番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-2


仕事が終わり、車に乗った頃にはすっかり夜も更けていて。携帯を取り出すと、画面にはなまえからのメッセージが2件。


『香織と飲みに行ってくる!お仕事頑張ってね!』
『香織の家でのんでりから、また連絡し)』


・・・・・・いや、誤字やべェだろ。

その文章からでもあいつが酔っ払ってることが伝わってくる。唯一の救いは、外で飲んでるんじゃなくて宅飲みだってことだろう。



通話画面に切り替えてなまえに電話をかければ、数回のコールのあと『もしもーしー!!』なんて間延びした声が聞こえてくる。


「酔っ払い、まだ飲んでんのか?」
『じんぺ〜!お仕事おわった?』
「今終わった。今日そのままそっち泊まんの?」
『泊まんないよ!陣平帰ってくるんだったらかえる!!』


即答にふっと無意識に緩む頬。キーを差し込みエンジンをかける。


「どうせ帰り道だし迎えに行く。位置情報送っといて」
『はぁい。ありがと』
「ちゃんと水飲んどけよ」


ぷつんと切れた電話。しばらくすると位置情報が送られてくる。


時間帯のせいもあり、道は空いていて15分ほどで目的地へとたどり着く。『着いた』ってメッセージを送れば、マンションのエントランスから出てくる2つの影。


ツレに腕を支えられながら覚束無い足取りで歩くなまえ。車からおり、「じんぺー」ってへにゃりと笑うその体を支える。



「飲ませすぎたかも、ごめんね」
「いや、面倒かけて悪かったな」


大学時代からのなまえの数少ない女友達。介抱してくれた礼を伝えている間もなまえは、すりすりと俺の腕に頬を擦り寄せていて。

それを見たなまえのツレはくすりと笑う。


「なまえってホント松田くんのこと好きだよね」
「らしいな」
「まぁでもちゃんと首輪つけときなよ。この子モテるし」


何とも含みのある物言い。なまえを助手席に押し込み、言葉の続きを待った。


「一緒にイタリアン食べに行ってたんだけど、帰り際そこの店員に連絡先渡されてたから。相変わらず目立つしモテるよね」

欠伸を噛み殺しながらそう言うと、「じゃあおやすみー」とひらひらと手を振りマンションの中へと戻っていくそいつの言葉は頭から離れなくて。


助手席でふにゃふにゃ何かを呟くなまえを横目に、少しだけ乱暴に車のキーを回した。



家に帰ってくると、ソファになまえを座らせ帰りに買ったペットボトルの水を渡す。


「ほら、飲め」
「えぇ・・・・・」
「飲まねェなら、1人でここで寝かすぞ」
「っ、やだ」


キャップを開けてやると、慌ててこくりと数口水を飲むなまえ。飲み終えた水を机に置くと、そのまま膝の上に跨りぎゅっと抱きついてくる。


「・・・・・・重い」
「おもくないもん。きらい?」
「嫌いならわざわざ迎えに行ってねェよ」


首に回された腕。ぺたりと胸元に顔を寄せながら、潤んだ瞳で俺を見上げるその表情にぐらりと理性が傾く音がした。


その時、ふわりと鼻を掠めたのは俺の知らない香り。女物みたいな甘さのないその香りは、どちらかといえば男っぽい匂い。


誰かの香水の匂いが移ったにしては濃い香りに、思わず眉間に皺がよる。


そんな俺の表情の変化に酔っ払いが気付くはずもなくて、赤らんだ頬のまま顔が近付く。俺が口を開くより前に、なまえの唇が俺の唇に重なる。


触れるだけの口付け。小さな舌がぺろりと唇をなぞる。思わず開いた唇の隙間から、ゆっくりと入ってきた舌が俺の舌に絡む。


らしくねェ。普段のなまえなら自分からこんなキスをするなんてありえない。そう思う冷静な俺と、本能に飲み込まれそうな俺が頭の中で交差する。


「・・・・・・んっ、・・・はぁ・・・」
「っ、お前・・・、今日どうした?」

唇が離れ、そう尋ねてみてもなまえは蕩けたみたいな瞳で俺を見るだけで何も答えない。


酔ってるにしてもこんなの変だろ。


そんなことを考えていると、なまえの手が俺のシャツのボタンにかかる。


ゆっくりとボタンを外したその手は、そのままズボンのベルトへとかかる。



「・・・・・・ストップ。お前それ誰の入れ知恵なワケ?」

普段は俺が触れるだけで頬を赤らめて視線を逸らすくせに、自分からこんなことをするなんて誰かの入れ知恵としか思えない。


萩か?いや、さすがにそれはねェか。

じゃあ一体・・・・・・。



「・・・・・・イヤ?」
「嫌とかそういう話じゃねェ。らしくないって言ってンだよ」

ベルトにかかっていた手を掴むと、俯いたなまえの瞳が不安げに揺れる。頭を少し動かすと、なまえの髪からはあの香りがして、腹の底から不快感が込み上げてくる。


片手で顎を持ち上げ、無理やり視線を合わす。


「あとこの匂い何?お前の香水じゃねェだろ」


ありえないって分かっていても、別れ際のこいつのツレの言葉がよぎる。



