番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-1


事件続きだったせいで疲れ切っていたから。まるで何かが両肩にのしかかってるみたいに重い。それでも体がだるいことはまだ耐えられた。


「昨日の事件の被害者の女性、まだ意識戻らないみたいね」


デスクに戻ってきた佐藤の言葉に、どっと肩の重みが増した。



ここ数日、立て続けに起きた傷害事件。通り魔的犯行で、被害者は年老いた老人だったりサラリーマンだったり。幸い、被害者の怪我は軽傷で命に別状はない。



そして昨日、刺されたのは若い女だった。


犯人は無事その場で現行犯逮捕。たまたま俺達が張っていた場所で事件が起きたから。流れる血、ぐったりとした被害者。


取り乱すことこそないけれど、こんな現場何度見たって慣れるもんじゃない。


刺された場所が悪かったせいで、意識が戻らない被害者。様子を見に、佐藤と病院に行ったら彼女の病室で泣き崩れるひとりの男。


どうやら被害者の恋人らしい。意識の戻らない彼女の隣でその手を握るそいつを見ていたら、嫌でもなまえが刺された時のことが頭を過ぎった。



必要以上に被害者に入れ込んでいたらメンタルが持たない。頭ではそう分かっていても、彼女の名前を何度も呼ぶその男の声が頭にこびり付いてはなれてくれなかった。




数日ぶりに家に帰ると、いつもと変わらない・・・・・・いや、いつも以上にハイテンションで駆け寄ってくるなまえ。いつもならその笑顔に、張り詰めていた気持ちが緩むのに今日はどうしてもそういう気分になれなくて。



「おかえりー!!今日帰ってきてくれたのめっちゃ嬉しい!ご飯色々頑張ったんだぁ♪ 」


飛びついてきたなまえは、ニコニコしながら纏わりついて離れない。



「腹減ってねェから飯いいや。着替えたら寝るわ」
「っ、嘘でしょ・・・?せっかくご飯作ったのに!てか帰ってくるのだって2日ぶりじゃん!寂しかったのに!」


なまえが寂しいって喚くのはいつものこと。飯はたしかに悪いなって思ったけど、正直今はそこに気持ちを割く余裕がなくて。


「・・・・・・やだ!今日が終わるまであとちょっとじゃん!」
「はぁ・・・、飯なら明日食うから。とりあえず今日はほっといてくれ」
「っ、何その言い方!なんでそんな言い方されなきゃいけないわけ?」


あ゛ぁ・・・・・・、マジで勘弁してくれ。


俺の突き放すみたいな言い方にキレたなまえは、ぐっと腕を掴みながら声を荒らげキャンキャンと騒ぐ。






だるそうにため息をつく陣平。久しぶりに会えて喜ぶ私と、そんな彼とのギャップにプツンとなにかが切れた。


仕事で疲れてるのは分かる。それでも今日だけは、帰ってきてくれたのが嬉しかったから。


あと1時間とちょっとで今日が終わる。せめて残りの時間だけでも、一緒にいたかったのに。



「・・・・・・お前マジでうるせェって。たまには言うこと聞いてくれよ」
「っ、」


掴んでいた手を振り払われ、そのまま寝室へと消えていく陣平。


振り払われた手が近くにあったドアノブに当たって、じわじわと痛みが広がっていく。でもそんな腕の痛みなんかより何倍も、胸の奥が締め付けられるように痛い。



ムカつく、ムカつく、ムカつく!!!!


込み上げてくる悲しさも寂しさも、全部怒りへと変換してそのままキッチンに向かう。冷蔵庫の中には、今日のために用意した料理が並ぶ。どれも陣平の好きな物ばかり。朝から一生懸命用意したのが全部無駄に思えて、目の奥がツンとなる。



