生死境界

『そっちはどう?エヴァ』

「問題ない。というか、静か過ぎて問題アリ……だな」


スコープを覗きながら、エヴァは通信機に耳を傾ける。あちらも声音からして進展はなさそうだ。
現在、マルドゥーク討伐の任務のため鉄塔の森を徘徊中、エヴァは標的であるマルドゥークを索敵中だ。


『雑魚しか見当たらねぇぞ?』

「ギル、今何処にいる?」

『C地点だ。リンドウさんも一緒だぜ』

「了解した、シノン、C地点で合流する」

『了解。C地点に向かいます』


彼はスコープから顔を離し、神機を剣へと戻すと高台から飛び降りる。長年戦場として歩いてきた鉄塔の森の地図を展開し、C地点へと向かう。
いつもよりも風が怪しい。何かの前兆だろうか。そんなことを考えつつもエヴァは警戒を解かなかった。最近、アラガミが複数でフィールドにいるのが当たり前となっており乱戦は必須だった。だからこそ味方の動き、そして敵の動きを見極めエヴァは援護をしている。

感応種と呼ばれているマルドゥーク。実際に交戦したことがなく、事前にギルバート、そしてヴィレとユキに情報を貰っただけでどんな攻撃をしてくるか、想像するしかできない。
だからこそ、余計に敏感になってしまうのだろう。


「……__!!」


背後から気配、そして殺気。シールドを展開しつつ振り返ると、そこには極寒に対応したコンゴウがいた。


「なっ……ッ!」


圧縮された空気がエヴァの身体を撫でる……いや、吹き飛ばす。シールドを展開していたからこそダメージを軽減できたが、直撃していたら一たまりもないだろう。
落ち着け、予想していたことだろう。エヴァは自分を叱咤し、気持ちを落ち着かせ、コンゴウを見据える。こいつだけなら一人だけでも相手は可能だ。


「リンドウさん、コンゴウに発見されました」

『何……?』

「引き続き、マルドゥークの索敵をお願いします。コンゴウを倒して、そちらに合流します」

『……わかった。死にそうになったら……』

「逃げろ。ですよね?」


通信機越しに短い笑い声が聞こえ、エヴァも少し気持ちに余裕が出来る。プツリ、と通信が途切れると同時にコンゴウが動き出す。ショートソードを持ち直してエヴァは飛び出した。


*


「エヴァがコンゴウと交戦中?」

「あぁ。こっちは引き続きマルドゥークを探すぞ」

「アイツは大丈夫か?」


リンドウは肩を竦めながら答えた。


「このシノンの世話役やってるぐらいだからな、大丈夫だろ」

「ちょ、リンドウさん!?酷くないですか!?」


二人の会話にギルバートは思わず吹き出す。それにシノンはギルまでー!と少し拗ねたように頬を膨らませる。そんな彼女を宥めるようにリンドウはポンポンと頭を叩く。


「ほら、行くぞ」

「はぁーい」

「おう」


歩き出そうとした、その時。


「__……エヴァ……?」


シノンは、何かを感じた。


*


グオオオオォォォォ……

何処からともなく聞こえてきた咆哮に、エヴァは身震いをする。
コンゴウをものの数分で撃退、コアを摘出している最中だ。今、アラガミと遭遇しても問題はない。だが咆哮には嫌なものを感じた。
それが何かは分からない。前日も大怪我したばかりで完全に治ったわけではない。それでもリンドウが一人で戦わせることを許可したのは、きっと戦い慣れたコンゴウが相手だったから。

でも、今、感応種……マルドゥークと鉢合わせてしまったら__


「流石に、まずい……な」


小さく呟き、エヴァは神機を銃へと変え、スナイパー特有のステルスフィールドを展開させた。これで少しはやり過ごせることを祈り、足を進めていく。
早く合流することを念頭に、もしアラガミと鉢合わせてしまったら逃げる。


「…………」


自分の呼吸がやけにうるさい。足音すら、うざったいと思う。


『エヴァ!』

「ッ……どうした?」

『活性化したシユウがこっちに……!もしかしたら』


マルドゥークが近くにいるかもしれない。
その言葉を聞く前に、エヴァの身体は壁へと吹き飛ばされていた。壁に激突し、身体が軋み神機が手元から落ちる。


「ぐぅ……!」

『エヴァ!?どうしたの!?』


通信機から聞こえてくるシノンの声、そしてシユウの泣き声。


「が、は……マル、ドゥーク……発見した……」

『えっ……!!ギル!お願いエヴァを探してきて欲しいの!』

『わかった!エヴァ!どこにいる!?』


神機に手を伸ばし、それを杖代わりとして立ち上がりエヴァは咳き込む。逆流してきた鮮血が口から零れて地面を汚す。
辺りを見渡し自分が今どこにいるのかを把握する。


「……おそ、らく……L地点……」

『真逆かよ……!今行く!持ちこたえられるか!?』

「……あぁ、大丈夫、だ」


神機を持ち直し、改めて今回の標的、マルドゥークを見据えた。
狼を思わせる肢体は頑丈なガントレットで前足を覆われており、アレで殴られれば普通の人間なら死んでしまうだろう。
恐らく、先程はあれで殴られ吹き飛ばされたのだろう。エヴァは霞む視界に目を細め、半ば無意識に後ずさる。

ギルバートが来るまでの辛抱するか。それとも此処で死ぬか。


「……はっ、死ぬなんざ……真っ平だ……」


ドクン、と心臓が高鳴り、全身から湧き上がってくる力が心地よく感じる。


「行くぞ、狼野郎」


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