ピリオド

  • since 12/06/19
 サンダルフォンはルシフェルによって造られた天司だ。先に造られた天司が完全な形で、成長を終えた形で造られるなかで、ルシファーの命令によって一切の責任を負う形でルシフェルが設計をして、指示をだし、幼体から生まれ、成長を望まれた。天司の成長は、研究者にとっても興味の対象であった。だから、渋々ではあったもののルシファーも許可を出した。まどろっこしさは感じたものの、ルシファー自身も少しだけ興味はあった。
「いい加減にしろ、ルシフェル」
 けれど、それは、予想外だった。
「何が、だろうか」
「それだ。それ」
 さっぱり分からないというように、ルシフェルは首を傾げた。ルシフェルの背中のまるっこいものも、真似をするように、ううと、唸っている。その様子に、ルシファーは怒鳴り散らそうとしたのをぐっと、飲みこんで、代わりにため息をこぼし、飲み込めきれない、怒りに震える声で、
「それ、を常に背負っているらしいな」
「サンダルフォンはまだ幼いだろう? 空の民はこのようにして、子どもの面倒をみると知り、参考にしたのだが」
「それはお前の子どもではないだろう」
「子どもと変わらない」
「なら、お前は俺の子どもになるわけだが」
「……」
 何故だまる。
「……それについて、声が上がっている」
 ルシフェルが驚いたような顔をするものだから、ルシファーも驚いた。なぜ、驚く。当然だろう。何も知らない天司たちにすれば、天司長が、突然、見知らぬ赤子を背負いながら顕れて、何の説明もなく、当然のように指示をして、そして戦闘行動をするのだから。むしろ今までよく黙って耐えてきたなとルシファーは彼らに、僅かばかりに感嘆した。ルシフェルに背負われたサンダルフォンは、我関せずというように、そもそも会話を理解していないようで、あうあうと言って手をばたつかせている。危ないよ、サンダルフォン。なんだその甘い声。ルシフェルがサンダルフォンを背中から降ろすと宝物を抱くように、両手で抱きかかえる。なんだ、その扱い方。そんな扱い方してるくせに、戦闘に連れて行くのか。矛盾してないか。
「彼らは、何と?」
「気が気でないらしい。まあ、アイツらの経験上、この幼体は未知の存在だからな。守るべきもの、という認識はあるらしいぞ」
 赤子は、守られるために、庇護欲をかきたてるため、か弱い姿をしている。彼らなりの、弱者としての知恵なのだろう。それは、星晶獣であっても適応されているらしい。ルシフェルはふむと考え込んでから、稍あって口を開いた。
「彼らの役割に支障をきたすのであれば、サンダルフォンは任務の際に置いて行く必要があるの、だろうか」
「ああ、そうしてやってくれ」
 俺からはもう何もない。やれやれと、ルシファーは執務用の椅子に座る。そして目の前の書類を片付けようと手を伸ばしたところで、ルシフェルがいまだに立ち退かないことに気付いて、怪訝に、眉をひそめた。
 目の前のルシフェルは目を閉じて、断腸の思いで、心底、仕方ないというように、ルシファーの腕にそっと、赤子を降ろした。きょとりと、まぁるい目が、ルシファーを見上げる。その目の純真さに、僅かに怯み、ずっしりとした重みに慌てて、抱き止めた。
「お、おい!!」
「それでは、少しの間、サンダルフォンを頼む。サンダルフォン、良い子でいるように」
「待て!! 俺は、一言だって了承していないぞ!?」
「ぅえ……」
 ルシファーの怒声、にも似た困惑の声に、手元の重みが反応する。赤ん坊に詳しくなくても、これから起こるであろう反応を、ルシファーは知っている。慌てて、ルシフェル、と切羽詰まって呼ぶも、既に、彼はいなくなっている。茫然と、中途半端に腰を上げて、立ち尽くす中で、腕の中から、どこに、そんな声量を持っていたのかというほどの、泣き声が上がる。基本的には、静まり返った研究所。何の為、という理由は省くが防音設備も整えられている。その施設内から響く泣き声に、同朋である研究者たちもなんだなんだと覗きに来る。そして、何時も以上に、ひっそりと、扉の隙間から、遠巻きにルシファーを見ている。鬱陶しい。わざわざ見にくるくらいなら代われ。思うものの、びいびいと泣く腕の中のサンダルフォンが思考の邪魔をする。おそらく、もう、どうして泣いているのかも分かっていない。ルシファーには、あやす、なんて考えはちっともない。その考えに至らない。だから、腕の中で泣き疲れたらしいサンダルフォンが、ずぴずぴと鼻を鳴らせてこてん、と落ちるまで中途半端な姿勢で立ち尽くすしかなかった。人の気も知らないで、穏やかに寝息を立てている。ルシファーは、やっと、生きた心地を取り戻す。どっと疲れて、椅子にもたれかかる。ローブがぐっしょりと濡れて不愉快だが、もう動くのも面倒くさい。これの面倒は、俺には見れない。
 だというのに、ルシフェルの中で、すっかり、ルシファーはサンダルフォンを預かってくれるという認識らしい。
 ルシフェルも、何も無責任にルシファーに預けたわけではない。ルシファーは殆どの天司の創造主であるのだから、サンダルフォンの面倒を見ることにも適しているだろうという、ルシフェルなりに真っ当な筋道を立てて、預けているのだ。ルシファーの納得も了承もないまま、すっかり、託児所扱いである。
 いつの間にか柔らかなマットが敷き詰められた床で、サンダルフォンがもくもくと遊んでいる。手にしている、色鮮やかなブロックは、同朋が造った「知育遊具」というものらしい。製作者は、労働時間外に、自主的に、この幼獣のために、造ったらしい。ナンセンスなことだ、と呆れたものの、遊び方が正しいのかは分からないが、サンダルフォンは気に入っているらしく、手にしている間は静かだった。それを視界の隅にいれながら、積み重なった書類を手にした。
 ふっと、集中しすぎたことに気付き、視界から消えたサンダルフォンを慌てて探す。サンダルフォンはころころと転がって、寝息を立てている。ほっと、安堵して、抱きかかえ、これまた同朋が何時の間に造って設置したのか分からないベビーベッドに寝かせる。同朋たちは随分とまあ、この幼獣を可愛がっているようだ。
「……まあ、俺も人のことを言えんな」
 あんなにもルシフェルに対して厳しく言ったというのに。いや厳しくはないな。当然のことを言っただけだ。戦闘にまで連れ出す馬鹿はどこにいる。怪我をしたらどうするというのだ。
 まろい頬を突きながら浮かべるルシファーの表情はあまりにも穏やかであったが、誰にも見られることはなく、そしてルシファー自身も気づくことはなかった。

