番外編 もし出会 | ナノ
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▽ 1-1



三徹目でそろそろ脳が正常に働かなくなってきた、ある日の夕方。


朝から事件の調査で外出していた風見が、デスクに戻るなり何か言いたげに俺を見ては視線を逸らすを繰り返す。



「何なんだ、さっきから。言いたいことがあるなら早く言え」
「っ、!・・・・・・いや、あの・・・ここでは・・・」


キーボードを叩いていた手を止め、風見の方へと体を向け尋ねるも周りをキョロキョロと見回し挙動不審な彼。


ここで言えない話?

全く予想できない話の内容が気になり、俺はそのまま風見の腕を引き人気の少ない廊下へと向かった。




「で?何があったんだ?」

自販機で買った缶コーヒーを飲みながら、だらりと近くにあった椅子に腰かける。


風見は意を決したように小さく息を吐くと、じっとこちらを見ながら口を開いた。






「おめでとうございます!降谷さん!」


何故か少しだけ潤んだ瞳で俺の両手を掴む風見。話が全く見えないけれど、あまりの風見の勢いに思わずコーヒーが気管に入りむせる。



「っ、ごほ!・・・・・・何なんだ、一体。話が全く見えないんだが、」
「すいません!つい自分の事のように嬉しくて・・・」
「嬉しい?」
「ご懐妊おめでとうございます。降谷さんが・・・・・・っ、ついに・・・うう・・・」



ご懐妊・・・・・・?


大袈裟に腕で潤んだ目元を拭いながら話す風見の言葉が上手く脳で処理できない。


「・・・・・・僕は妊娠なんかしてないぞ」
「何を当たり前のことを言っているんですか!そんなこと分かっています!」
「一体お前は誰の話をしているんだ?」
「そんなのみょうじさんしかいないじゃないですか!」



・・・・・・・・・・・・は?


なまえが妊娠・・・?


持っていた缶コーヒーを思わず落としそうになる。



「・・・・・・っ、もしかして降谷さんまだ聞いてなかっ・・・「本人が言っていたのか?」


俺の異変に気付いた風見は慌てて口元を両手で抑えるが、今はそんなことどうてもいい。


何故そんな話になっているのか。


さっきまでの眠気が嘘みたいに脳がフル回転する。



「いえ、違います!たまたま今日、駅前の産婦人科から出てくる彼女を見かけたんです。何か写真のようなものを見て、涙を流していたのでご懐妊かと・・・」



確かにそのシチュエーションを聞くとそうとしか思えなくて。


身に覚えも・・・・・・、正直ある。


こうなると目の前の風見の言葉なんて頭に入ってこない。


残っていた缶コーヒーを一気に飲み干すと、そのまま立ち上がる。



「帰る。なまえと話してくる」
「っ、はい!残りの書類は片付けておきます!!」
「あぁ、頼む」


ばっと頭を下げた風見に背を向けてデスクに置いていた荷物を手に取り、向かうのは駐車場に停めてある愛車。



本当に妊娠しているのなら、何故俺に話してくれないんだ?


泣いていた理由は?


っ、クソ。今日に限って赤信号によく引っかかる。


なまえの家までの道がいつもより遠く感じた。





いつもより乱暴に開くドア。振り返るとそこには数日ぶりに見る零くんの姿。


「おかえり」
「あぁ、ただいま」


薄らと目の下にクマを浮かべた零くん。きっとまた徹夜続きだったんだろう。


スーツのジャケットを受け取りハンガーにかける。


「ご飯もう食べた?まだなら簡単なものすぐ作るよ」
「いや、それより・・・」


ソファに腰を下ろした零くん。何かを言いかけたが、机の上に置かれた写真を見てぴたりと止まる。


あ、置きっぱなしだった。


彼が手を伸ばしたのは、夕方病院で受け取ったエコー写真。



「あ、それ・・・・・・」

私が口を開くより先に零くんは、ばっと立ち上がりこちらに近付いてくる。


そしてそのまま私の腕を引くと、その腕の中に抱き寄せた。



「・・・・・・零、くん・・・?」
「何ですぐに話さなかったんだ?」
「え・・・?」
「夕方、病院行ってたらしいな」
「っ、なんで知ってるの?」
「風見が病院から出てきたところを、たまたま見かけたらしい。・・・・・・・・・なんで泣いてたんだ?」



泣いてた?私が?

