番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-1


冬の寒さも本格的なものになり、大学生としての残りの生活もあと少し。


大好きな人と付き合うことができて、ずっと一緒にいることのできる生活は言葉では言い表すことが出来ないほど幸せ。付き合い始めてから、自分でも松田にべったりな自覚はあった。


あいつも口ではあれこれうるさいけど、本気で私を突き放すことはないし何だかんだうまくやってると思う。


ただひとつ、アレ≠除いては・・・・・。






松田の周りの人間は、基本的に私が松田と付き合っていることを知っている。自分で言うのもなんだけど松田に近付こうとする女は片っ端から牽制してきたから、今ではそんな女はほとんどいない。


それなのに最近、松田と一緒にいると感じる視線。


今日もいつもみたいに大学内のカフェで松田と何でかついてきた萩原の3人でランチを食べていたら少し離れた場所からあの視線を感じた。


「またあの女・・・っ、」

舌打ちと共にその視線の持ち主の女を睨んだ私に、松田は呆れたみたいにため息をつく。



セミロングのふわふわした茶髪の女。私より背も小さくて小動物みたいな奴だと思った。香織に聞いて調べてもらったら、同じ学部の1学年下らしいその女は最近よく私達の前に現れる。


別に声をかけてくるわけでもないし、ただ少し離れた場所から赤らんだ頬でこっちを見てくるだけ。


「別に何されたわけでもねェんだし、いい加減睨むのやめろって」
「なになに、あの子がどうかしたの?」


そいつを睨んでいた私の頭をくるりと自分の方へと向ける松田と、その女に興味津々の萩原。


目の前のカフェオレを飲みながら、ストローを無意識にぐっと噛み締める。


「最近あの女が松田の周りちょろちょろしててウザい。たいして可愛くないくせに・・・、」
「えぇ、結構可愛くない?ウサギみたいじゃん♪ 」
「萩原って目悪いの?てかあぁやって見てるだけってのが1番ムカつく!!」
「ははっ、そりゃなまえが隣でそうやって睨んでるのに陣平ちゃんに声掛ける勇気ある女なんてそうそういねぇよ」


ケラケラと笑う萩原。当の本人の松田は、どうでもいいって顔で注文したカレーを食べている。その横顔をジト目で睨んでいると、その手が止まり視線が交わる。



「俺と付き合ってンのはお前なんだし、それで良くね?」
「〜〜っ、」
「叫ぶなよ、周りの人の迷惑」


私が口を開くより前に、そう言われて溢れかけた好きをどうにか飲み込む。


私が口噤むと、松田は「ん、いい子」とだけ言ってまたカレーを食べ始める。そんな私達を見ながら、萩原は「忠犬だねぇ」って笑ってて。ムカついたから机の下で思いっ切り脛を蹴っ飛ばしておいた。






昔に比べたら大人しくなったなまえだけど、最近はまたイライラしていることが多い。


まぁ理由なんてあの女からの視線でしかない。


別に俺は気にしたことなかったけど、ここまで隣でなまえが騒げば気になってくるもの。言われてみれば、最近大学内であの女をよく見かけるなって思った。



「なまえなら大丈夫だと思うけど、まぁ気をつけろよ」

飯を食い終わり、授業のあるなまえと別れた俺達は喫煙所へと向かう。煙草に火をつけた萩がそんなことを言うもんだから、小さく首を傾げた。



「気をつけるって?」
「なんかあの女の子、陣平ちゃん見てるってよりなまえのことつけてる気がすんだよ。ほら、今だって近くにいねぇし」


たしかに辺りを見回してもあの女の姿はない。灰を灰皿に落としながら、すぅっと白い煙を吐き出す。


「陣平ちゃんに気があって、なまえのことが邪魔ってんならあいつになんかするかもだし。まぁなまえは黙ってやれるような奴じゃねぇと思うけど」


ふっと笑い混じりにそう言った萩の言葉が、煙草を吸い終わっても何となく頭の中にこびり付いてはなれなかった。



その日の夕方。

先に帰るという萩と別れ、中庭のベンチでなまえを待っていると「あの!」という上擦った声が頭上から降ってくる。携帯を触っていた手を止め顔を上げると、そこには昼間のあの女がぎゅっとスカートを握り緊張した面持ちで立っていた。



「っ、急にごめんなさい・・・、」
「いや、別にいいけど。何?」


咄嗟に頭をよぎったのは、やばい≠ニいう3文字。


もう授業は終わってるしいつなまえがここに来てもおかしくない。こんな所あいつが見たらぶちギレるに決まってる。


かといってここで変に話を遮るのも・・・、なんて考えていると・・・、





「私がいないとき狙って松田に声掛けるとかまじで無理なんだけど」


カツカツとヒールを鳴らしながらベンチへと近付いてるなまえ。最悪なタイミングすぎる。思わずため息がこぼれた。


俺とその女の間に立ったなまえは、怒りで顔を歪めながらそいつを思い切り睨む。


スカートを握っていたその女の手は、小さく震えていてさすがに可哀想になった俺はなまえの腕を引いた。



「おい、とりあえずお前は落ち着けって」
「はぁ?何でこの女のこと庇うわけ?」
「別に庇ってねェよ。ただそうやってすぐキレんのやめろって言ってるだけだろ」
「それが庇ってるって言ってんの!!」


火に油を注ぐってのは、まさにこの事だろう。

振り返ったなまえは、俺の手を払いながらキッと睨んでくる。



「・・・・・・っ、あの!!」


そんな俺達の言い合いを遮ったのは、目の前の女の声だった。







うざいうざい、まじでうざい。


授業が終わって松田との待ち合わせ場所に向かってみれば、そこにいたのは頬を赤く染めて松田に話しかけるあの女の姿。


これでぶちギレんなって方が無理じゃない?


