番外編 ゼラニウム | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -


▽ 1-1


※ 高校時代のお話から最後少しだけ結婚後の2人のお話になります。息子ちゃん出てくるので、苦手な方はご注意ください。(名前変換なし)


昔から勉強は嫌いじゃなかった。汗をかくのは嫌いだけど、運動だって苦手じゃない。学校生活で勉強でも体育でも障害にぶつかった事なんて今まで1度もなかった。


なのに・・・・・、


辺りを包む甘い香り。家庭科室は、甘ったるい焼き菓子の匂いに包まれている。それなのに私の目の前には表面が少し焦げた歪な形のカップケーキのようなものが並ぶ。



「みょうじさんにも苦手なもんとかあるんだ・・・」
「しっ、聞こえるよ!!」


近くから聞こえてきた隣の班の女の声。もう聞こえてんだよ、うるさいな!キッとそっちを睨めば、慌てて逸らされる視線。


同じ班のクラスメイトは、私になんと声をかけるか悩んでいるらしく気まずそうに視線を左右に泳がせる。



「相変わらず料理だけはダメだな、なまえって」


その時、カップケーキを睨んでいた私の肩にずしりとかかる重み。顔を上げなくても、揶揄うようなその声は萩原のものでしかなくて。


肩に置かれた腕を払いながら、萩原を思いっきり睨む。



「っ、うるさい!別にアンタに食べてなんか言ってないじゃん!」
「でも陣平ちゃんには食べてもらいたかったんだろ?」


図星すぎるその言葉に思わず、うっと黙り込む。調理実習でお菓子を作って好きな人にあげる。誰だって夢見るシチュエーションじゃない?そんなの。


漫画やドラマでは、綺麗にラッピングされたお菓子を渡したら相手は喜んで笑顔を返してくれる。


でも現実はそんなに甘くなくて。目の前のカップケーキは綺麗からはかけ離れているし、そもそも松田は甘いものがそんなに好きじゃない。


だから砂糖少なめにしたんだけど、それがダメだったのかな?なんて今更考えてみてももう遅い。


「1個ちょーだい。俺自分の班のやつもう食っちゃったし」
「どうせ不味いって言うんでしょ、ヤダ」
「ははっ、言わねぇよ」


萩原は私の言葉なんて聞かずに、お皿に載っていた歪なカップケーキに手を伸ばす。周りの紙をびりっと破きながら外すと、大きな口でカップケーキを齧った。


いくら相手が萩原だとしても、さすがにこれを食べさせるのは気が引けるしシンプルに周りができて私ができないってこの構図がめちゃくちゃ嫌だ。


一口で半分ほどが萩原の口の中へと消えたカップケーキ。萩原はそのまま残りも口に放り込む。ごくん、とそれを飲み込むといつもと変わらない笑顔を私に向ける。



「見た目ほど不味くねぇから安心しろって。ちゃんと火通ってるし」
「だったら萩原が全部食べていいよ。どうせ松田になんか渡せないもん、こんな出来じゃ」
「お前は食わねぇの?」
「ダイエット中だから甘いもの控えてる。てかこんな黒焦げヤダし」
「それ以上痩せたら倒れるんじゃね?まぁそう言うなら有難く貰ってくよ」


ふんっと肘をついて窓の外に顔を背けた私の隣で、透明の袋に残っていた2つのカップケーキを入れる萩原。授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り、片付けを終えた班から家庭科室を後にする。


私の班はいつの間にか私以外のクラスメイトが片付けをしてたらしくて、レポートを先生に出すとそのまま教室へと戻った。





「4組、今日調理実習らしいぜ」
「へぇ、いいなぁ。みょうじさんの手作りとか羨ましすぎる」
「甘い匂いしてたしケーキとかクッキーとかじゃね?あーあ、いつも松田ばっかずりぃよな」

近くの席に座っていたクラスメイトから、羨望の眼差しを受け思わずため息をつく。


だからさっき家庭科室の前通ったら甘ったるい匂いがしていたのか。


てかなんで俺がもらう前提なんだよ、こいつら。面倒くさくて聞こえないふりをしながら机に伏せる。


まぁでもみょうじのことだし、バカ高いテンションでそのお菓子とやらを持ってきそうな気もする。あ、でもあいつ料理下手だったっけ。


中学の頃の調理実習で、馬鹿みたいに濃い味噌汁と野菜の繋がった炒め物を作っていた姿が頭に過ぎる。


人一倍プライドの高いみょうじのことだ。失敗作を渡してくるとは思えないし、まぁあいつの料理の腕がここ数年で成長してることもないだろう。


そんな俺の予想通り、昼休みになってもみょうじが俺のクラスにやって来ることはなかった。


合間の休憩時間に廊下ですれ違った時も、「松田〜!!」って飛びついてきただけで何かを渡してくることはない。


昼休み、萩と学食で飯を食い終わって近くの自販機で買ったジュース片手にベンチに腰を下ろす。


「調理実習の話聞きたい?」
「別に。どうせみょうじがなんか焦がしたとかだろ?あいつ料理下手だし」
「ははっ、俺別になまえの話って言ってねぇじゃん。やっぱ気になる?」


