▽ 1-2
なまえが眠ったあと、掃除をしたり洗濯をしたり。あっという間に蓮の迎えの時間になって、帰ってきてからはもっと大忙しで。
何をするにも、自分の思ったペースではできない。これを毎日、文句ひとつ言わずこなしているなまえ。
つくづく、母親ってのはすごいと思った。
1日が本当にあっという間で、蓮を寝かしつけたあとどっと疲れた俺はソファに倒れ込むように寝転んだ。
仰向けに寝転び、片方の腕で視界を覆う。うつらうつらと迫りくる睡魔。起きて洗い物やらねェと。それに蓮の明日の用意も・・・。やらなきゃいけねェことを、頭の中で整理していく。
ドアの開く音がして、近くに座る人の気配。
腕をずらして隣を見ると、朝よりかは顔色の良くなったなまえがいて。ぺたり、とラグの上に座るとそのまま俺の肩に頭を預けた。
「熱は?」
「さっき測ったら下がってた。もうヘーキ」
「まだ寝とけ。蓮も寝かしたし、こっちは大丈夫だから」
いつもより少しだけ散らかったリビング。キッチンのシンクの中には、晩飯の洗い物が残っている。
ちらりとそれを見たなまえは、「ありがとね、家のこと。それに蓮の面倒も」って小さく笑う。
礼を言うのは、俺の方だ。
「俺のセリフだ、それは」
「え?」
「いつもサンキュ、家のことも蓮の世話も。任せ切りでごめん」
正直、こんなに大変だなんて思っていなかった。
だってお前はいつもそれを当たり前のようにこなしていたから。でもそれは当たり前なんかじゃなくて。たった1日、それなのに俺はお前にみたいには出来なかったから。
「飯作り始めるとさ、蓮がリビングで俺のこと呼ぶんだよ。見て見て!って。飯作ってるからちょっと待てって言っても、ンなの通じねェからぐずり始めるし」
「あははっ、分かる。今がいい〜!!って泣き始めるでしょ?」
「てか飯ひとつ作るのすら、何作ったらいいか分かんねェし。栄養バランスとか見栄えなんかマジで考えてる暇なかった」
「1日くらいヘーキだよ。私も面倒臭いときは、ぱぱっと適当に済ませちゃうもん」
ケラケラと笑うなまえだけど、お前はいつもそれを考えてくれてるから。
蓮や俺が食べたいって言ったもんがあれば、当たり前みたいに夜には食卓に並んでいる。それがどれだけすごいことか。
昔はあんなに料理も下手だったのに。
いつの間にか上手くなったそれは、こいつの努力の賜物だろう。誰より負けず嫌いでプライドが高いからこそ、できないことが許せなくて必死に頑張る奴だから。
腕を伸ばして、なまえの肩を自分の方へと抱き寄せる。
「・・・・・・すげェよな、お前って」
きょとんと不思議そうな顔をしたかと思えば、嬉しそうにぎゅっと抱きついてくるなまえ。
そんなこいつがたまらなく大切だって思った。
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「ゴミ、もう纏めといていいのか?明日仕事の前に捨てとく」
「買い物なんかあるなら、帰りに買ってくるけどなんかある?」
「蓮、飯まで向こうで遊ぶぞ」
最近やたらと家事に協力的な陣平。今だってキッチンでうろうろしていた蓮を抱き上げ、リビングに向かうと車のおもちゃで一緒に遊んでくれている。
別に元々、家のことも蓮のことも手伝ってくれていたけど最近は特に気にかけてくれてるような気がする。
「ねぇ、萩原」
「ん?何?」
陣平と一緒に帰ってきた萩原。なんでいるの?ってつっこむことも最近は面倒になってきた。洗い物をしていた手を止め、換気扇の下で煙草を吸う萩原を見上げる。
「・・・・・・陣平、最近なんか変。家の事とかめちゃくちゃ手伝ってくれるし」
「あー、まぁ陣平ちゃんも色々成長したんじゃね?」
「今朝だって、自分から買い物ある?とか聞いてきたんだよ?絶対怪しい!!!」
「ははっ、陣平ちゃんも分かりやすいなぁ」
短くなった煙草を灰皿に押し付けながら、ケラケラと笑う萩原。
分かりやすい・・・・・・?
もしかして・・・・・・、
「陣平、浮気した?!それで私の機嫌・・・・・・」
「はァ?!・・・・・・ンなわけねェだろ!!」
機嫌取りしてるんだ!なんて言いかけた言葉は、リビングから飛んできた陣平の声によってかき消される。
そんな私達のやり取りに、萩原は堪えきれないって顔で吹き出した。
Fin
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