過去 ばさり、と何かが落ちて急速に意識が覚醒した。ハッとして床に視線を滑らせば、先ほどまで自分が手に持っていた本が落ちているではないか。 (……いつの間に……) 息を吐き出してその本を拾い上げ軽く叩くとそれをテーブルへと置き立ち上がった。 『本日付けで特殊部隊ブラッド配属になりました、ヴィレ・チェスカトレです、よろしくお願いします』 数時間前の出来事が唐突に浮上してきて、彼は顔を顰めた。以前は別の支部でアラガミを排除していた、だがラケル博士から直々にブラッドに入って欲しいと頼まれこうして移動要塞、フライアへと足を運んだ。 そのときに、自分はあまり良い印象は与えなかった。 『必要以外での接触はしないで欲しい、無駄な時間を使いたくない』 そう言い放ち、さっさと自室へと篭った。誰かと仲良くなるのは時間の無駄。ミッションも、今まで一人でやってきた。今更メンバーとの連携を考えるのもめんどくさい。 いや、違う。本心はそうではない。 誰かと仲良くなって、一緒に戦って……自分だけが生き延びるなんて。 (もう、あんなことは) 誰かと馴れ合って、死んでいって自分だけ取り残される。自分が弱かったから、仲間を救えなかった。 それだったら、最初から仲間なんていらない。一人でミッションを行い……一人で死ぬ。その方が、誰も悲しまない、一人で逝ける。彼はゆっくりとした足取りで部屋の電気を落としソファーへと横になる。明日から本格的に動くことになるのだ、身体を休めることは決して悪いことではない。 しかし、ふと瞳を閉じると、あの時の光景が浮かんでくる。 『逃げろ!ヴィレ!』 『俺だけ逃げるなんて……!ぐ、』 『ヴィレ!命令だ!この異常を知らせろ!救護班と増援を呼んで来い!』 『ッ……頼む、生き延びて、くれよ……!』 異常なほどのアラガミの数。何らかのジャミングによって通信は途絶えていた。そんな絶望的な状況で仲間達は軽い傷だけを負っていたヴィレに支部へと戻って異常を知らせてほしいと頼んだ。しかし、仲間達を置いて戻れるはずはなかった。ヴィレは残ることを申し出たが上官の命令により渋々彼は支部へと帰還した。 そして、救護班と一緒に現場に戻った時には、食いちぎられた仲間の四肢が転がっており、鮮血によって地面が汚されて、殺したであろうアラガミも数体転がっていた。 ビクリ、と身体が跳ね一瞬息が詰まり、彼は上半身を持ち上げた。 「ぁ……はっ、はぁ……」 膝を抱え込み、身体を小さくする。カタカタと震える身体をいなす様に、だが言うことは聞いてくれなかった。 死ぬのが怖い? 違う。 仲間を失うのが怖い? ……それも、少し違う。 どうして自分だけ生き延びているのか、わからないの? そうだ、上官の命令を跳ね除けて、あそこに居座っていればこんな思いを抱いたまま、自分は生きていなかった。仲間達と同じ戦死の道を辿っていたはずなんだ。 その時、コンコンと控え目なノック音が響き身体は一瞬だけ震えるのをやめた。だが再び小さく震え出す、それを無視してヴィレは聞こえるか聞こえないかの声ではい、と言った。 『ジュリウスだ、少し話がしたい』 「……あい、てます……」 本来ならドアを開けて迎えるべきなのだろう。しかし今の彼にそんな余力があるはずもなかった。少しすれば、電子ドアが開いて隊長であるジュリウスが入ってくる。部屋が暗いことに驚いたのか、ジュリウスは暫し立ち止まっていた。 「電気、点けてもいいか?」 「はい……」 どこか上の空の返事、ジュリウスは首を傾げながら彼に近付き肩を叩く。それにヴィレは僅かに目を見開いて無意識にその手を弾いてしまっていた。暫く彼の瞳は彷徨っていたが焦点が合い、自分がしたことを気付いた瞬間に立ち上がりジュリウスに頭を下げた。 「も、申し訳ありません……!無礼を……」 「いや、大丈夫だ。顔を上げろ」 そうジュリウスが伝えれば彼は渋々と頭を上げた。先ほどの虚ろな瞳はなんだったのだろう、と一瞬過ぎるがジュリウスは頭の隅にそれを追いやってソファーに座るように促す。ヴィレはまだどこか申し訳なさそうな表情を浮かべながらソファーに腰を降ろす。その隣にジュリウスも座り、暫く考えるような仕種をして口を開いた。 「何を、そんなに怯えている?」 「……別に、何でもありません。お話、とは……?」 「あぁ、明日の任務で俺と一緒に……」 そこまで聞いて、彼は言葉を遮るように立ち上がって、ジュリウスを見た。 「それ、お断りします」 「……理由を聞いても?」 「俺は何年も一人でやってきました、今更誰かと連携を組むなんて、正直言ってめんどくさいです」 彼の言葉に嘘偽りはない。だが、ジュリウスは目を細めて何かを見定めるようにジッと彼を見詰めていた。その視線に耐え切れなかったのか、ヴィレはふい、と視線を逸らして彼の返事を待った。 「……そうか。だがお前はブラッドの一員だ。俺の言うことは聞いてもらうぞ」 「ッ……」 さすが隊長と言ったところか。これ以上の反論は認めないと言わんばかりの無言の圧力。だが、意地でも彼は誰かと一緒にミッションに行くことを拒んだ。 「それなら、俺を外してください。支部に戻ります」 「何故、頑なに一人でいようとする?」 「……隊長には関係ない話です。俺みたいな出来損ないよりも、ユキさんやナナさんみたいな見込みのある新人に手をかけた方がいいですよ」 過去を打ち明けようとは思わなかった。どうせ誰かに話したところで何の共感も得られないからだ。そんな過去に縛られているなら、一体でも多くのアラガミを殺してる方がいい。ヴィレは苦い表情を浮かべながら奥歯をギリッ、と噛み締めた。そんな彼の様子にジュリウスは少し息を吐き出して立ち上がった。 「お前の気持ちはよくわかった。だが、俺はお前を除隊させるつもりはない」 「……なんで、ですか?」 「大事な……家族だからだ。明日……俺と任務に来い。いいな?」 「……」 答えはしなかった。いや、ここで断ったとしても彼なら強引にでも任務に連れて行くだろう、そんな確信に似た予想が浮かんでいたのだ。ヴィレはただ俯き彼が去るのを待った。 去り際、ジュリウスは頭をぽん、と撫で部屋を出て行った。 (……久々だな) こんな風に、バリアを破ってきたのは。だけど、彼は。 (仲間は要らない。俺は、仲間を見殺しにした) 大罪人、なのだから。 (13/14) |