▽ 1-1
やばい
頭に浮かぶのはその3文字。
俺以外の奴らはそれはそれは楽しげにケラケラと笑いながら、この煌びやかな空間を楽しんでいて。
黒を基調とした落ち着いた店内。隣に座る女は、胸元や腰周りががっつりと開いたドレスを着ていて膝が触れるような距離でニコニコと話しかけてくる。
甘ったるい香水の匂いは、確実に俺のスーツにも移っているだろう。
「おい、松田〜!せっかく飲みに来たんだから、そんな顔してねぇで楽しめって」
「そうだぞ!嫁さんにバレたら無理やり連れてこられたって俺らのせいにしとけばいいからさ」
額に手をあてながらため息をついた俺を見てそう声をかけてくるのは、爆処に配属になった頃から世話になっていた先輩2人。
なまえがそんな言い訳で納得してくれるわけがねェ。鬼のような形相でギャンギャン怒るあいつの姿が目に浮かぶ。
何でこうなった・・・・・?後悔しても時すでに遅し。
半ばヤケクソになった俺は、目の前のグラスに注がれた酒を一気に飲み干した。
遡ること数時間前。
定時を少し過ぎ、帰ろうとしたところで先輩2人に捕まって久しぶりに飲みに行くぞと連れてこられたのは近くにある居酒屋。
「悪い、そんな感じだからちょっと帰るの遅くなる」
『分かった。なるべく早く帰ってきてね!せっかく明日休みだし一緒に見たい映画あるから!』
「ん。また連絡するわ」
男ばかりの飲みということもあって、割とすんなりと終わった電話。席に戻ると先輩の1人がビールジョッキ片手に俺を見た。
先輩のうち1人は独身。もう1人は結婚して5年、娘さんが今年2歳になるそうだ。
席に座った俺に話しかけてきたのは、独身の先輩の方だった。
「嫁さんって急に飲みとか行ったら怒る系?」
「あー、今はそんなに怒るとかはないっすね。女いる飲み会とかだとちょっと面倒臭いっすけど」
「妬いてもらえるうちが華だよ。うちなんて定時で帰ったら嫌な顔されるし」
なまえがそうなる日はくるんだろうか。枝豆を口に放り込みながら考えてみても、どうにもそんな未来は想像できなくて。
多分あいつは何年経っても女と飲みに行くってなったらブチ切れるだろうし、帰りが遅くなると言ったら寂しいとか早く帰ってきてって言ってくるような気がする。
俺だって家に帰る度、玄関のドアが開く音がすると走ってくるその姿を嬉しく思わない日がくるとも思えなくて。
あれやこれやと酒片手に盛り上がる先輩達の話を聞きながら、頭に浮かぶのはなまえの顔だった。
捜一に異動になってから先輩達と会う機会も減って、こうして飲むのも久しぶりだ。煽られるままに酒を飲んでいたこともあって、会計を済ませ店を出る頃にはそれなりに酒が回っていた。
「よし!もう1件行くぞ!」
最年長の先輩が俺ともう1人の肩に腕を回しながら、赤らんだ顔で歩き始める。
ポケットから取り出した携帯で時間を確認すると22時前。そろそろ帰りてェしここで抜けるか、なんて考えていると手に持っていた携帯をするりと先輩に盗られる。
「っ、」
「松田ぁ!お前明日休みだろ?もうちょっと付き合えって!萩原はこの前朝まで付き合ってくれたぞ〜?」
「そうだそうだ!捜一行ったら俺達なんてもうどうでもいいのか?」
めんどくせェ・・・。酔っ払い2人のだる絡みにため息をつきながらも、この空気に水をさしたくもなくて。
酔っ払い2人だけで飲みに行かせるのも心配だったから、「あと1件だけっすよ。日付またぐ前には俺帰るんで」って話に乗っかったことを数時間後の俺が死ぬほど後悔するなんてこの時は知らなかった。
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