番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-2


ふらふらと覚束無い足取りで、トイレに向かった私は洗面台に両手をつきながら小さく息を吐く。


酔った。完全に酔った。
ていうか私より飲んでるくせに顔色ひとつ変わらない香織がおかしい。


ぐるぐると脳みそが回っているような感覚。お酒が入ったら人肌が恋しくなるっていうのは本当だと思う。


陣平に会いたくて、会いたくて・・・・・・、



トイレから出ると、ちょうど男子トイレから出てきたスーツの男の人とぶつかりそうになった。



「・・・・・・っ、じん・・・ぺ?」






トイレに行ったきり戻ってこないなまえ。潰れてたらまずいと思って様子を見に行こうとしたら、すぐ近くの席から「じんぺー」って間延びした聞き慣れた声がした。


声のする席をちらりと覗けば、何ともカオスな光景が広がっていて・・・・・・。


松田くんの腕に体を寄せて甘えるなまえとそれを見てケラケラと笑うスーツ姿の男の人。そんな彼らを見ながら、困った顔をしつつも堪えきれずに吹き出すショートカットの女の人。


・・・・・・・・・この短時間で何ごと、マジで。


「っ、とりあえず松田さん呼んできてください〜っ!」


松田くん・・・、じゃないよね?あの人。


悲痛な叫びをあげた彼の声は、ベロベロのなまえの耳に届いてはいないらしい。いつもの調子でその彼に甘えるもんだから、耳まで真っ赤になった松田くんのそっくりさん。


「ははっ、嫁さんも見間違うってことはこれから松田の影武者やれるな、お前」


立ち上がった男の人は、ぽんっとそっくりさんの肩を叩くと立ち上がり喫煙所の方への向かった。


何となく状況はわかった気がする。あの感じだと彼は松田くんを呼びに行ったんだろう。


萩原くんがここにいたら笑い転げるんだろうなって展開。止めるべきかなって思ったけど、今のなまえの目には目の前の松田くんのそっくりさんしか映っていないから無駄だろう。


「・・・・・・まぁあとは本物に任せよ」





たまたまトイレから出たところで、出くわしたのは何度か本庁で会ったことのある松田さんの奥さん、なまえさんだった。


変装のせいで松田さんと間違えているのか、ぎゅっと腕に抱きついてくるなまえさん。ふわりと鼻を掠めた甘い香りに心臓の音がはやくなる。


覚束無い足元に、赤く染まった頬。とろんとした瞳でこちらを見る彼女が酔っていることは一目瞭然で。とりあえず松田さんに助けを求めるために席へと戻るも、彼は煙草を吸いに行っているらしくてそこにはいなかった。


席に座った後もなまえさんは俺の傍から離れようとしない。佐藤さん達はケラケラと楽しそうに笑っているし、どうしたものかと考えあぐねる。




「でも何か今日はにおいがちがうね、」

すんすんと胸元に顔を寄せたなまえさんは、そう言いながら小さく首を傾げる。


視線を下げると大きな瞳がすぐ近くにあり、思わず視線をばっと逸らす。心臓に悪い。好きとか嫌いとか、そういう話じゃなくて綺麗な人にこの距離で見上げられて平常心でいられる男の方がいないと思う。


