それほどまでに

※『過去』の続き


翌日、あまり目覚めはよくなかった。眠りが浅かったせいか、ぼんやりとした頭痛が停滞しており彼は思わず舌打ちをしながら着替えを開始する。新入りと違って数年間、ゴッドイーターをやってきたために基礎訓練などはない、そのまま任務へと着く。いつもなら単独なのだが……今日は。

与えられた端末が震える。


「……おはようございます、ジュリウス隊長」

『あぁ、おはよう。ゲートで待っている』

「了解しました」


短い返事をして、彼は早々に通信を切ると思い切りソファーへと端末を投げ飛ばした。それはポスン、と少しだけ跳ね返り転がる。ヴィレは手早く着替えを済まして眼鏡を手に取りながら自室を出て、すぐにエレベーターへと向かう。ゴウンゴウン、と鳴り響く稼動音すらうざったく思える。

別にジュリウスのことが嫌いなわけではない。他のブラッドの仲間……ユキやナナ、ロミオだってそれなりに好感は持てる。それ以上になることを、彼は拒んでいる。

(友?家族?……俺に、そんなもの……)


眼鏡をかけ、彼はゆっくりと息を吐き出す。それと同時にエレベーターも目的地へとついたらしい。フライアの従業員に軽い挨拶を済ませ、オペレーターであるフランの下へと。


「おはようございます、フランさん」

「おはようございます、ジュリウス隊長がお待ちですよ」

「……あぁ、ありがとう」


既に準備は整えているのだろう、出撃ゲート前ではジュリウスが端末を見ながら佇んでいる。彼は覚悟を決めて彼の下へと歩き出した。すると足音で気付いたのか、ジュリウスはふと顔を上げて彼を見つけると、少し微笑んだ。


「お待たせしました」

「じゃあ、行こうか」


*


一通りのメンバーの特徴は掴んでいる。新入りのユキはショートブレードを好んで使い、主に前線で動いている。銃形態はまだ慣れておらず時折、ジュリウスから指導が入ったりしている。ナナも同じようなもので彼女はハンマーを使っている。ロミオは剣形態も銃形態も使用しているが時たま、銃形態では誤射がありそれを直そうとしている……そんなところだろうか。

そして、ジュリウス。このブラッドが設立されてからずっと一人でやってきたと聞いている。それ故に訓練の時間も、実践の経験も豊富だ。隊長を務めるだけの実力は十分にある。仲間の動きを見て護衛に回ったり、前線に出てアラガミを排除したり……臨機応変に立ち回れる。

ヴィレは眼鏡の位置を直して神機を握りなおす。すると隣にいた彼が声をかける。


「頼りにしてるぞ」

「……」


返事をしなければならない、だけど声が出なかった。

何年間、一人でやってきたのだろう。こうやって隣で声をかけてくれる人も、自分の事を気にかけてくれる人だって……いたはずなのに、それを全て拒絶してきた。
指先がかすかに震えだす。それを誤魔化すように、ジュリウスに行きましょうと言いながら地面を蹴った。

標的は小型アラガミ複数。今更手こずるような相手ではない。
走り続ければ、ちらほらと見え始める小型アラガミ。ヴィレはチラリとジュリウスを見るとスピードを上げた。腕に力を込めて後ろに引きつつ、体勢を低くする。アラガミに発見されると同時に、思い切り地面を蹴って一気に距離を詰め、槍を突き出す。そうすれば的確にアラガミの身体を貫いた。そのまま槍を横に薙ぎ払い一掃、一旦距離を取るために後方へ一回転、地面に着地すると同時にアラガミの数を把握する。右にはジュリウスがロングブレードを薙ぎ払いながら確実に数を減らしている。あちらは彼に任せて大丈夫だろう、彼はただ目の前を見据えた。

