ピリオド

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 星晶獣、特に天司の検査は重要な機密事項であり、関わる研究者は多くはない。かといって付きっ切りというわけにもいかず、ローテーションを組んでいた。

 にもかかわらず、サンダルフォンに限っては、ルシファーが専属状態となっている。サンダルフォン自身に問題があるわけではない。聞き分けは良い。自分の立場を分かっている。管理している星晶獣の中でも、検査が容易な部類に入るほどだ。ある程度の知能がある天司や星晶獣だからこそ、検査に時間が掛かる、あるいは、理性の無い獣に等しいものもいる。それらを相手取るよりは、検査自体はスムーズに進む。問題はサンダルフォンではない。サンダルフォンにつきっきりになっている天司長にある。

 研究員の一挙一動にしきりに目を光らせるものだから、委縮し、居心地の悪さに逃げ出した研究員たちに代わり、眼光に臆する事の無いルシファーがつくことになった。ルシファーは優秀な研究者であり、研究所における最高責任者だ。だからこそ、課される研究も多い。求められる成果も人一倍にある。天司とはいえ、星晶獣の検査如きに駆り出されるなんて、屈辱だった。コアの状態や肉体の検診なんて、下っ端でも出来ることだ。なぜ俺が。その内心を隠すつもりもない。

 サンダルフォンが怯えたように肩を震わせる。誰の所為でこうなっているのだと、ルシファーの不満が募る。時間も取られることのない、流れ作業のような検診を妨害しているのは、ルシフェルだ。分かっている。けれど、元を辿ればサンダルフォンに行きつく。どうにかしろ、お前の言葉なら聞くだろうさと言ったところで無意味だ。サンダルフォンはルシフェルからの言葉、与えられるもの、すべてを受け容れる。無意味なことを、態々口にすることはない。

 苛立ちを隠す事の無いまま、乱暴に採血用の針を刺す。小さな呻き声。恨むように、サンダルフォンを睨む。舌打ちをすれば、想像していた通りというべきか、ルシファーを咎める声が掛けられる。

「友よ、乱暴に接しないでほしい」
「乱暴? 丁寧に扱っているだろう、わざわざ俺が担当になっているんだぞ。これ以上ない待遇じゃないか」

 じっとりと見つめる目は感情豊かに、ありありと、不満を述べている。いつのまにか「人」のように振る舞うようになっていた。ルシフェルに、自覚はないのだろう。サンダルフォンにとって、当然のことなのだろう。外側からしか知る事は無い。気付かない変化、あるいは、進化。尤も、ルシファーが望んだことではない。こんな変化を、予測していない。想像していない。望んでいない。想定外の事態だ。

「あのっ!」

 にらみ合っていたように見える、実際にはルシファーは辟易と視線を受け容れていた、ルシフェルとルシファーの間に挟まれた、サンダルフォンの焦ったような声に、ルシフェルはくるりと、先ほどまで無表情に、目だけで雄弁に不満を訴えていたのが嘘のように、笑みを浮かべる。己と同じつくりでありながら、ルシファー自身が浮かべたことも、記憶の彼方にあるような笑みだ。おぞましさすら、覚える。俺と同じ顔で、なんてだらしない顔をしているのだと、声に出しかけた。

「何も問題ないですから、平気です。申し訳ありません、すこし、驚いてしまっただけです」
「本人が問題ないと言っているだろう?」
「サンダルフォン、無理をすることはない」
「おい、俺の言葉は無視か」
「勿論、きみが我慢強い子だということは分かっている。強い子だと、知ってるよ。けれど、私の眼には君が痛がっているようにしか見えなかった。たとえ友であっても、君が傷つけられることを、黙止してはいられない」
「ルシフェルさま……!」

 サンダルフォンは、頬を赤らめる。褒められたことが嬉しい。気に掛けられたことが嬉しい。子どものような純真さ。ルシフェルが愛しく思う理由の根幹。とても、ついてはいけない。ついていきたくもない、理解したくもない世界だ。ルシファーは黙々と採取した血液のラベルと、チェックシートを確認する。関わって、得することなんて何もない。

──やってられるか。

 ルシファーは唾棄したくなるのをこらえる。俺は空気だ。空気になれと自分に暗示をかけ続ける。そうでなくては、精神汚染を引き起こしそうだった。二人だけのわけのわからない空間を広げるのが、天司長と、そのスペアなんて、本当に大丈夫か。自分で作っておきながら、最高傑作だと自負しているはずなのに、不安を抱いた。

2018/11/20(修正2020/04/08)
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