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※ 本編後、結婚した2人に子供がいる if のお話です。苦手な方はご注意ください。(子供の名前変換なし)
イースター、七夕、ハロウィンにクリスマス。
夢の国は季節によってその姿を変える。女の子なら好きな人とディズニーデートなんて憧れないはずがないだろう。
もちろん私だってド定番のそれには憧れたし、大学時代に陣平を半ば強引に引き摺って夢の国に連れて行ったこともある。
「耳つけるの嫌がるし、ミッキーと写真撮る時も仏頂面だったんだよなぁ」
「父さんがニコニコしながらカチューシャつけてる方が想像できねぇや」
「でもせっかくお揃いで買ったのにひどくない?ずっと首につけてたもん」
とある休みの日、ちょうどテレビから流れてきたのはディズニーのクリスマス特集。
ソファに腰掛けていた蓮とテレビを見ながらそんな話をしていると、キッチンで煙草を吸っていた陣平が態とらしくため息をついた。
「うっせェ。蓮がガキの頃3人で行った時はつけて写真撮ったンだからいいだろ」
「そういや研二にその写真見せてもらったことあった気がする」
「・・・・・・なんで萩がその写真持ってンだよ、」
「送ってって言われたから私が送った♪ 蓮も陣平も可愛かったなぁ」
蓮も今年から高校生になって、最後に3人でテーマパークに行ったのなんて何年前になるんだろう。
たしか蓮が小学生の頃だったからもう10年前?・・・・・・嘘、怖い。月日の流れが早すぎる。
陣平も私も年齢より若く見られることが多いから忘れだちだけど、しっかりと月日は流れていて。そりゃ蓮も大きくなるわけだ。
隣に座る蓮をちらりと見れば、その横顔は陣平の高校生の頃にそっくりで。自然と目尻が下がり、頬が緩む。
「母さん、あぁいうの好きだよな?」
不意に蓮が指さしたテレビの画面。テレビに視線を向けると、ちょうどディズニーの園内にある大きなクリスマスツリーが映っていて。
ツリーの下にいるのは、サンタの衣装に身を包んだミッキーとミニー。それが可愛くないはずがない。
「可愛いよね、サンタ!いいなぁ、クリスマスのディズニーとか」
態と陣平に聞こえるようにそう言ってみると、キッチンにいた彼とばちりと視線が交わる。片方の眉を上げながら、煙草の煙を吐き出す陣平は私の言葉をさらりと聞き流す。
分かってる。陣平は人混みが嫌いだし、そもそも夢の国なんてそこまで興味がない人。昔だって私が半ば無理やり連れて行ったみたいなもんだったから。
はぁ、とため息をつくと蓮が携帯片手に口を開く。
「今度の休み行く?ディズニー。俺バイト休みだし」
「・・・・・・っ、え?」
「クリスマスプレゼント・・・にはちょっと早ぇけど、たまには母さんの好きなとこ3人で出掛けるのもありじゃね?先月のバイト代思ったより入ったから、俺からのクリスマスプレゼント」
さらりとそう言った蓮の言葉に、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
中学の頃は、少しだけ反抗期みたいなものもあった蓮。家族で出掛けるのを嫌がってたこともあったけど、高校に入ってからはそれもなく手のかからない子だった。
それだけでも十分幸せなのに、こんなことを言って貰えるなんて思ってなかったから。
「〜〜っ、れーんー!!!」
「ははっ、泣くほど?母さん泣かしたら、父さんに怒られるから泣き止んで」
「む゛り゛!!蓮が可愛すぎるのが悪い!!」
涙声のままがばっと抱き着くと、ケラケラと笑いながらそう言う蓮。
昔よく陣平にしてたみたいに(今もしてるけど)、頭を擦り寄せてみても優しい蓮は振り払うことなんてなくて。見た目が陣平そっくりなことも相まって、何となく懐かしいような気すらしてくる。
そんなことを考えながら蓮に抱き着いていると、不意に後ろから首に腕を回されぐいっと引っ張られる。
振り返ると、そこにいたのはいつの間にか煙草を吸い終えた陣平で。少しだけ不機嫌そうな顔のまま私を蓮から引き剥がし、自分は携帯をいじり始める。
そんな陣平を見て蓮はくつくつと喉を鳴らしながら笑う。
「父さんも行くよな?今度の休み」
「・・・・・・考えとく」
「父さんが行かねぇなら、研二誘っていい?」
「・・・・・・意味わかんねェだろ、それは。お前のバイト休みっていつだよ」
見た目は陣平そっくりの蓮だけど、こういう陣平の扱いを見ていると萩原が頭をよぎる。
昔から蓮も萩原にはよく懐いてたし、あいつとも何だかんだ長く一緒にいたもんなぁなんて思いながら予定を合わせる陣平と蓮を眺めていた。
*
そしてやってきたディズニー当日。
いつもより時間をかけて化粧をして、髪を緩く巻いた母さんはとてもじゃないけど高校生の息子がいるようには見えない。