流石に何年もゴッドイーターをやっている、動きに無駄がないな、とジュリウスは横目で彼を見ながら自分も神機を振るう。それ故に、なぜ彼が単独行動を望むのかがわからなかった。一人のほうが動きやすい、それは否定できない。自分だって今までは一人で付近のアラガミの相手をしていたからだ。しかし、実地訓練でユキとナナを連れて行ったときに、強くなれば確実に背中を任せられるようになる、という安心感があった。それを、彼が知らないはずがない。昨日、酷く怯えた様子だった、彼が単独行動を望むようになった原因がどこかにあるのだろうか。ジュリウスは思考を巡らせながら銃形態へと神機を変える。背後にアラガミの気配、しかしすぐにグチュリ、と貫く音が聞こえた。少し後方に下がれば、トンと背中同士がぶつかる。


「助かった」

「いえ」


すぐに彼は次の標的へと駆け出した。

(連携を組むのがめんどくさい……か。その割には、きちんと見てくれてる)

心の中で、そっとジュリウスは呟く。弾丸を放てば、振動が身体に伝わってくる。それは的確にアラガミの身体を通り過ぎていき、後方へと消えていった。

それを横目で見ながらヴィレは淡々と槍を突き出しアラガミの身体を貫く。


*


フライアに戻ってくると、女性二人がロビーの椅子に座り談笑しているのが見えた。


「あ、隊長!ヴィレさんも!」

「任務……だったんですか?」


ユキの問いにジュリウスは頷き、ヴィレを見る。


「彼は優秀だ。色々教わるといい」

「た、隊長……」


思わぬ言葉にヴィレは目を見開き反論しようとするが、ナナが目を輝かせて近寄ってくるのが見えて彼は反射的に距離を取ろうとする。それを逃がさんと言わんばかりにジュリウスが彼の腕を掴みその場に引きとめた。男にしては細い腕のどこにそんな力があるのかと疑いたくなるほどの力にヴィレは逃げることを諦め、肩を竦める。その様子にユキがクスクスと笑う。


「ヴィレさんとお話したかったので丁度よかったです」

「親睦を深めるといい」

「……」

「あれ……隊長と……ヴィレ、だっけ?」


そこにロミオも登場した。ブラッドのメンバー全員がロビーに集まりヴィレは正直うんざりしていた。昔にも、こんな光景を見た気がする、でもそれはいつだっただろうか。

恐らくは、まだ自分がこうなる前。

ロミオが恐る恐るヴィレに視線を向ける。自己紹介のときにいい印象を与えなかったためだろう。自室に戻れるものなら戻りたい、しかしジュリウスにまだ腕を掴まれているために動くことは困難だった。


「取り合えず座ってよ〜。ヴィレさんは、いつからゴッドイーターなの?」


ナナに促されるままにヴィレはベンチへと腰を下ろした。こうなったらこいつらの気が済むまでいてやろうと一種の決心をしながら。


「六年ぐらい前から……だな」

「長いんですね……当初から槍を使ってたんですか?」

「……いや。最初はユキさんと同じショートブレードを使ってた」

「ほう、槍にした理由を聞いても?」

「……単純にリーチが欲しかったんです。ロングブレードだとリーチはありますけど、俺には重かったんです。槍の神機が作られたっていうのを聞いて乗り換えたんです」


ジュリウスも興味深そうに彼へと質問を飛ばす。それに淡々と、あまり何も考えずに回答していく。


「……意外だな」

「……何がだ?」

「いやぁ、初対面のときはもっといけ好かない奴なんだろうなぁって思ったからさ。てっきり一人が好きなんだと思った」


その言葉に、ピクリとヴィレの眉が動いた。
それは否定しない、事実だからだ。だから、今こうしているのが不自然に見えるのだろう、ロミオにしてみれば。


「……そうだな。じゃあ俺は失礼するよ」


そうだ、ここに自分の居場所はないんだ。そう言われるのも無理はない、自分から近寄るな、と公言したのだから。ヴィレは顔を見られないようにさっさとエレベーターへ乗り込んだ。背後から消えてきた、制止の声など無視して。

そのまま自室に逃げ込むと、彼はボスリ、とベッドに倒れこんだ。眼鏡を外して適当に放り投げるとゴロリと転がり仰向けになる。
一瞬でも、ぬくもりを求めた自分が、許せなかった。

(同じ過ちを、繰り返すつもりか?)

腕で目を隠し、視界を遮断する。そして、眠りへと落ちていった。


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