「・・・・・・手も、なんかちがう・・・?」

彼女の手がするりと指に絡む。何かを確かめるように手をなぞる細い指。



「やっぱり酔っ払ってても分かるのね」
「〜〜っ、感心してないで助けてくださいよ!」
「あら、高木君も満更じゃないんじゃない?顔赤いわよ?」
「っ、僕は・・・!」


アナタのことが。と言いかけて寸のところで言葉を飲み込む。小さく笑う佐藤さんは、優しくなまえさんを見ていて。


ぐらりと傾くなまえさんの体。咄嗟にその体を支えると、そのまま俺の肩にもたれてすぅすぅと寝息をたて始めた。






煙草を吸っていると、「おもしれぇことになってるから早く戻ってこい」と同僚が喫煙所まで俺を呼びに来た。


高木と佐藤がなんかあったか?なんて思いながら座敷に戻ると、そこにいたのは高木の肩にもたれてすやすやと眠るなまえ。


「っ、あ、あのこれは・・・!えっと、」
「トイレでばったり会ったらしいぜ。嫁さんも気付かねぇって中々の変装技術だな」


慌てる高木と揶揄うみたいな同僚の言葉は、正直あんまり耳に入ってきてなくて。


寝息をたてるなまえの手が、高木のスーツを握っていることに無性に腹が立った。



・・・・・・お前が間違えてんじゃねェよ、クソ。

ポケットの中で無意識に煙草の箱を握り潰す。



靴を脱ぎ座敷に上がると、なまえの隣に座りその肩を思いっきり自分の方へと引く。



「っ、あれ・・・?じんぺ?」
「・・・・・帰んぞ、酔い過ぎだ。ツレどこの席?」
「んー?あっちに香織、」


ふにゃふにゃと奥の座敷を指さしたなまえ。状況が飲み込めていないのかキョロキョロと辺りを見回す。高木はもう変装を解いていたから、なまえが向こうに戻ることはない。


今だって俺の腕に頭を寄せながら、「やっぱり陣平のにおいだぁ」なんて笑っている。


酔っ払ってるからだって頭の中では分かってた。


それでもお前だけには、間違えて欲しくなかったから。ましてや、目の前で他の男に甘えるとこなんて見たくもねェ。






翌朝、カーテンの隙間から差し込む太陽の眩しさで目が覚めた。微妙に残る気だるさと気持ち悪さ。居酒屋で陣平に会ったところまでは覚えてるけど、そこから先の記憶は正直曖昧で。


「・・・・・・起きたかよ」
「ん、おはよ。昨日陣平が連れて帰ってくれたんだよね?」


隣にいた陣平は私より先に起きてたみたいで、体を起こすと近くに置いていたペットボトルの水を渡してくれる。


いつもより低い声。眉間に皺が寄ってるし、もしかしなくても怒ってる・・・?私昨日何かやらかした?思い出したくても、辿れる記憶がない。


渡された水を飲むと、カラカラだった体が満たされるような感覚。



「覚えてねェの?」
「あんまり・・・。トイレで陣平に会ったところまでは覚えてるような気がするんだけど、」


私の言葉に陣平の眉間の皺が深くなる。これは完全にそのあと私が何かやらかしてるやつだ。


「・・・・・・お前さ、俺と見た目が同じなら誰でもいいワケ?」
「どういう意味?」

その言葉の意味が分からなくて尋ねると、陣平は不機嫌さを隠すことなく昨日の出来事を話し始めた。


私が陣平の同僚の刑事さんを陣平と間違えて散々甘えてた。その彼は陣平そっくりに変装してたらしいけど・・・・・、



「っ、私が陣平と他の男間違うわけないじゃん!!いくら変装しててもそんなの分かるし!!」
「分かってなかったンだよ!お前の気持ちはそんなもんてことだろ?」
「なっ、そんなわけないじゃん!絶対嘘!!香織に確認する!!」


嘘だ。私が陣平と他の人を間違うはずがない。

枕元にあった携帯を手に取り、香織にメッセージを送るとすぐに既読になる。


『間違えてたね。まぁ似てたし、なまえも酔ってたから仕方ないんじゃない?』



・・・・・・・・・嘘・・・。

携帯を見て固まった私を待て、陣平は「ほらな?」と呆れたみたいに呟く。



有り得ない。私が陣平を間違えるなんて・・・、嘘、ない。無理。





俺と別の男を間違えたのが相当ショックだったのか、なまえは抜け殻みたいな顔をしてベッドの中へと潜り込む。


酔ってたし仕方ないと思う自分と、間違えてんじゃねェよって苛立つ自分。すぐに慰めてやる気持ちにはなれなくて、はぁとため息をつく。その時、近くに置いていた俺の携帯が鳴る。


画面を見ると佐藤からの着信で、ベッドから出た俺はそのままリビングでその電話に出た。



『もしもし、松田君?今大丈夫かしら?』
「あぁ。呼び出しか?」

今日は非番だが、この時間に電話があるってことはそういうことだろう。


『違うわよ。あれからなまえさん大丈夫かなと思って』
「さっき起きたとこ。何かヘコんでるけどそのうち戻るだろ」
『昨日のことで高木君がどうしても松田君に伝えたいことがあるらしくて。ちょっと高木君に代わるわね』


少しの沈黙の後、『もしもし、』と聞こえてきたのは正直今はあんまり聞きたくない男の声。


高木が悪いわけじゃねェって分かっていても、昨日の光景を思い出すとふつふつと腹の底から込み上げてくるものはある。


『昨日のことなんですが、』
「別にお前は悪くねェよ。むしろ迷惑かけて悪かったな」
『・・・いえ、迷惑なんて!』
「勝手に間違えたなまえが・・・・・、」
『なまえさん、ちゃんと分かってたと思います・・・!』