隣で黒のパーカーを着て煙草を吸う父さんも、黙っていたら余裕で30代に見える。まじで2人とも若く見えるし、昔から何かと目立ってたって研二の言葉も嘘じゃないなって思えた。
園内に入ると、ニコニコと嬉しそうにカチューシャを選び始める母さん。少し離れた場所でそんな母さんの後ろ姿を見ていると、父さんに名前を呼ばれ振り返る。
「なに?」
「ほら、これ」
手渡されたのは、数枚の1万円札。俺から母さんにクリスマスプレゼントって名目で来た今回のディズニー。チケット代は俺が持つつもりでさっさと支払いを済ませていた。
父さんが渡してきたのは、チケット代よりも多い金額。俺だってもうガキじゃない。受け取らずに返そうとすると、そのままポケットに札をねじ込まれる。
「いいって、俺だってバイトしてるし。それに多すぎるだろ、これ」
「バーカ、まだお前に奢られるほど困ってねェよ。まぁでもなまえは喜んでたから、あいつにはお前が出したことにしとけ」
「でも・・・っ、」
欠伸を噛み殺しながら、人混みに紛れそうになっていた母さんの方へと向かう父さん。
真っ白な耳に赤いリボンのカチューシャを手に取った母さんは、嬉しそうにニコニコながら近付いてきた父さんを振り返る。
「ねぇ、陣平これ付けて?絶対可愛い!」
「ヤダ。お前も歳考えろって」
「なっ、まだ大丈夫だもん!」
「ははっ、冗談だよ。さっさと好きなの選べって」
口では何だかんだ言いながらも、父さんは母さんに甘いと思う。
子供みたいに不貞腐れた顔で父さんの腕を叩く母さんと、そんな母さんの頭をケラケラ笑いながら撫でる父さん。
中学の頃は、そんな両親の姿が小っ恥ずかしかったこともあった。俺のことを必要以上に構う母さんがウザくて、辛くあたって父さんに怒られたこともあった。
それでも少し大人になった今、そんな2人の姿を見ているのは不思議と嫌な気はしない。ニコニコと嬉しそうに父さんの腕を引く母さんは、たしかにその辺の女の人の何倍も可愛いと思うから。
「ねぇ、蓮!これ可愛くない?」
父さんに買ってもらったカチューシャをつけて俺の名前を呼ぶ母さん。
ぱたぱたと駆け寄ってくる母さんに自然と目尻が下がる。いつの間にか身長も俺の方が高くなった。キラキラとした大きな瞳と視線が交わる。
「可愛い。似合ってると思う。俺も同じやつ買ってこよっと」
「〜〜っ、」
「おい、なんで蓮相手にそこまで照れンだよ」
「だって!!高校の頃の陣平ってツンツンしてたし、可愛いなんて言ってくれなかったもん!!蓮があの頃の陣平とそっくりすぎて、ちょっと照れる」
「母さんは可愛いよ。今も昔も、な♪ 」
「・・・・・・なぁ、蓮。お前変なとこ萩に似たんじゃね?」
「ははっ、父さんが素直じゃないだけだろ」
やいやいと騒がしい2人に背を向けてショップの方へと歩き出す。
そういえばあの2人、いつからか俺の前でもお互いのこと名前で呼ぶようになったよな。
母さんは俺が物心ついた頃から父さんのことが大好きで。幼い頃からずっとそうだったから。でも父さんの方は母さんみたいに露骨に気持ちを言葉にはしない。それでも行動の端々に、母さんへの気持ちが現れていて。
今だってそう。口ではあんな風に言いながらも、父さんの手には母さんがつけていたのと同じカチューシャが握られているから。
────────────────
その日の夜、クリスマスツリーの前で3人で撮った写真を見ながらニコニコと幸せそうに笑うなまえ。
すっぽりと俺の腕の中に収まりながら、携帯の画面を見せてくる。
「楽しかったなぁ。陣平もありがとね」
「別に。蓮からのクリスマスプレゼントなんだし、俺はついてっただけだ」
「ふふっ、嘘つき」
携帯を枕元に置いたなまえは、そのままぎゅっと抱きついてくる。胸元に頭を寄せると、じっと見上げてくる瞳と目が合う。
「何だかんだ優しいもんね、陣平って」
「・・・・・・うっせ。ほら、さっさと寝ンぞ」
何もかも見透かすみたいに笑うなまえを少しだけ強引に抱き込む。ふわりと香る甘い匂いは昔から変わらなくて、不思議とそれだけで心が安らぐみたいなそんな感覚。
「なぁ、」
「ん?なぁに?」
「あんま蓮相手でもベタベタしてんじゃねェよ。普通にムカつくから」
少しだけ。お前を見習って素直になってみようかな、なんてらしくもないことすら思ってしまう。
いくら俺に似てるとしても。実の息子だとしても。自分の好きな女が別の男にベタベタしてて気分がいいわけがねェだろ。
「なんか昔の陣平が優しくしてくれてるみたいなんだもん。それに蓮があんな風に優しく育ったのが嬉しいし」
「分かってっけど、嫌なもんは嫌なンだよ」
「陣平が我儘だぁ〜」
「お前にだけは言われたくねェよ」
「ひど!!!私我儘じゃないもん!!!」
「昔よりはほんの少しだけマシになったかもなぁ♪ 」
幸せな時間がずっと、これから先も続きますように。
Fin
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