▽ 1-2
次に目が覚めると、窓から見える空はすでに真っ暗で。左手に温もりを感じて視線を向けると、俺の手を握ったままベッドに突っ伏してすぅすぅと寝息をたてるなまえがいた。
薬を飲んでがっつり寝たおかげで、随分と体が楽になった気がする。
ふと、繋がれた手を見るとなまえの左手の人差し指に絆創膏が巻かれていることに気付く。
家来た時はなかったよな、これ。
熱が少し下がったおかげでクリアになった頭の中。俺の家に来てから怪我をしたんだとすれば、何となくその理由がひとつだけ頭を過ぎる。
そっと起こさないように手を解くと、眠ったままのなまえにブランケットをかけキッチンに向かう。
人気のない真っ暗なキッチン。電気をつけると、シンクの中は綺麗に洗い物が済んでいて。ぽつんとコンロの上に残された鍋に気付く。
「・・・・・・あのバカ、何で素直に言わねェんだよ」
そっと鍋の蓋を開けながら、こぼれたそんな独り言。お粥に入れるにしてはデカめの野菜が入ったそれは、きっとなまえが悪戦苦闘しながら作ったもので。
失敗したからレトルト買いに行ったんだろうな、あいつ。
ひと口、そのお粥を口に運べばさっき食べたレトルトのお粥よりも味が濃くて。まぁ病人に食べさすにはアレだわな、なんてふっと笑みがこぼれた。
*
松田の寝顔を見ながら、つられるみたいにいつの間にか眠っていたらしい。
はっと、目を覚ますと、ベッドには上半身を起こした松田が携帯片手に座っていて。勢いよく起きたせいで私の肩にかけられていたブランケットがずるりと床に落ちた。
「っ、熱は?しんどくないの?」
「さっき測ったら37度ちょいまで下がってた」
「ホント?!良かったぁ」
ほっとしてへにゃりとした笑みがこぼれる。携帯を枕元に置いた松田は、欠伸を噛み殺しながら私を見た。
「なぁ、腹減った」
「何食べたい?食べれそうなもの買ってくるよ」
ポキポキと首を鳴らす松田を見ながら、床に落ちたブランケットを畳む。
まだ近所のスーパーも開いている時間だし、立ち上がろうと腰を浮かす。けれど不意に腕を引かれたせいで、傾いた体はベッドに倒れる。
すっぽりと松田の腕の中に収まった私の体。至近距離で交わった視線に、心臓の音が早くなる。
「お粥。レトルトじゃないやつがいい」
「っ、」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、そう言った松田。さっきとは違った意味で心臓がうるさくなる。
言葉に詰まった私を見て、松田は私の左手を掴む。
「なんでせっかく作ったのにレトルト出してくんだよ」
「・・・・・・っ、気付いてたの?」
「さっきキッチン行って見つけた。俺のために作ってくれたんじゃねェの?」
そうだけど。だって美味しくないもん、多分。レトルトの方が安心安全だし、美味しいに決まってる。
黙り込んだ私の左手のそっとなぞる松田の手。絆創膏の巻かれた人差し指にその手が触れる。
「お前が作ってくれたもんなら嬉しいンだけど、俺は」
「〜〜っ、」
こつん、とおでこがあたり顔に熱が集まる。熱なんてないはずなのに頭がくらくらする。
気付いてくれたことが嬉しくて。その言葉ひとつ、行動ひとつで私がどれくらい幸せか。多分松田は知らない。
甘えるみたいにぎゅっと抱きつけば、そっと頭を撫でてくれる少しだけ熱い手。
好き。大好き。その手の温度を感じながら、何度もそう思った。
────────────────
珍しく熱を出した蓮のお粥を作るなまえを見ながら、思い出したのは懐かしい記憶。
テキパキとした手つきで作られるお粥は、あの時のアレより見栄えだっていいし味だって間違いない。
「蓮まだ寝てた?」
「あぁ、飯出来たら俺あげてくるわ」
「ありがと。昨日より熱下がったし多分もう大丈夫だと思うだけど、」
コトコトと煮立つ鍋の火を弱めながら、洗い物を始めたなまえ。短くなった煙草を灰皿に押し付けると、付けっぱなしにしていた換気扇のスイッチを弱に切り替える。
「ホント料理上手くなったよな、なまえ」
「何、急にどうしたの?」
「いや、初めてお粥作ってくれたときのこと思い出してさ」
「・・・・・・っ、アレは記憶から消して!!仕方ないじゃん!初めて作ったんだもん!!」
「ははっ、味濃かったよなぁ、アレ。嫌いじゃねェけど」
「〜〜っ、うるさい!陣平のバカ!」
一気に表情が昔に戻るのがおかしくて。いつまで経っても変わらないお前が好きだなって思うんだ。
Fin
prev /
next