1番手前にあったお皿を手に取った私は、そのままキッチンのゴミ箱の蓋を開ける。今日じゃないなら、全部意味がない。


寝室に消えた陣平が出てくる気配はないし、時計の針は容赦なくチクタクと時を刻むことをやめない。



お皿ごとゴミ箱に捨ててやろうと思うのに、頭の中でもう1人の自分がそれを止める。



分かってる。陣平があんな言い方をするなんてよっぽどだから。多分、仕事で何かあったんだと思う。


そうでもなきゃ、何だかんだ優しい人だから。


それに今日のことだって、きっと忘れてるだけだ。ご飯だって明日食べるって言ってくれたじゃん。


先にキレたのは、私の方だ。なんでいつもこうなんだろう。カッっとなったら、感情のコントロールが上手く出来てなくて。喧嘩なんかしたくないのに、結局こうなってしまう。


ムカつくなんて感情よりも、悲しくて寂しい気持ちがじわじわと心を蝕んでいく。


手に持っていたお皿を冷蔵庫に戻すと、そっとゴミ箱の蓋を閉めた。


・・・・・・・・・明日になったら謝ろう。


昨日はごめんね、って。陣平の話をもっとちゃんと聞こう。



そっと寝室のドアを開けて中を覗くと、こちらに背を向けてベッドに横たわる陣平の姿。いつもなら隣に潜り込むけれど、どうしても今日はそれをする気持ちになれなかった。






疲れもあったんだろう。横になってすぐに意識を手放した俺は、枕元で震える携帯で目が覚めた。


画面に表示されていたのは、佐藤の名前。体を起こしながら電話に出る。


「もしもし、」
『あ、もしもし?こんな時間に悪いわね。急いで伝えた方がいいかなと思って』
「・・・・・・また事件か?」

時計を見れば、2時を少し過ぎたところ。何がなければ、こんな時間に電話をしてくることはないだろう。


『あの意識不明だった被害者の女性。少し前に意識戻ったって連絡があったの。しばらく入院は必要だけど、命に別状はないって』


その言葉に、ずっと肩にのしかかっていた何かがふっと軽くなったような気がした。


・・・・・・よかった。本気でそう思った。


『松田君、あの女性をなまえさんと重ねてたでしょ?だから早めに伝えておこうと思って』
「・・・・・・サンキュ、連絡くれて」


佐藤にもバレるくらい分かりやすかったのか?


そう思いながら電話を切り、次に込み上げてきたのは後悔≠フ二文字だった。


いつもならべったりと引っ付いて甘えてくるなまえは隣にいなくて、ダブルベッドの片方はすっぽりと空いたまま。


ベッドから出て、リビングに向かうとソファの上でタオルケットを被って眠るあいつがいた。



・・・・・・最低だろ、俺。何やってんだよマジで。


なまえは別に何も悪くねェのに、心の余裕がないからってあいつに当たった。


クッションを抱きしめて眠るなまえの瞼は、いつもより少しだけ腫れているような気がしてそれがまた胸を締め付けた。



そういや、飯作ってくれてたんだっけ。


キッチンに向かい冷蔵庫を開けると、やけに品数の多い食事達がラップをかけて並んでいた。そのどれもが俺の好きなもんばかり。まるで誕生日みたいだな、なんて思ったところではたと気付く。


今日、何日だっけ。


ダイニングテーブルの上のカレンダーに視線を向けると、ちょうど昨日の日付のところにはピンクのペンでハートマークがついていて。


「・・・・・・・・・だからあんなに今日に拘ってたのか、あいつ」


今日ってかもう昨日だよな。

巻き戻せない時間が、俺の中の後悔を煽った。






悲しいとムカつくと自己嫌悪。色んな気持ちがぐちゃぐちゃになって、一頻り泣いたあといつの間にかソファで眠っていたらしい。


ゆるゆると浮上した意識。隣に人の気配を感じて、クッションから顔を上げる。もちろんこの部屋にいるのは、私と陣平だけなわけで。


ソファに背中を預けた陣平が、気まずそうに私を見た。



重なった視線。先に口を開いたのは、陣平だった。






「悪かった。あんな言い方、するべきじゃなかった」


小さく頭を下げた陣平。その手が私の瞼に触れる。



「・・・・・・記念日、だったのに。泣かせてごめん」
「っ、」


そう、昨日は私達が付き合いだした記念日だった。


結婚してからも、私にとってその日は特別だったから。一緒にお祝いしようと思って朝から張り切っていた。


仕事で忙しいって分かっていたけど、帰ってきてくれたらいいなって思って頑張って用意した。だから日付をまたぐ前に帰ってきてくれたのがすごく嬉しかったの。



「・・・・・・・・・全部、捨てようかなって思った。昨日食べて貰えないなら、意味なんてないって」
「全部食うから。マジで悪かった」
「でも、陣平が忙しくて記念日忘れちゃってたのも仕方ないって頭では分かるから。ムカつくし、悲しいなって思ったけど、そんなことより同じ部屋にいるのに傍にいられないのが寂しくて・・・っ、」