記憶を遡る。


病院から出たところ・・・・・・。



「何ですぐに話してくれなかったんだ・・・」

そんなことを考えている間も、零くんからの質問は止まらなくて。


「いや、病院くらい1人で行けるし零くん仕事忙しいでしょ?」
「っ、それとこれとは話が別だろう!」


頭の中に浮かぶ疑問符達。


どうして彼はここまで・・・・・・。



「・・・・・・俺は仕事もお前も大切なんだ。1人で抱えないで、ちゃんと話してくれ」


私の肩を両手で掴みながらそう言った零くんの目は真剣で。

その真っ直ぐな視線に吸い込まれそうになる。




ん?

ていうか、・・・・・・・・・待って、もしかしてこれ・・・、



「零くんストップ。何か勘違いしてない?」
「・・・・・・勘違い?」
「えっと・・・、何から言えばいいんだろ。まずね、病院行ってたのはお見舞いだから私のことじゃないよ?」



ぴたりと、私達の間に流れていた時間が止まる。


大きな瞳を見開いたまま固まる零くんが珍しくて、ひらひらと顔の前で手を振るとやっと現実に戻ってきたらしい。



「っ、見舞いって・・・」
「店長の娘さん。出産近くて今入院してるの。昨日急遽入院が決まって、着替えとか持っていかなきゃだったんだけど店長も娘さんのご主人も動けなかったから代わりに届けに行ってただけ。あ、今は母子ともに落ち着いてるみたい」


思考が停止しているらしい零くんの腕を引き、ソファに並び座りながら事情を説明する。


まさか風見さんに見られていたなんて思っていなかった。


たしかにそこだけを見れば私が妊娠したと勘違いするのも無理はないのかも。



「・・・・・・泣いてたっていうのは?」
「病院から出た時に風が強くて目にゴミが入って・・・。たぶんそれかな?」
「ゴミ・・・・・・」
「あ、そのエコー写真は明日店長に渡すのに娘さんから預かったの」


机の上置いてあるエコー写真を指さすと、零くんは両手で頭を抱えながら大きくため息をついた。


風見さんはともかく、零くんがそんな勘違いをするなんて珍しくて。思わずくすりと笑みがこぼれた。



「・・・・・・笑うな、バカ」
「ふふっ、ごめん。零くんがそんな早とちりするなんて珍しくて・・・」


気恥しさからか、目を合わせようとしない零くんの頭をぽんっと撫でた。







穴があったら入りたい。


疲れや眠気なんてすっかり吹き飛んでいたけれど、それとは違う何かが肩にどっとのしかかる。



勘違い・・・・・・、か。



「勘違いでほっとした?」


隣に座っていたなまえが甘えるように俺の肩に頭を預けながら上目遣いでこちらを見上げる。

揶揄うような声色とは反対に、その瞳の奥には少しの不安が見え隠れしているように思えた。



ネクタイを緩めながら、反対の手でなまえの体を自分の胸元へと引き寄せた。




「驚いたし、不安がなかったとは言わない」
「・・・・・・うん」
「でも1番に思ったのは嬉しいって気持ちだった」
「零くん・・・」


自分の今の状況を考えれば、結婚して家庭を持つなんてそう簡単にできることじゃない。


それでもその未来に憧れがないわけがなくて。


きっと遠くないその未来で、隣にいるのはなまえしか考えられないから。



「責任を取るって言い方はあまり好きじゃないけど、なまえのこれから先の人生を一緒に過ごす覚悟はもう随分と前から決めてる。じゃなきゃ付き合わないし、手を出したりもしない」


責任感からじゃない。

ただお前と一緒にいたいから。



ぎゅっと腰に腕を回して嬉しそうに笑うなまえがただただ愛おしくて。



「もう少しだけ、待っててほしい」


いつかきっと、思い描くその未来を実現するために。


Fin


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