俺の言葉を遮った高木。キッチンの換気扇に伸ばそうとしていた手が止まる。


『最初は見間違えたのかもしれないけど、席に戻ってからはちゃんと分かってたと思います。に、匂いが違うとか・・・、手が違うって不思議そうな顔してたので、』


それを口に出す恥ずかしさからか、僅かに言い淀みながらもはっきりとそう言った高木。


なんだよ、それ。


さっきまで腹の底で渦巻いていたどす黒い感情が徐々に落ち着いていくのが自分でも分かった。


用件は本当にそれだけだったらしくて、電話を終えた俺はそのまま寝室に戻る。


相変わらずなまえはベッドの中で、「有り得ない・・・」とぶつぶつとうわ言のように繰り返している。


ばっと布団を剥ぐと、涙目のなまえがゆっくりと俺を見た。





陣平のことが大好きで、他の誰かと間違うなんて有り得ない。それこそ髪の毛ひとつでだって、見分けられるくらいの自信はあったつもりだった。


それなのに・・・・・・。



「なんで泣いてンだよ、バカ」
「っ、だって・・・・・・」

布団を剥ぎ取ると、陣平はそのまま私の腕を引き抱き寄せてくれる。


胸元に顔を埋めると、私と同じ柔軟剤の香りに混じる煙草の匂い。それがまた目の奥をツンと刺激する。



「・・・・・・ごめん・・・っ、間違えるとか最低・・・・・」
「いや、俺も朝から怒って悪かった」

そっと体を離すと、陣平の手が私の涙を拭う。そしてそのまま私の手にその手が絡んだ。






お前は間違えてなんかなかった。


素直にそう言ってやればいいのに、ガキみたいな感情がそれを邪魔する。でもこれ以上こいつを泣かせたくなくて、高木から聞いた話をしようとしたその時。繋いでいた手をぎゅっと握ったなまえは、何かを決心したかのように顔を上げた。



「リベンジしよう!!お酒入ってないときに!!」
「・・・・・・は?」
「その同僚の人にもう1回陣平の変装してもらって、私が分かるかどうか試そう?!それこそ手だけでも、指だけでもいい!絶対分かる自信あるもん!!」


ほら、壁とかの穴から手だけ出してやるやつとか!って真顔で言うもんだから、テレビ番組の企画かよって心の中で突っ込む。


当の本人は至って真剣で、「絶対に分かるもん!」と意気込んでいる。


たしかにこいつなら指1本でも当てそうな気すらしてくる。



思わず吹き出した俺を見て、なまえはむっとしたように睨んでくる。



「っ、笑い事じゃないし!このままじゃ私の名誉に関わる!」
「ははっ、名誉ってなんだよ」


やっぱりお前は俺の予想の斜め上をいく奴だから。だから一緒にいて飽きることなんかねェし、好きだって気持ちも尽きることがない。


ひとしきり笑うと、そのままなまえの体をベッドへと押し倒す。



「っ、」
「そんなことするより、今はこっちの方が良くね?」
「〜〜っ、」


真っ赤な顔をして俺を見上げるなまえが可愛くて。その表情を見ることが出来るのは、この世で俺だけで十分だって思うんだ。




────────────────



「ははっ、めちゃくちゃウケる、それ。俺もその場にいたかったなぁ」


あの日の答え合わせをした後、たまたま家に飯を食いに来ていた萩とその話になる。

間違えてなかったことを知ったなまえは、「でしょ?!そんなわけないと思ったもん!」とデカい声で騒いでいた。


「てかさ、陣平ちゃんは分かるわけ?なまえのこと」

萩はニヤりと笑いながら俺を見る。


誰かがなまえの変装をしたとして、それが分かるかどうか?そんなの・・・・・・、


「はぁ?分かるに決まってるじゃん」
「すげぇ自信じゃん♪ 」

俺が答えるより先にキッチンにいたなまえが、さも当たり前のようにそう言った。



「私みたいに可愛い子なんてそうそういるわけないもん。大体変装したくらいで私になれるわけないじゃん」


何当たり前のこと言ってんの?とでも言いたげに萩を見るなまえ。すぐに視線を逸らすと、晩飯の用意の続きを始める。

なまえのその言葉に萩はニヤついた顔を隠さず、そのままソファに座る俺の肩を小突く。


「んで?ぶっちゃけ分かる自信ある?」
「・・・・・・・・分かんねェ方がおかしいだろ」


それこそ指ひとつでも分かるっての。どれだけ俺があいつのことを見てきて、あいつに触れてきたと思ってんだよ。


Fin


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