また、だ。

止まったはずの涙がじわりと瞳を覆う。



私にとって陣平と一緒にいられる時間は特別で。何よりも大切だから。



「もっと優しく、どうしたの?って聞いてあげれる子だったら・・・っ・・・、喧嘩しないのかなって思った・・・っ、」


素直になれないし、いつも理性より感情が先行してしまうから。






堪えきれずにボロボロと涙を流すなまえ。気が付くとその体を抱き寄せていた。


震える肩をそっと撫でれば、しゃくり上げる声が大きくなる。




「そんなのお前じゃねェよ」
「っ、」
「俺が好きになったのは、いつも感情むき出しで全力でぶつかってくるなまえだから」


思ったことを考える前に口に出しちまうのは、俺も同じだから。


多分、俺達はそういうところ似てるんだろうな。だからこそすぐにぶつかるし、些細なことで言い合いになる。



「・・・・・・ちょっと仕事で色々あってさ、俺も余裕なかったんだわ。だからお前に当たった。マジで後悔してる。記念日だって、忙しかったからって忘れていいわけじゃねェのに」


お前がそういうことに拘る奴だって知っていたのに。

それに俺だってその日を特別に思わないわけじゃねェし。



「明日、やり直させてくんね?」
「やり直し?」
「俺明日は非番だし、久しぶりにどっか出掛けて帰りにお前の好きなもんでも買って、帰ってきたら作ってくれた飯食お?」


多分、昔のなまえなら冷蔵庫の料理を容赦なくゴミ箱に捨てていたと思う。けど今はこいつだって変わってる。俺に何かあったって分かっているからこそ、ブチ切れながらでも寄り添おうとしてくれてるってことは短くない付き合いの中で分かっているから。


だから俺だって変わりたいって思うし、そんなお前が大切なんだ。



「・・・・・・ケーキが食べたい。あの駅前の新しく出来たとこ」
「あのやたらふわふわしたメルヘンな店?」
「うん。あそこ一緒に行きたい」


少し前に雑誌か何かで見てなまえが行きたいって言っていたそのケーキ屋。淡い色で包まれた店内は、男が行くには小っ恥ずかしくてあの時は断ったんだったっけ。


「分かった。でも写真撮ンのはナシだからな」
「えぇー、なんで?」
「お前ぜってぇ萩に見せるから。この前だってそれでどんだけ俺が揶揄われたか知らねェだろ」


思い出すのは、「陣平ちゃんが、マイメロの耳って・・・っ、」ってゲラゲラと笑う萩の顔だった。


ダメだ、思い出すだけでもムカつく。


そんな俺を見て、なまえはくすくすと笑う。やっとその顔に笑顔が戻ったことが嬉しくて、ほっと安堵の息をつく。



「ねぇ、陣平」
「ん?」
「大好き。付き合い始めたあの頃より、今の方がもっともっと大好きだよ」



それは俺も同じだよ。


ぎゅっと抱きついてくるなまえを大切だと思う気持ちは、あの頃より何倍もデカいものだから。



「てか、腹減ったかも。やっぱり今から食わねェ?」
「えぇ、この時間に食べたら太るもん」
「そういや、最近お前ちょっと太ったよな」
「なっ、太ってないし!!私がデブなら世の中の女のほとんどデブじゃん!!!」
「ははっ、冗談だよ」


喜怒哀楽が激しくて、ガキみたいに感情をさらけ出すお前が好きだから。



────────────────



やたらとピンクと白の多い店内。2つ隣の席に座る彼女に連れてこられたであろう男に、心から同情した。


片肘をつきながら、ブラックコーヒーを飲んでいるとカシャっという音がして顔を上げる。


「おい、写真ナシって言ったろ」

甘ったるそうなタルトを頬張りながら、悪戯っぽい笑みを浮かべるなまえ。左手にはスマホが握られていて、ため息混じりに睨む。


「あーあ、昨日ぶつけた腕痛いなぁ。ちょっと赤くなってるし」


口の端に笑みを浮かべながら、態とらしく腕をさするなまえ。ふざけてるだけって分かっていても、その腕が少しだけ赤くなっているのは事実だから。





スマホを机の上に置くと、私の左手に陣平の手が触れる。


少しだけ赤くなった手首を指で撫でる陣平は、分かりやすく眉が八の字に下がっていて。


思っていた反応とは違うから、慌ててその手を握る。


「っ、冗談だよ!別にこれくらいすぐ治るし!」
「・・・・・・悪かった、マジで」
「もう!気にしすぎだって!!」


多分、いや、絶対?

陣平は思っているより、私のことを大事にしてくれてるんだと思う。


右手に持っていたフォークでタルトを掬うと、また謝ろうとした陣平の口にそれを押し付けた。


「・・・・・・甘すぎだろ・・・、」
「ふふっ、美味しいでしょ?」


少しだけ顔を顰め呆れたみたいに小さく笑った陣平は、タルトを飲み込むとそのままブラックコーヒーをこくりと飲んだ。

Fin


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