極東支部のお姉さん

いつもどおりの時間に起きて、いつもどおりに着替えて、いつもどおりにエントランスへ向かい、いつもどおりに任務を受け……
その後だって、いつもどおりに出発する予定だった。


「あ、たいちょー!」


声が聞こえ、彼女は振り返る。朝から元気に駆け寄ってくるブラッドのメンバーであるナナが笑顔で手を振っていた。


「おはよう、ナナ。どうしたの?」

「あのね、今日ユノちゃんが帰ってくるんだって!」


ユノ。葦原……ユノ。その名前に彼女はピクリ、と身体を一瞬反応させる。だが、それには気付かない様子でナナはニコニコと笑みを絶やさずに続けた。


「久々だよねー!隊長にも会いたいって言ってたよ?」

「そう……うん。わかった」


そういうと、準備をするために自室へと戻る。
どす黒い感情が蠢くのを抑えつつ、ターミナルを開く。

誰かを恨むなんてめんどくさい。だったらアラガミを一匹でも多く殺すだけ。

ユキは目を細めながら、ゆっくりと息を吐き出した。
その時、誰かがドアをノックする音が聞こえる。


「はい……?」

「ユキちゃーん、私、シノンだけど、入っていい?」

「あ、はい、どうぞ」


返事をすると、ドアから蒼髪の女性がひょこりと顔を出し部屋へと入ってくる。


「おはよう、ユキちゃん」


彼女、シノンは片手に二つのミルクティーの缶を持っていた。それを見たユキは首を傾げながらおはようございます、と言う。
視線に気付いたのかシノンは一つの缶を彼女に差し出しどうぞ、と笑う。ありがとうございます、とお礼を言いながらユキはその缶を受け取り、ソファーへとシノンを勧めた。


「どうか、しましたか?」

「ん?一緒に任務行きたいなって、思って。いいかな?」

「はい、いいですよ」

「ありがと。朝ごはん、もう食べた?」

「いえ……まだ、です」

「任務まで時間あるよね?一緒に行こうよ。私もまだだからさっ」


シノンは彼女の返事を聞く前に、手を引いてラウンジへと向かおうとする。それに抵抗するのも引けてユキは部屋の電気を消しつつ少し早足で歩く。
周りの人から、彼女の噂は聞いていた。極東支部でのヒーローとまで謳われているシノン、今ではクレイドルの一員として動いている。いつも笑顔で、時に周りを巻き込んで騒動を起こしたり、だけど皆から慕われている。自分とは対照的な彼女に、ユキは目を細めた。

ラウンジには、先程声をかけてくれたナナ、そしてギルバートが食事をとっていた。


「あ、シノンだー!おはよー!」

「おはよーナナ!ギルもおはよう」

「おう、おはよ」


ムツミから食事を貰い『螺旋の樹』が見える所へと移動し、椅子に腰を下ろす。


「ユキちゃん、結構小食だよね?」

「え、そうです、かね?」

「うんー。お腹空かない?」

「特に、私、夜とか任務行くと、そのまま寝ちゃうことも多いです」

「あ、それ私絶対無理」


小さく笑いながら、食べる手を進める。流石はゴッドイーターというべきか。朝からとんでもない量の食事を軽々と食していく。
数十分もしないうちに、お皿の上に乗っていた食事達は綺麗に全てなくなっていた。


「さーて、じゃあ任務、行こっか?」

「あ、はい」


ごちそうさま、といいつつムツミに手を振る。そのまま出撃ゲートへと向かう。エレベーターに揺られながら、シノンは身体を解す様に伸びる。


「よろしくね、ユキちゃん」

「はい。よろしくお願いします」


*


任務を無事に終え、二人はアナグラへと帰還する。背後から、声をかけられ振り返るとそこには__


「ユキさん、シノンさんも」


葦原ユノの姿があった。


「あ、ユノさん。お帰りなさい!」

「お二人とも、任務から帰ってらっしゃったんですか?」

「うん。あ、ちょっとサカキ博士に報告あるから、後で行くね」

「はい。お待ちしております」


ペコリ、とユキはお辞儀だけをして彼女の横を通り過ぎた。
そのままエントランス、エレベーターへと乗り込む。


「……支部長に報告って?」

「あ、ごめん、あれ嘘」

「え……?」


彼女がこんなにも簡単に嘘をつく人間だとは思わず、キョトンとする。そんなユキにニコリと笑みを浮かべるとベテラン区画でエレベーターが止まる。何事もなかったようにシノンは彼女の手を引いて自室へと戻った。まずユキをソファーに座らせ、次に冷蔵庫を覗きなにかないかと探すが特に見付からなかった。これなら自販で何か買えばよかったな、と思いつつ冷蔵庫の扉を閉め、彼女の横へと座った。


「ねぇ、ジュリウスさんとは、どんな関係だったの?」

「ッ……?」


唐突な質問に、彼女はたじろぐ。


「あの……いい、先輩です。私がブラッドに入ってから……よくしてもらってます」

「へぇ……ほら、私、直接会ったことないからさ。でもよく螺旋の樹見てるでしょ?だから、きっと大切な人なんだろうなぁ〜って!」

「…………はい。ジュリウスは、私にとって心の支えなんです。もちろん、ブラッドの皆も、大切な仲間です」

「ふふ、ジュリウスさんもそんな風に思ってくれて、きっと嬉しいと思う」


何となく、シノンが皆から慕われる理由が、分かった気がする。


「……私、ジュリウスと、婚約してたんです」

「わぁ……素敵なことね」

「……先延ばしになっちゃって、でも、私、絶対にジュリウスは帰ってくる……って、思ってるんです。だから、世界を、綺麗にしておかないとって」

「……じゃあ、私もそれに協力させて?」


シノンは彼女の手を優しく握り、覗き込む。その表情は優しく、頼もしかった。


「はい……よろしくお願いします」

「ふふ、よろしくね。……さて、私、ユノさんのところに行くけど……あれだったら、ちょっと理由つけておくけど?」

「え……?」

「あんまり会いたくないみたいだから。勝手に理由つけておくから、自室戻っちゃえ」


彼女は立ち上がりながら、ユキに向かってウインクをする。


「……じゃあ、お願いします」

「おーけぃ!お姉さんに任せなさい!……また、夜話そ?私、ユキちゃんのこと、もっと知りたいから。じゃね!」


タタッと軽い足取りでシノンはラウンジへと向かった。遅れてユキもシノンの部屋を後にする。

(……全部、見透かされてる。私も、彼女のこと、もっと知りたいな)

ユキは自室に戻りながら、夜を楽しみにしていた。


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