それなのに松田がその女を庇うもんだから、私の怒りのボルテージはさらに上がっていく。



「・・・・・・っ、あの!!」

私達の会話を遮った女。その頬はさっきまでよりも赤くて、その目はうるうると潤んでいるように見えた。



「私、ずっと見てて・・・っ、それで気持ち伝えたくて・・・」

ふつふつと体中の血液が逆流するような感覚。頭の中では分かってた。別に誰かが松田のことを好きになるのを止める権利なんて私には無いってことは。


それでもすんなりとそれを許せるほど、私は大人になんてなれなくて。



「みょうじ先輩にずっと憧れてました・・・!いつもキラキラしてて、すごく綺麗で真っ直ぐで・・・、初めて好きって思ったんです!!」



一気にそう言いきったその女は、潤んだ瞳のまま私を見た。



時が止まる、とはまさにこの事で。ゆっくりと後ろにいる松田を見れば私と同じ顔で固まっていた。







これってつまり・・・・・・、そういうことだよな?



「松田先輩と付き合ってたのは知ってて、ただどうしても気持ちだけ伝えたくて・・・。松田先輩に許可もらってからって思って・・・」


それでなまえのいない時に、俺に声をかけてきたってわけか。


別にそういう恋愛の形もあるんだろうし、否定するつもりはない。ただ目の前のこの女に、俺以外の奴が気持ちを寄せているということには何となくいい気はしない。


なまえは、そいつの気持ちが俺に向いていないということを知って少しだけ落ち着いたのか深いため息をつく。


いや、待てよ。
ここでなまえがキツい言葉でも言おうもんなら、さすがにこの子可哀想じゃね?


普通に告るよりもきっと何倍も勇気が必要だったはず。


俺がそんなことを考えている間に、その女は言葉を続ける。




「急にこんなこと言ってごめんなさい。ずっと黙って見てたのもダメだって分かってたんです・・・っ、しかも同性にこんなこと言われて・・・気持ち悪いって・・・、」



潤んだ瞳から、ぽたりと溢れた涙がアスファルトを濡らす。



「黙ってずっと見られてたのは普通にムカついた」
「っ、ごめ・・・」
「でも別に好きって言われたことは気持ち悪いとは思ってない」


謝ろうとしたそいつの言葉を、ばっさりと遮りそう言い放ったなまえ。


「だって私が可愛いのも綺麗なのも事実だもん。ただ私は松田が好きだから、松田以外とどうこうなるつもりは一切ない。別にそれはアンタが女だからとかは関係ないし」



・・・・・・ホント、こういうところだよな。


俺の心配なんて必要なかった。ふっとこぼれた笑みと共に、立ち上がろうとしていた腰を再びベンチに下ろした。





別に相手が男でも、女でも、そんなの私からすればどうでもいいこと。


松田以外なんて、興味がないから。


それでも好きな人に正面から好きって伝える勇気は、ほんの少しだけど評価してあげてもいいなって思うから。




「私に憧れてるって言うんなら、不細工な顔して泣くのやめたら?あと黙って見るのはマジで怖いからやめて」
「・・・っ、はい・・・、」
「別に普通に声掛けてくれたら答えるし。あ、でも次私のいないところで松田に声掛けたら許さないよ」


こくこくと頷くその女に、鞄から取り出したポケットティッシュを差し出すなまえ。涙を拭ったそいつは、何度もありがとう≠繰り返しながら校舎の方へと消えていく。


残されたのは俺達ふたり。

隣に座ったなまえは、いつもみたいに俺の腕に甘えるように腕を絡めてくる。



「あー、よかった♪ 松田のこと好きって女じゃなくて」

そう言いながら、ほっとしたみたいに笑うなまえ。こうなると複雑な気持ちになるのは俺の方で。


無意識に眉間に皺を寄せていた俺に気付いたなまえは揶揄うみたいに指で頬を小突いてくる。



「ヤキモチですか?陣平ちゃん♪」
「・・・・・・その呼び方やめろ、ムカつく」
「ははっ、拗ねてる松田も可愛いね!好き!」


萩の呼び方を真似るなまえの横顔をちらりと見れば、長い睫毛が大きな瞳にかかりその頬は夕陽でオレンジに染まる。


たしかに綺麗だと思う。でもあの女も言ってたみたいに、こいつの良さはきっとその見た目よりブレない真っ直ぐさなわけで・・・・・・、



これ以上、それに気付く奴がいなければいいのになんて思ったんだ。




Fin


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