ピリオド

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 技術は発展をし、神秘は衰退していく。それが、進化だ。原理の分からなかった奇跡の所業なんて、いざ紐解いてみればなんてことはない。かつて、大陸が空を浮いていたことも、星晶獣という生物もなにもかも、おとぎの夢物語。幻想。神話となってしまった。サンダルフォンが、かつて天司として生きていた時代から、それだけの歳月が過ぎ去っている。
 お伽噺におけるサンダルフォンは改心した天司として、世界を守って世を去ったと伝えられている。サンダルフォンは自身の生涯が、実話と思われていないにしても広く、伝えられていることに羞恥を覚える。誰が広めたのだろうとかつて共闘した騎空挺のメンバーを密に恨む。何世代にも渡って伝えられてきた話は、都合の良い改変をされてむず痒さを覚える。当人である、なんて言えるはずもないサンダルフォンは曖昧に母の寝物語を聞き流した。
 生を享け、かつてと同じくサンダルフォンと名付けられてから早くも十八年目となる。戸惑いを覚えなかったといえばウソになる。サンダルフォンにとって天司であった数千年の時間は抜けきらない。ふとした瞬間に「この距離なら飛んで行ったほうが早いな」だなんて、他人が聞けば頭の具合を心配されることを考えてしまう。人間の体の柔らかさと脆さをもどかしく、苛立ちを覚えたことも一度や二度ではない。だからといって、嘆いたことはない。
 薄紅の花弁が風と遊ばれ、舞い上がる。青々とした緑の中に僅かな薄紅。新年度が始まってからサンダルフォンの周りも落ち着きを取り戻しつつある。真新しい制服に身を包んだ生徒たちがサンダルフォンに気付くと緊張した面持ちで上擦った声を掛ける。
「御機嫌よう、お姉さま」
「御機嫌よう」
 きゃあと黄色い声を上げる女子生徒にサンダルフォンは内心で苦い気持ちになる。十八年経ってなお、天司であったとき以上に慣れることのない視線と生活。スースーと心許なく、風に揺らめく制服。慌てて押さえつける。くすくすと笑う声にむっとしながら亜麻色の髪を風に揺らめかす、幼馴染を恨みがましく見る。幼馴染は淑やかに口元を手で押さえながら笑みを浮かべた。
「御機嫌よう、サンダルフォン。ごめんなさいね、笑ってしまって」
「御機嫌よう。ジュリエット。構わないさ。自分でも未だに似合っているとは思えない」
「そんなことはないわ」
 ジュリエットは大きなめをぱちくりとさせてむきになったように否定する。サンダルフォンが唯一出会ったかつての仲間であり、かつての記憶を有する少女。初等部で出会ってから十二年の付き合いになる。人生の半分以上を共にしてきた。
「笑ってしまったのは、彼女たち、もうあなたのことをお姉さまと呼んでいたからなの。今年は随分と早かったわね」
「……ああ」
 礼拝が定められている禁欲的な校則が根付いている、女子だけで構成された小さな社会。サンダルフォンは決して小さな社会に馴染めているとは言い難い。男性体であった名残が強いこともあり、女性同士の人間関係の築き方も上手ではない。けれど、サンダルフォンは小さな社会において特別だった。サンダルフォンは「王子様」なのだ。小さな社会において女子生徒共通の「憧れ」となる唯一だった。女性しかいない学園生活のなかにおいても、疑似的であっても、恋愛経験がしたい彼女たちにとってアイドル<偶像>なのだ。
 赤み掛かった黒髪は癖でうねりがあるとはいえ肩甲骨まであり、短いとは言えない。胸は大きいとは言えないが小さくもなく、制服の上からでも十分に膨らみがわかる。サンダルフォンの外見は男性的ではない。少女たちがサンダルフォンの何を感じ取って疑似恋愛の対象と持ちかけているのか、サンダルフォンには見当もつかない。
「今年までなのだから、彼女たちに夢を見せてあげて」
「……そう、だな」
「放課後は打ち合わせなのだから、怖い顔ばかりしてはだめよ」
「怖い顔なんて、しているつもりはない」
「難しい顔、ということよ」
 サンダルフォンとジュリエットが通っている女子学園とほど近い場所に同時期に設立された男子学園。毎年共同で文化祭を開いている。近い将来に共学として合併するという、毎年のように囁かれる噂。サンダルフォンとジュリエットは生徒会として、学園の代表として打ち合わせに参加するのだ。あまり、乗り気にはならない。
 女性に対して夢見がちな年頃の期待交じりの彼らの視線。根っからの貴婦人であるジュリエットは兎も角として、学園の中では王子様としてみられているサンダルフォンはつい、狼狽えてしまう。臨機応変に女性らしく切り替える、なんて器用な真似は出来ない。
 胸に溜まった重い息を吐き出す。



