか楽しそうにすら見えた。


サバサバしてる人だけど、萩原のお姉さんだ。人の感情の機微に聡くないはずがない。多分、陣平の気持ちだって気付いていたんだと思う。


そう思うと尚更、心臓が何かに掴まれたみたいに痛くなった。





「・・・・・・陣平のこと、どう思ってましたか?」



気が付くとそんな言葉が口をついて溢れていた。



どう思ってるんですか?


そう聞くのはどうしても怖かった。


今の彼女の気持ちを知ったら、私の中の何かが崩れてしまいそうで。




「今も昔も、アイツのことは弟みたいにしか思ったことはない。これからもそれが変わることはないな」
「・・・・・・、」
「それに陣平だって私のことは仲のいい友人の姉としか思ってないさ」


飲み干した缶コーヒーを近くにあったゴミ箱に捨てた千速さんは、はっきりとそう言い切る。


それなのに心の中のモヤモヤは消えてくれなくて。




「そんな顔をしていたら、せっかくの可愛い顔が台無しだぞ」

ぽんっと頭を撫でてくれる手が優しくて、思わず目の奥がツンとなる。この人の前で泣くことは、萩原の前で泣くことの何倍も悔しくて。


ぐっと涙を堪える。手に持っていたミルクティーの缶が少しだけへこむ。



「陣平の気持ちはアイツにしか分からないことだが、」


そう前置きをおいた千速さんは、ゆっくりと言葉を選びながら話し始めた。

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