番外編 君ありて | ナノ
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▽ 1-1



それは少しの興味と憧れだった。



研ちゃんは、私の前で煙草を吸わない。


高校を卒業し大学に入り、彼が煙草を吸い始めた頃からいつもそうだった。


一人暮らしを始めた研ちゃんの家のベランダには、スタンドの灰皿が置かれていていつもそこで煙草を吸う彼の後ろ姿を見ていた。


キッチンにも灰皿が置かれていたから、たぶん私がいない時は部屋でも吸うんだと思う。けど私がいる時はいつもベランダで。


ソファでうたた寝をしていた私が目を覚まし、ベランダの方を見る。そこにはオレンジ色の夕陽を浴びながら煙草を咥える研ちゃんがいた。


その姿がいつもの彼より大人びて見えて、何故か遠くに感じてしまう。


少しだけ眠たい目を擦りながら立ち上がると、ベランダに続くガラス戸を開け置きっぱなしになっているサンダルを履く。



「おはよ。もう少し寝ててよかったのに」

私に気付いた研ちゃんが振り返る。咥えていた煙草を口から離すと、私にかからないように白い煙を吐き出す。


そしてそのまま灰皿にまだ長さの残る煙草を押し付ける。


「どんな味?」
「ん?」

それは少しの興味だった。


研ちゃんも陣平ちゃんも、よく煙草を吸っているから。どんな物なのかなって思って興味が湧いた。


「煙草。私も一回吸ってみたい」

ベランダの手すりに両肘をついていた研ちゃんの隣に立ち彼を見上げる。


私の言葉に研ちゃんは小さく笑うと、そのままくしゃりと頭を撫でた。


「だーめ。煙草は体に悪いからお前は吸わなくてよろしい」
「研ちゃんも陣平ちゃんも吸ってるじゃん」

子供扱いされたような気がして、むっと彼を睨む。


少しだけ背伸びがしたかった。

いつも大人な研ちゃんの隣に並んでも恥ずかしくないように・・・・・・。


「俺も陣平ちゃんも癖みたいなもんで、なかなかやめられないからね。吸わなくていいならそれに超したことないよ」
「研ちゃんのケチ」
「ははっ、こればっかりはケチで結構だな」

普段なら素直に引き下がるんだろう。


研ちゃんが私の体のことを気遣ってくれてることは分かっていたから。


でもなんとなくこの日は素直にそれ認めたくなくて。意地っ張りな自分が顔を覗かせる。


「・・・・・・じゃあ陣平ちゃんに頼むからいいもん」

ニコニコと笑っていた研ちゃんの顔から、すっと笑顔が消える。


ここで陣平ちゃんを引き合いに出せば彼がこうなることなんて分かっていたのに。


手すりにもたれていた体を起こした研ちゃんが、こちらを向く。


「そんなに気になる?煙草の味」

こくり、と頷くと研ちゃんはポケットに入れていた煙草を取りだし口に咥える。そしてライターでそれに火をつけた。


ちりちりと燃える煙草。細長い指で煙草を挟む仕草がどうにも大人びて色香が漂っていて。

研ちゃんがこうして目の前で煙草を吸うのを見るのは初めてだったから。


息を吸ったあと、口から煙草を離した研ちゃん。煙草を持っていない左手が私の方に伸び、そのまま後頭部に触れる。



「・・・・・・っ、んん・・・ッ・・・!」

強い力で引き寄せられ、そのまま唇が重なる。

唇の隙間から入ってくる舌が私の舌を絡めとる。口の中に広がるのは、独特の苦み。

思わず顔を顰めた私を見て、研ちゃんの目が細められる。


深い口付けのあと、離れた唇。酸素を欲した体が深く息を吸う。


「美味いもんじゃないでしょ?」
「・・・・・・っ、」

私と違って息一つ乱していない研ちゃんが、そう言いながら小さく笑う。


「研ちゃんのいじわる」
「それはなまえの方でしょ」

研ちゃんは火のついたままだった煙草を灰皿に押し付けると、そのまま私の頭を引き寄せた。


「陣平ちゃんの名前出せば、俺が拗ねるの分かってたでしょ」
「・・・・・・ふふっ、内緒」
「ったく。我儘なお姫様にも困ったもんだな」


小さなヤキモチが嬉しくて、悪戯っぽく笑うと研ちゃんは呆れたようにつられて笑ってくれる。

でも私を見るその瞳は優しくて。


甘えるようにその腰にぎゅっと抱き着く。


彼の服から香るのは、香水の匂いに混じる煙草の香り。それがさっきのキスを思い出させて、少しだけ身体の熱が蘇る。


「ねぇ、研ちゃん」
「どした?」
「もう一回キスしてほしい」
「・・・・・ふっ、喜んで」

腰を屈めた研ちゃんの唇が私の唇に触れる。


やっぱりその口付けは少しだけ苦くて。けれど同じくらい甘いものだった。




────────────────



「なぁ、陣平ちゃん。一緒に禁煙しない?」
「はぁ?なんだよ、急に」
「うちのお姫様が煙草吸ってみたいんだと」

喫煙所で会った萩が大きなため息をつきながら、持っていた煙草を灰皿に押し付けた。

「別に一本くらい吸わしてやりゃいいじゃん」
「駄目に決まってるだろ。あいつの体に何かあったらどうするんだよ」

たった一本吸ったくらいで何もないだろ。

そう思わずにはいられなかったけど、萩はいたって真剣で。


「・・・・・・過保護」

自然とこぼれたその言葉は、何やら考え事をしている萩の耳には届かなかったようだ。

それからしばらくして、禁煙に挑戦しているらしい萩と喫煙所で会うことがなくなったのは言うまでもない。


Fin


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