番外編 ゼラニウム | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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▽ 1-1


昼休み、次の授業が体育だから少し早めに更衣室に向かおうと周りの女子達と話しながら鞄に手を伸ばす。


体操服の入っているはずの袋はやけに軽くて、ジャージの上着を忘れたことに気付きため息がこぼれた。


「なまえちゃん?どうかしたの?」
「ジャージの上忘れた、最悪。今日って外だっけ?」
「うん。今日からマラソンだよ。あの外走るやつ」


最悪すぎる・・・。

このくそ寒い中、半袖で外走るなんて絶対に風邪引く。



昼休みも残り時間はあと少し。他のクラスに借りに行くにしても急がなきゃまずい。


「ちょっと借りに行ってくる」
「うん!先更衣室行ってるね!」


そうは言ったものの、決して友達が多くない私がそんなこと頼める相手なんてぱっと思いつくはずもない。1.2年の頃なら、迷わず松田に頼みに行っていたけど3年になった今、同じクラスの彼に頼む訳にはいかない。


どうしようかな、なんて考えながら廊下を歩いているとちょうどいい奴の姿を見つけてそいつの名前を呼ぶ。




「萩原!ちょっといい?」

いつものように女に廊下で囲まれていた萩原。私が名前を呼ぶと、そいつらにひらひらと手を振りこちらに駆け寄ってくる。


とんっと壁にもたれながら、萩原は「どした?」って首を傾げる。



「ジャージの上貸して。次の授業体育なんだけど、上着だけ忘れたの」
「あーね。ちょっと待ってろ」


教室に戻った萩原は、すぐにジャージ片手に廊下に戻ってくる。「ほらよ」って渡されたジャージを受け取りながら、一応お礼を伝える。



「なまえ友達少ねぇもんな。他に借りれる奴いなさそうだし気にすんな」
「・・・・・・うざい。ホント一言余計だよね、萩原って」
「ははっ、俺のジャージ着てたら他の女の子に睨まれるかもよ?」


悪戯めいた口調で笑う萩原。あながちそれが大袈裟ってわけでもなくて、事実なのがまたムカつく。


まぁそんなの1ミリも気にならないからいいけど。


「みんな趣味悪いよね、アンタのどこがいいのかマジで分かんない」
「そんな顔で睨むなって。あ、俺のクラスも6限目が体育だからまた持ってきてよ」
「ん、分かった。とりあえずありがと」


ぽんっと私の頭に置かれた萩原の手を払いながら、更衣室へと向かった。






飯食っていい感じに眠たい時に、冬の冷たい風が吹き抜ける外でマラソンなんて地獄だよなって思う。


体育教師を待つ間、グラウンドの隅でクラスメイトとそんな話をしていると何やら更衣室から出てきた女子達の方が騒がしい。



「萩原くんに借りたの?いいなぁ」
「よくない。無駄にデカいし、袖が邪魔」
「それがいいんだよ!彼ジャーみたいでいい感じだし」
「・・・・・・マジできもいこと言わないで。あ、じゃあ交換してよ!」
「っ、無理!絶対無理!恐れ多いもん!」


相変わらず取り巻きみたいな女に囲まれてるのは、やけにだぼついたデカいジャージを着てるみょうじだった。


あいつが着ているジャージの胸元には、『萩原』の名前があって萩に借りたってことはすぐに分かった。


クラスが別の頃は、俺のところにジャージを借りに来たこともあったみょうじ。同じクラスの今、それはなくなったわけで。友達が少ないあいつがそんなことを頼める相手がいないのは容易に想像ができた。