 嫌だと思う程時間が過ぎ去るのは早い。サンダルフォンは期待交じりの視線にちくちくと臓腑を突っつく痛みに知らぬふりをしていた。送迎車から降りて門をくぐり、会議室へ案内されるまでの間にサンダルフォンの体力はすり減ったいた。
「今日はうちの新入生も紹介しますね」
 生徒会長に就任したという温和な青年の言葉にそういえばと思い出す。サンダルフォンたちは前期の後半に、細々と引き継ぎをして後半に代替わりをする。しかしこの学園では新年度から指名されているのだった。合同文化祭が開かれるのは後期。女子側としては、男子側と初めて対面をするのだ。
 紹介された線の細い生徒を認識したサンダルフォンの眼が僅か、見開かれる。かつての、創造主とうり二つ。
「ルシフェルと申します、よろしくお願いします」
 サンダルフォンをまっすぐに見ながら差し出される手。彼は表情をチラリともかえないから、記憶がないのだろうと得心がいった。仕方のないことだった。こればかりは。数人、過去に苦楽を共に共闘をした人間と出会ったけれど、覚えていたのは極わずかだった。仕方のないことなのだ。ジュリエットからの気遣いの視線に、平気だと返す。嘘ではなかった。不思議と、虚しさも何もない。
 彼……ルシフェルは、入学したばかりの小柄な男性生徒だ。かつては麗しかった容貌は、愛らしくなっていた。サンダルフォンは彼が、人として生を受けたことに驚嘆したものの、人のことを言えたものではなかった。
「生徒会長を務めているサンダルフォンだ。よろしく」
 握り返した手は細く、サンダルフォンの手と差して変わらなかった。
 打ち合わせは滞りなく終わった。何度もした会議に加えて、新入生であるルシフェルによって有意義な会議だった。内心で、流石だなと思料する。
「本当に、良いのですか?」
 ジュリエットは眉を下げて何度も、確認をした。サンダルフォンは良いんだと言ったきり、考え直すこともないから、ジュリエットは引き下がるしかない。彼、否彼女の意思は固い。それを解きほぐすのはジュリエットには出来ない。サンダルフォンとルシフェルの確執を、ジュリエットは知っている。窓からさし込む夕日がサンダルフォンの髪を赤く照らす。
「あまり、迎えを待たせるなよ」
「ええ……。送りますわよ?」
 サンダルフォンの迎えは少し遅くなっている。運転手が時間を勘違いしていたのだ。慌てた様子ですぐに迎えに参りますと携帯端末に連絡があった。事故でも起こしそうな勢いに不安になる。ジュリエットの誘いに乗れば、運転手は叱られることは明らかで、サンダルフォンは逡巡したものの断った。
「いや、遠慮しておくよ。まあ明日」
「……ええ、ではまた明日。御機嫌よう」
 遠ざかる背中を見つめてから、サンダルフォンは行儀悪く革張りの黒いソファに腰掛けた。長い一日だった。迎えが遅くなることを知った学園の好意で迎賓室で待機しているものの、居辛さに視線を彷徨わせる。大事になっている。サンダルフォンは選択を間違えただろうかと不安を抱く。先に、帰ってしまおうか。迎えが来たと、言ってしまおうかとむくむくと囁く声が何処からともなく聞こえては首を振る。いけない。もしも、何かあれば迷惑を掛ける。
 仕方なく、手持無沙汰に打ち合わせの資料を確認をする。書き込まれた改善策や提案、問題点について思惑。コンコンとノックの音が邪魔をするまで、熱心に考えていた。迎えが来たのだろうかと返事をしながら扉を開けて、飛び込んだプラチナブロンドに動転する。
「失礼します」
 何か用事だろうか、打ち合わせについてだろうかとどっどと早鐘を打つ心臓を抑えながら冷静を装う。
「何か、ありましたか?」
 上擦りかけた声を抑えた、突き放す声音。愛想がない。しまったと思う余裕が、サンダルフォンには無かった。ルシフェルはゆるりと首を振った。それから、
「きみと、話がしたくて」
 聞き覚えのある、言葉だった。十分だった。その言葉だけで、彼には、記憶があるのだと確信を得るには。
「ルシフェル……さま」
「再び逢うことが出来て嬉しいよ、サンダルフォン」
 目線が一つ下のルシフェルに見上げられながらサンダルフォンは泣きそうになるのを堪えて、笑みを浮かべる。



 会話を聞かれるとまずいだろうからとサンダルフォンはルシフェルを部屋に入れた。だというのに、いざサンダルフォンは彼を前にするとどうしようもなく、困ってしまう。覚えていてくれた。再び、ルシフェルと話が出来る。嬉しいという気持ちに、変化はない。なのに、戸惑いが湧き上がる。何を言えばいいのか、何を話せばいいのか、どうしたらいいのか気まずい沈黙を破ったのはルシフェルだった。
「女性として産まれていたのには、少し驚いたよ」
「俺よりも、小さな貴方が見れたのには、驚きました」
 思わず言い返してしまった、サンダルフォンはやらかしたと内心、思った。売り言葉ではない、ただの感想に対して買い言葉のような返答。どうにも、素直になれない。下唇を噛む。サンダルフォンの後悔に反して、ルシフェルはサンダルフォンの言葉にむっとした様子も抱かなければ悲しいとも思わない。そういえばとただ客観的に思うだけだった。人間として生まれても自分に無頓着だった。
「そうか。今は君の方が大きいのか」
「そう、ですよ」
 女性の平均身長よりもやや高いサンダルフォンに対して、ルシフェルはまだ成長期を向かえていない。周囲よりもやや小柄な程。
「でも」
 言葉を区切ったルシフェルは、サンダルフォンを引き寄せる。侮っていた。自分よりも小さいとはいえルシフェルは男なのだ。たたらを踏むことも出来ない。
「すぐに、追い越すよ。それまで、待ってて」
 熱っぽい声。サンダルフォンは目を丸くする。夕陽だけの所為ではない、染まった顔。ルシフェルは小さな笑みをこぼした。

2018/10/24
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