「・・・・・・なんで怒ってるの・・・っ、」
「怒ってねェ。質問に答えろよ」
「っ、ヤダ!おこってるもん!!」

掴んでいた手を振り払うと、そのままトンっと俺の胸を叩く。


「・・・・・・っ、陣平は・・・わたしに飽きたの?」
「はァ?何の話してんの?お前」
「飽きたから・・・、私から触ったらいやがるの?」


頭の中に疑問符が並ぶ。基本的になまえの脳みそは単純で、考えていることは分かりやすい。でも今日はマジで何をどう捉えたらそうなるのか全くわからねェ。


そうこうしている間にも、なまえの瞳にはみるみる涙が溜まっていく。


「やっぱり浮気したってこと?!むり!ぜったいやだ!!そんなことしたら相手の女・・・・・・っ、」
「あ゛ぁー、もうワケわかんねェ・・・。とりあえず落ち着け!」


やっぱり、って何だよ。本気で意味わかんねェ。

でもこいつの中ではきっと話が繋がっていて。


手首を掴み、強引に抱き寄せる。じたばた暴れるなまえの背中を撫でながら、耳元で名前を呼べば少しだけ落ち着きを取り戻す。


やっと暴れるのをやめたなまえ。その頬には涙の跡が残っていて、指でそれを拭う。


「んで?何があったンだよ」
「・・・・・・、」
「さっさと吐け。ほら、」

視線を逸らそうとしたなまえの頬をに手を当て、顔を背けることを許さない。


少しの沈黙の後、なまえは諦めたみたいにゆっくりと口を開いた。





やっぱり慣れないことをしても上手くいかない。


陣平は喜ぶどころか、顔を顰めるばかりであのテレビの言葉が何度も頭をよぎる。しまいには感情が爆発して涙が溢れた。


「・・・・・・マンネリ化すると浮気するって」
「何だそれ・・・」
「長く付き合うと飽きがくるから、浮気しちゃうって・・・っ・・・、3年目は浮気する人多いって言うし・・・、だから・・・っ、」


ぐちゃぐちゃでまとまりのない話。顰めっ面のままだけど、陣平は私の話を最後まで聞いてくれた。


そして話終わると、大袈裟なくらい大きなため息をついた。そのため息に思わず肩が跳ねる。



「まず1つ目、俺は浮気なんてしてねェしするつもりもない」
「・・・・・・はい、」
「2つ目、お前に飽きたって思ったことはない。むしろいつも突拍子もないことばっかするから、飽きてる暇なんてねェよ」
「・・・・・・っ、」
「んで最後。1人で何でもかんでも悪い方に考えて暴走するのはやめろ。ちゃんと口があんだから最初から素直に言え」


陣平の手がむぎゅっと私の頬を下から掴む。「分かったか?」って聞かれたから、こくこくと頷くとその手は解かれそのままもう一度抱き寄せられる。


私がシャツのボタンを外したせいで、頬が直接素肌に触れる。


泣いたせいで少し覚めた酔い。急に現実に帰ってきたような感覚で、一気に頬に熱が集まる。



「んで?今日はお前が襲ってくれンの?」
「〜〜っ、無理!!そんなの恥ずかしくて口から心臓出る!!」
「ったく、さっきまでの勢いはどこいったンだよ」


呆れたみたいに小さく笑った陣平は、そのまま私をソファへと押し倒した。


反転した視界に、白い天井と大好きな人。心臓が早鐘を打つ。


「あ、あともう1個あった」
「何?」
「その香水何?お前のやつじゃねェだろ」

陣平はするりと私の髪をひと房、指で梳くと片方の眉を上げて眉間に皺を寄せる。


「香織の家にあったやつ借りた。マンネリ防止に香水変えるのもいいって言ってたから。香織がおすすめって言ってたんだけど嫌いな匂いだった?」
「・・・・・・あの女・・・、ぜってェわざとだろ」

陣平の言葉の意味が分からなくて首を傾げると、彼の手がそっと首筋をなぞった。


「・・・・・・っ、・・・・・・!」
「いつものお前の匂いの方がいい。他の奴の匂いなんかさせてんじゃねェよ」


私が何かを言うより先に、重なった唇。噛み付くような口付けに、思わず甘い声が洩れた。




────────────────



「てかお前さ、飯屋の店員に連絡先渡されたんだってな」

一緒にシャワーを浴びて潜り込んだベッドの中。陣平に腕枕されながら、お互いの髪から香る同じシャンプーの匂いに幸せを噛み締めていると少し上から視線を感じた。


少しだけ不貞腐れたみたいなその表情。可愛いって言ったら拗ねるんだろうな、きっと。


「貰ったよ。香織から聞いたの?」
「あぁ。・・・・・・お前それどうしたワケ?」

今ならその言葉の裏に潜む気持ちに気付けるから。

ぎゅっと陣平の腰に腕を回し、胸に頭を寄せた。



「目の前でレシート捨てる箱に捨てた。陣平以外の男なんて興味ないもん」
「・・・・・・目の前で捨てんのはひでェな」


そう言いながらも、ほっとしたみたいに笑う陣平が大好きなんだ。




Fin


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