ピリオド

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「随分伸びましたね〜」
 体育を終えて乱れた髪を手櫛で直していたサンダルフォンに、ルリアが声を掛けた。癖毛のブルネット。サンダルフォンは目にかかる前髪を一つまみ、そろそろ切るかなとぼやく。
「サンダルフォンさんは何処で切っているんですか?」
「……どこ、と言われても風呂場だが」
「自分で切ってるんですか!?」
「あ、あぁ」
 ひどく驚いて、動転したように大きな声のルリアにサンダルフォンは怖気づいたように小さな返事になる。
「癖毛だから、自分で切って失敗したところで、そこまで分からないしな」
 サンダルフォンが言えばルリアはそういうものなんですか? なんて納得したようだった。その跡、稍あって、少し残念そうに、
「ロゼッタさんから、おすすめの美容室を聞いたので一緒に行きたいなって……」
 しょんぼりと肩を落としたルリアにサンダルフォンはなんだか、悪いことをした気分になる。
「……着いていくくらいなら」
 苦し紛れの言葉に、ルリアの顔色は華やぐ。今日の放課後はどうですか!? なんて言われてしまえば、サンダルフォンは頷いてしまう。放課後になって嬉しそうなルリアに手を引かれる。サンダルフォンにはなじみの無い駅前の繁華街。通る人は、目に痛いほどにキラキラとしているようで自分が場違いに思えて、帰りたくなる。けれど、喜色満面のルリアを前にて帰るなんて言えるはずもなく、サンダルフォンはため息を押し殺す。
「ここ、です!」
「今更だが、予約はしてるのか?」
「はい! ネット予約でばっちりです」
 楽しみにしていたのだろう、ルリアはずんずんと行ってしまうから、サンダルフォンは重い足取りであとを追う。洒落たデザインの店で、居た堪れなさに逃げ出したくなる。目に入るなにもかもがお洒落に見える。サンダルフォンを置いてけぼりに、ルリアはカウンターで女性スタッフと話している。サンダルフォンは付き添いなのだから、ここで待っていればいいのだろうかと、待合室のようなソファの端に座る。カウンターにいたルリアがひょっこりと、顔をのぞかせる。
「ちょっと早いですけど、すぐに切ってくれるみたいなので、待っててくださいね!」
「ああ。分かった」
 顔を引っ込めたルリアにサンダルフォンはどうしたものだろうと戸惑う。ちくちくと差すような視線を感じるのは、気の所為ではないはずだ。そんなに自分はおかしいのだろうかと、それまで全く以て自分の容姿を気にしたことがなかったサンダルフォンは途端に、気になってしまう。革靴の視線を落とす。クリーナーで磨いたばかりの革靴はぴかぴかと光っている。
 有線から流れる歌詞の分からない、異国の音楽。日常生活で嗅ぐことのないカラーリング剤の刺激臭。予約客がわくわくとした様子で、ヘアカタログを見ている。些細なシーンが、サンダルフォンにとっては初めてだった。
「戻ったよ」
「お帰りなさい、オーナー」
 オーナーとは随分若いのだなとサンダルフォンは入口を見る。紙袋を幾つも抱えていた人がちょっと動くだけで、爽やかな香りがした。
 ぱちん。
 オーナーと目が合う。澄んだ青い眼は、サンダルフォンの赤い眼と真逆だった。プラチナブロンドの癖が見れない髪も、性別も何もかもが真逆だ。
「きみは……」
 自分に、話しかけられているのだと気付いたけれど、サンダルフォンには見咎められる覚えはない。オーナーはじっと、サンダルフォンを見ている。逡巡。そうか、と一言だけ呟いたオーナーは荷物をスタッフに預けるとジャケットから名刺入れを取り出して、その中から一枚、サンダルフォンに差し出した。
「カットモデルになってくれないだろうか」
 ルシフェルと印字された名刺を受取ったサンダルフォンは不可解さに、目を細めて、男を見上げる。見た目麗しい。だからこそ、胡散臭くて受け取ってしまった名刺に、後悔した。受け取らなきゃよかった。面倒事に巻き込まれた気分になる。話し掛けられた今でさえ、針のむしろに座らされている思いがするのだ。カットモデルなんて、冗談ではない。
「おまたせしました、サンダルフォンさん」
 丁度良いタイミングだった。ルリアはその場の混沌とした空気に首を傾げる。サンダルフォンは安堵する。
「どうかしたんですか?」
「なんでもない、終わったんなら帰るぞ。悪いが、断るよ」
 サンダルフォンの中で、もうこの店には二度と来ないのだから、話は終わっていた。男に、つい受け取ってしまった名刺を返そうとすればその手を掴まれる。ぴっとりと、フィットするように手首を掴まれる。
「話は終わってない」
「だから、断ると言っているだろう」
 話についていけないルリアはおろおろとサンダルフォンとルシフェルを見比べる。
「お客様がいらっしゃるんですから、オーナーも、あなたも奥で話したらどうかしら?」
 にこやかな意見具申。ルシフェルは冷静さを取り戻したようだった。すまないと言うとこちらだと案内する。サンダルフォンはルリアを見る。ルリアは一緒にいましょうか、なんて頼りになることを言ってくれるけれど、サンダルフォンは断った。後ろ髪をひかれるようにサンダルフォンをちらちらと見るルリアに、サンダルフォンは大丈夫だと言う。
「あの子は、友人なのか?」
「ああ。カットモデルなら、ルリアの方が良いんじゃないか」
「私は、君が良いのだ」
「って、言われてもな……」
 サンダルフォンは髪に触れる。癖毛でブルネット。ありふれた髪質だ。特別にさらさらという訳でもないしツヤがあるわけでも無い。そろそろ切るか、なんて言ったけれどようやく肩に着くか程度の長さなのだ。ルリアのような美しく長い青髪のほうがカットモデルに相応しい。
「通っているヘアサロンは?」
「本業のあんたには悪いけどセルフカットだ」
「そうか」
 ルシフェルの喜色を含んだ声音に、サンダルフォンが気付く事は無い。
「なら、お試しで切ってみないか。それで、気に入ってくれたらカットモデル、とはどうだろう。勿論、料金なんていらない。こちらのお願いだからね」
 どうだろう。なんて畳み掛けるように言われて、それもサンダルフォンの財布事情を見通したように言われてしまってはサンダルフォンは頷く以外他にない。
「そうか」
 たったそれだけの返事は嬉しそうだった。だから、サンダルフォンはまあ、無料で切ってもらえて、こんなに喜んでくれるなら、まあ良いかななんて思ったのだ。

2018/09/12
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