だからって寄りにもよって萩に借りるか?普通。
せめて女に借りるだろ。あいつだって一応男だぞ?・・・・・・いや、そんなこと言ったら俺もそうか。


モヤモヤと何となく不愉快な気持ちが胸を覆う。



「俺もみょうじさんにジャージ貸してぇー。絶対洗濯しない、それ」
「分かる!萩原ずりぃよなぁ・・・。なまえちゃん着たやつとか絶対いい匂いしそう、無理」

惚けたみたいなそんなバカなクラスメイトの会話が苛立ちを煽る。


足元にあった石ころを靴の先で弄りながら、その苛立ちを誤魔化そうとしていると俺に気付いたみょうじが駆け寄ってくる。



「松田!今日のマラソン一緒に走ろ?」
「・・・・・・男女でコース違ぇから無理だろ」
「えぇー、じゃあ途中まで!ね?お願い!」


無駄に長いジャージの袖から僅かに覗く指先。無駄にキラキラした爪が俺の腕に触れる。


視線を下げれば、やっぱり無駄に目に付く萩の名前。



「なんで萩に借りたわけ?それ」
「・・・・・・?あぁ、ジャージ?たまたま廊下に萩原がいたから、ちょうどいいなって思って。萩原のジャージなら汚しても気にならないし」


ケラケラと笑いながら話すみょうじを見ていると、無意識に眉間に皺が寄った。





マラソンなんて、松田と一緒に走るくらいの楽しみがないとやる気になんてなるはずもない。


意地でも一緒に走ろっと。そんなことを考えていると、松田の顔が不機嫌そうに歪む。



「なんで萩に借りたわけ?それ」
「・・・・・・?あぁ、ジャージ?たまたま廊下に萩原がいたから、ちょうどいいなって思って。萩原のジャージなら汚しても気にならないし」


無駄に余った袖をぱたぱたとさせながら笑うと、松田の眉間の皺が深くなる。



少しの沈黙の後、松田の手が私のジャージの首元のチャックにかかる。ぐっと半分ほどまで下ろされたチャック。突然のその行動に頭がパニックになる。



「っ、な、何?急に、」
「デカすぎんだろ、それ。まだ俺のやつ方がマシだからこっち着とけ」
「〜〜っ、」

松田は自分が着ていたジャージを脱ぐと、そのままそれをばさりと私の頭にかける。


真っ暗になった視界、ふわりと香る松田の匂いに心臓の音が一気に加速する。慌ててジャージを頭から退けると、半袖の松田が「寒ぃからさっさとそれ寄越せ」って私の着ていたジャージを引っ張った。


言われた通り、着ていたジャージを脱ぐとそのままそれを松田に渡す。代わりに羽織った松田のジャージは、萩原のやつよりは少しだけ小さいけれど私が着ると大きいことに変わりはない。


さっきまでは何も思わなかった彼ジャー≠ネんて言葉が頭を過って、頬に熱が集まる。今までだって松田に服を借りたことはあったけど、こんなパターンは初めてだったから。



頭では分かっていても、少しだけ、本当に少しだけ期待しそうになる。



「・・・・・・松田の匂いがする、」
「っ、バカみてェなこと言ってんじゃねェよ!」


私の手の半分ほどまでを隠すジャージの袖をぎゅっと掴みながら、赤い顔を隠すみたいに口元に手をあてる。


声を荒らげた松田も、私と同じくらい顔が赤いような気がしてそれがまた胸の奥をきゅっと締め付けたんだ。



────────────────



「今思えば、あれってヤキモチだよね」
「・・・・・・ンなわけねェだろ」

眠りに落ちる少し前。ベッドの中で懐かしい話になった。

そんな昔のことよく覚えてるよな、こいつも。


あの時は認めたくなかったけれど、今思い返してみればあの時のあれは、間違いなくなまえの言う通りの感情だと思う。


俺の手に自分の指を絡めながら、ニヤニヤと揶揄うみたいに笑うなまえ相手にそれを認めるのは少しだけ悔しくてつい本音とは逆のことを言ってしまう。


「じゃあ何?なんで私が萩原のジャージ着てたら嫌だったの?」
「・・・・・・お前の汗臭いジャージ返される萩が可哀想だと思ったからだよ。あいつのクラスもあの後たしか体育だったし」
「なっ、汗臭くなんかないもん!!!」


むっとした顔でギャーギャー騒ぐなまえに、思わずくすりと笑みがこぼれた。


そういや、あの時・・・。

俺が授業の後、萩にジャージ返しに行ったら無駄にニヤニヤしながら揶揄われたっけ。

Fin


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