▽ 1-2
諸伏さんを見送った後、部屋に帰った私達。
何だかほっこりとした温かい気持ちに満たされた気がする。鼻歌交じりに片付けをしていると、ソファに腰掛けていた研ちゃんからの視線を感じた。
「・・・?」
「諸伏ちゃんとの買い物、そんなに楽しかった?」
じっと見つめるものだから不思議に思って首を傾げると、研ちゃんは笑いながらそう尋ねた。
そこに不機嫌さはなくて、ただその答えをまっているようで。
「なんか幸せな気持ちになったかな。諸伏さんってすごく彼女さんのこと大切にしてるんだね。研ちゃんはその子に会ったことあるの?」
「あぁ。警察学校の頃に何度か会ったよ」
「えー!どんな子?諸伏さんが選ぶ子なら絶対可愛くていい子なんだろうなぁ」
それは純粋な興味。
彼の心を射止めた女の子。あの優しい彼に大切に愛されている子がどんな子なのか、好奇心にかられた私は研ちゃんに近付きその膝に肘をつきながら尋ねる。
「綺麗な子だったよ。最初は人見知りっぽかったけど、話してみたら明るくて素直そうな子だった。陣平ちゃんともすぐ仲良くなってたし」
その時を思い出しているのか、懐かしそうに目を細めて笑う研ちゃん。
自分で聞いたくせにその言葉に少しへこむなんて、我ながら我儘すぎる。
小さな嫉妬を誤魔化すように、研ちゃんの隣に移動した私はその肩に寄りかかった。
「さすが諸伏さんが選ぶ人だなぁ」
「まぁな」
「プレゼント選びにアクセサリーショップに行ってたんだけどね、諸伏さんすごく真剣な顔で彼女さんに何が似合うか考えてたの」
思い出すのは真剣な表情でショーケースを見ていた彼の横顔。
「すごく好きなんだろうなぁ、ってこっちにまで伝わってきたもん。羨ましいなぁ、ああいうの」
「・・・・昔会った時も彼女に甘々だったからな」
「やっぱりそうなんだ!優しそうだもんね、諸伏さんって」
「・・・・・・」
「そうだ!これもらったんだ。駅前に新しくできた洋菓子屋さんのクッキーなんだけど、いつの間にか買ってたみたいで帰り際に今日のお礼って。さらっとそういうのできるのが大人って感じで・・・・・・っ、」
机の上に置いていた洋菓子屋さんの紙袋を研ちゃんに見せようと、手を伸ばしたそのとき。
言葉の先を奪うように研ちゃんの右手で塞がれた私の口。
予期していなかったその行動に、思わず目を瞬かせた。
「ストップ。それ以上、諸伏ちゃんの話しないで」
困ったように眉を下げながらそう言う研ちゃんの声は、怒ってこそいないが少し低いものだった。
*
なまえの口からでるのは、諸伏ちゃんを褒める言葉ばかり。
もちろん大切な友人を褒められるのは嬉しい。でもこの状況を手放しに喜べるほど俺は大人じゃない。
気が付くと空いていた手でなまえの口を塞いでいた。
「ストップ。それ以上、諸伏ちゃんの話しないで」
諸伏ちゃんに愛されてる彼女が羨ましい?
俺だって負けないくらいにはお前のことを想ってるつもりだ。
そんなくだらない対抗心すら芽生えてしまう。
そっと口を塞いでいた手を離し、そのままなまえを抱き寄せる。
「・・・・・・あんま他の男褒めないで。さすがに妬ける」
「っ、」
素直にそう告げると、なまえが言葉に詰まったように体を離しこちらを見る。
その頬はいつもより赤みを帯びていた。
一度は飲み込んだはずの嫉妬心が再び顔を覗かせる。
「あんな顔で他の男なんて見んな」
「・・・・・・あんな顔?」
「マンションの下で諸伏ちゃんに頭撫でられてたろ。その時のなまえ、俺の前で笑う時と同じ顔してた」
「っ、あぁ、それは・・・!」
そのときのことを思い出したのか、何かを言い淀むなまえ。
黙ったまま言葉の続きを待てば、少し恥ずかしそうに口を開く。
「・・・・・・似てるなって思ったの」
「似てる?」
「頭撫でてくれた時の諸伏さんの雰囲気とか、笑った感じが研ちゃんに少し似てたの・・・」
「俺と諸伏ちゃんが?」
「うん。だから研ちゃんの姿が重なって見えて・・・。研ちゃんの前で笑う時と同じ顔してたっていうのは、多分そのせいだと思う・・・」
なまえはそう言うと、ぽんっと俺の胸に頭を預けた。細い腕が背中に回される。
「今日だってずっと研ちゃんに会いたかった。真剣な顔で彼女さんへのプレゼント選んでる諸伏さんを見てたら、研ちゃんに会いたくて仕方なかったの」
「なまえ・・・」
「たまらなく甘えたくなった」
その言葉に大きく脈打つ心臓。それはその音がなまえに聞こえていないか、少しだけ心配になるほど。
途端にくだらない嫉妬に駆られていたことが、一気にどうでもよくなるほど目の前の存在が愛おしいと思った。
「なまえ」
名前を呼ぶと顔を上げてこちらを見る彼女。
「・・・っ、ん・・・ッ・・・」
何も言わずその唇に口付けを落とすと、隙間から吐息が洩れる。
何度も角度を変えて唇を重ねていると、なまえは潤んだ瞳で俺の名前を呼ぶ。
「・・・けんちゃん・・・」
「ん?」
「だいすき」
いつもより艶やかさを含む声が、ぞくりと俺の中の熱を煽る。
そのままソファになまえの体を押し倒し、その耳元に口を寄せる。
「俺も好きだよ」
「・・・ん・・・っ・・・」
そのまま耳朶を舐めると甘い声が部屋に響く。
恥ずかしそうに身をよじるその姿が可愛くて堪らない。
誰よりも、愛していると。
心からそう思った。
Fin
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