揶揄うみたいな萩の言葉に、思わず咥えていたストローをガリッと噛む。ケラケラと笑う萩を横目で睨めば、思ってもないくせに「悪ぃ悪ぃ」と俺の肩を叩く萩。

少しだけ形の歪んだストローを口から離し、空になったそれを近くのゴミ箱に投げ捨てる。



「そんな陣平ちゃんにプレゼント♪ 」
「あ゛?」
「ほら、これやるから機嫌直せって」


萩は片手に持っていた何かを俺の手に載せる。透明の袋に入っているのは、少し歪なところどころ焦げたカップケーキみたいなもの。


そういやこいつ、教室来た時からなんか隠すみたいに持ってたな。


「なまえが作ったやつ。見た目アレだけどちゃんと食えるから」


そう言うってことは、萩はこれを食ったってことだろう。俺には渡してこなかったくせに、何だよあのバカ。


腹の底でぐるぐると渦巻くのは、言いようのないどす黒い感情。それの名前なんて分かっている気がするのに認めたくはなくて。



「陣平ちゃんに渡したかったみてぇだけど、まぁ素直じゃねぇもんなぁ。2人とも」
「2人ともって何だよ。てか別にあいつだって俺に食って欲しいわけじゃねェだろ」


何もかも見透かすみたいな萩に少しだけムカついて、カップケーキの入った袋を突き返そうとする。でも萩はそれを躱すように立ち上がると、飲み終わった紙パックをゴミ箱へと投げ捨てる。



「じゃあ俺が全部食っていいの?せっかく陣平ちゃんの為にって甘くないやつ頑張って作ってたのに?それでいいなら貰うけど♪ 」


思わずこぼれた舌打ち。萩はそれを見て小さく笑う。


「じゃあ俺次移動教室だし先戻るわ!あと放課後委員会あるから先帰ってていーよ!」


俺の返事を待つことなく教室の方へと戻っていく萩。1人になった俺は、手の中にあるカップケーキに視線をやる。


綺麗とは決して言えない見た目。まぁでも形にはなってるし、あいつにしてはめちゃくちゃ頑張ったんだろう。


そっと中身をとりだし、ひと口齧ってみればまぁ食えなくはない。美味いとは言えねェけど、不味いわけでもねェ。てか俺の為にって作ったなら直接渡しに来いよ、あいつも。






放課後、委員会の集まりがあるという萩原。私単品だと松田に嫌な顔をされる気がして、萩原が終わるのを待とうかななんて考えていると教室の後ろのドアが開く。


クラスメイトと話していた私は、音につられるように振り返る。そこにいたのはドアにもたれかかる松田で、慌てて立ち上がった私は彼に駆け寄る。


「萩原待ち?委員会って言ってたけど」
「いや、先帰ってろって言ってたし別に萩は待ってねェ」


萩原じゃないなら誰?このクラスに松田とそんな仲良い子いたっけ?

ぐるりと教室の中を見回すけれど、思い当たるような人物はいない。


はぁ、と小さくため息をついた松田はコンっと私の額を指で小突く。



「お前に会いに来たんだけど」
「・・・・・・は?私?」
「何回も言わすな。まだ帰んねェの?」
「っ、帰る!めちゃくちゃ帰る!てか松田が私に会いに来てくれるって何?!明日雪降るかな?!」
「うるせェ・・・。とりあえずさっさと荷物持ってこい」


呆れたみたいにそう言うけれど、私の耳にそんな言葉届いてなくて。あの修学旅行の時から少しだけ私に対して優しくなった気がする松田だけど、萩原なしなのに一緒に帰ろうなんて言ってくれるのは初めてだったから。


慌てて席に戻ると、鞄片手に急いで松田の方へと戻る。


靴箱で上履きを脱ぎローファーに履き替える間も松田は私のことを待っててくれて。いつも無理やりついてってるのとは訳が違う。


ばくばくとうるさい心臓。冬だというのに頬っぺたが熱くなった。





隣を歩くみょうじは、何がそんなに嬉しいのかずっとニコニコ楽しげに笑っていて。ふと目についたのは、その短いスカートと襟元のあいたシャツだった。


「お前ネクタイは?」
「最近外すの流行ってるから家に置いてきた。ネクタイしてる方が可愛い?それならする!」
「別にどっちでもいいけど首周り寒そう。あとその短ぇスカートも見てるこっちが寒ぃわ」


そういやこいつの脳みそは、防寒なんかよりオシャレ第一だったな。


少し屈めば中見えんじゃね?ってスカートも、鎖骨が見えそうなシャツの襟元も。何となく見ててムカつくような気がする。無意識に眉間に皺が寄った俺を見て、みょうじは不思議そうに首を傾げた。


いや、違ェだろ。こんな話がしたいんじゃない。



「あ、でも最近好きな人とか彼氏のネクタイ貰うのも流行ってるんだよね♪ 」


何とも恋愛脳なこいつが好きそうな話題だ。俺の腕を引きながら、「松田がネクタイくれるなら明日からそれするのになぁ」なんてアホみたいなことを言う。


そう、アホみたいだって思ってるのに。



ネクタイの結び目に手をかけると、するりとそれを解く。予想していなかった俺の行動に大きな目をぱちくりと瞬かせるみょうじ。解いたネクタイを手に持たせると、みょうじはぱくぱくと魚みたいに口を開けては噤むを繰り返す。



「いらねェなら返せ・・・」
「っ、いる!!!絶対ヤダ、返さない!!ホントにいいの?」
「良くなかったらやらねェよ。・・・・・・カップケーキの礼だ」


カップケーキ。その言葉にみょうじはぴきりと固まって、歩いていた足すらも止まる。


「カップケーキって・・・・・、もしかして萩原?!てか食べたの?あの黒焦げ!」
「相変わらず下手くそだよな、お前。まぁでも昔よりは上手くなったんじゃね?ちゃんと食えたし」
「〜〜っ、最悪!!松田にあんな出来損ない・・・・・まじで無理、萩原のバカ・・・あいつ・・・っ、」


ぶつぶつと萩への恨み言を繰り返すみょうじの目にはしっかりと怒りが込められていて。相変わらず喜怒哀楽の分かりやすい奴だ。





萩原のバカ。アホ。明日会ったら絶対1発殴ってやる。


心の中(声に出てた気もするけど)で萩原への恨み言を繰り返していると、ぱちんと額を指で弾かれる。小さな痛みに思わず顔を上げると、ふっと笑みをこぼす松田と視線が交わる。



「甘くなかったから良かった」
「っ、」
「まぁ次は焦がすなよ」


ずるい奴。その言葉と笑顔だけで、さっきまでの萩原への怒りなんてあっという間に消え失せる。


貰ったネクタイをぎゅっと握り、歩き始めた松田の腕を掴む。


いつの間にか振り払われなくなった手。私がしつこいから面倒くさくなったって松田は言ってたけど、それでも私は嬉しくて。心臓の音が早くなるのを止められない。



「明日からこのネクタイしていってもいい?」
「好きにしろ。てか歩きにくい」
「ヤッター!毎日する!てかもう家宝にする!!」
「安っぽい家宝だな。子孫が泣くぞ」
「別にいいもん!私にとっては何より大事なの!」


べーっと舌を出してそう言えば、松田はまたケラケラと笑う。昔はこんな風に笑い合うなんてなかったから、私とってこの時間すら奇跡みたいなもので。



「ねぇ、松田!」
「ンだよ、」
「好き!大好き!!」



────────────────


「ママのつくるおかし おいしいからすき!」
「ごはん食べられなくなるからひとつだけだよ?」

ある日の休日。キッチンから漂う甘い匂い。

なまえが作ったカップケーキを頬張る蓮は、にこにこ嬉しそうに笑っていて。そんな蓮をキッチンから眺めるなまえの隣に立つと、皿に並ぶカップケーキに手を伸ばす。


「あ、陣平のはこっち!それ蓮のやつだから甘いよ」

別の皿にのせられた2つのカップケーキ。昔と違って形も綺麗で焦げもない。


ひと口齧れば、控えめな甘さがちょうどいい。


「ホント上手くなったよな、料理」
「・・・・・・昔のアレは記憶から抹消して。消したい過去だし」
「ははっ、あれはあれで面白かったけどな。黒焦げのカップケーキ」
「っ、あんなのまだ覚えてたの?!」


バーカ、忘れるわけねェだろ。

ギャンギャンと文句を言うなまえに、そっと触れるだけの口付けをすれば一気に赤くなる頬。


「ごちそーさん♪ 」
「〜〜っ、」

「ママ おかおまっか!だいじょーぶ?」
「蓮、口の周りにケーキ付いてる。ほら、こっち来い」


こんな幸せで甘ったるい時間がいつまでも続けばいい。まだ眠さの残る頭で、蓮の口を拭きながらそんなことを思った。


Fin


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