そこはネバーランド

 泣き啜る声が、何処からか聞こえた。その声は、徹夜続きのルシファーの神経を刺激する。研究所内で、このような泣き方をするのはただ一人、ルシフェルがつくった「アレ」だけだった。
「なにをしている」
 研究施設の長い廊下の片隅。サンダルフォンは膝を抱え、うずくまっていた。
「おい」
 ルシファーの、苛立ちが顕わになった声に、顔があがる。ルシファーは子どもなんて訳が分からない生き物は得意ではない。子どもなんて、理性はない。行動基準は、獣と変わらない。ルシフェルが幼年体から造り上げたことが理解出来なかった。長く、サンダルフォンと時間を共にすごしてなお、理解出来ない。
「こんなところで、なにをしていた」
「るしふぇるさま……」
「ルシフェルはいない」
 また、泣きだすサンダルフォンにルシファーは苛立ち、手を上げようして、その手を降ろす。これを、ルシフェルはどうしてだか、甚く気に入っている。あれの不興を買うことは得策ではない。
「おい」
 声を掛ける。すんすんと鼻を鳴らしながらサンダルフォンは立ち上がると、ルシファーの隣を歩きだす。それから、ルシファーの手を握る。あまりにも当たり前のように握られて、ルシファーは僅かに驚いた。驚いた顔をしたルシファーにサンダルフォンが不思議そうな目を向ける。サンダルフォンにとって、手をつなぐのは当たり前なのだ。ただルシファーは、サンダルフォンの小さな歩幅に合わせるような細かな気遣いなんて持ち合わせていない。引き摺るようになる。加えて、泣き疲れたサンダルフォンの足元はおぼつかない。それでいてなお、手はつないだままで、ちっとも進まない歩みに仕方なく、ルシファーはサンダルフォンの脇に手を入れて、抱き上げる。どうして俺がこれの面倒をみなければならないのかと未だ納得はしきれておらず、沸々と怒りがわく。そんな様子も夢現なサンダルフォンは気付かない。もぞもぞとルシファーの肩口に頭を押し付ける。
「おい、鼻をつけるなよ」
「んん」
 収まりのいい場所をみつけたのか、ぷうぷうと寝息を立てるそれにため息を落とした。

ネバーランドの番人


 柔らかなマットが敷き詰められた床の上で、遊び疲れたらしい、くうくうと寝息を立てるサンダルフォンが転がっている。何日目かの徹夜で仕上げた研究のまとめを机に広げたルシファーは立ち上がるなり、おもむろに、そのふっくらと浮き出た腹に顔を埋めて、深く、息を吸い込んだ。乳臭い。星晶獣に飲食は不要であるために、本来であるならば、そのような香りはしないはずだった。なのに、赤ん坊らしい香りがする。すんと吸い込み、吐き出す。甘い香りだった。決して、不快な気持ちはしない。子どもらしい体温は、体温の低いルシファーにはちょうど良い。ルシファーが目を閉じれば、すっと深いところに意識が落ちていく。
 ルシファーの執務室において、よく見られる光景が広がる。
 くうくうと寝息を立てる姿はすっかりありふれた光景になっていた。サンダルフォンはルシファーに対して心を許しているし、ルシファーも対外的にはサンダルフォンについて興味がないように振る舞っているものの、その対応は随分と甘い。
「ルシフェルさま!!」
 ぱたぱたと駆け寄ったサンダルフォンを、ルシフェルは抱き止めてそれから、勢いのままにくるりと回った。ふふふと笑って、癖のある髪に顔を埋める。くすぐったいのか、サンダルフォンも笑う。ルシフェルが研究所に立ち寄ったのは随分と久しぶりのことだった。その時、サンダルフォンはまだ自力で立ち上がることもできない、今よりも幼い姿だった。それが、こんなにも大きくなって……と感慨深く思うと同時に、そのプロセスを見ることが出来なかったという寂しさを覚える。
「サンダルフォン、大きくなったね」
「はい!! 俺も、はやく、ルシフェルさまのお役に立てるようになりたいんです」
「サンダルフォン。慌てることはないよ」
「……はい」
 しょぼくれたサンダルフォンに、良い子だねと頭を撫でながら、はてと、ルシフェルは首を傾げる。僅かな違和感。逡巡し、気づく。サンダルフォンは「俺」と呼称していた。ルシフェルの知る限り、サンダルフォンの近くでその呼称を使うのは僅かどころか、たった一人だ。随分と、ルシファーの影響を受けているようだった。その影響が、悪しきものか、良きものかはまだ分からない。けれど、今目の前にいるサンダルフォンは少なくとも、健やかである。
 何も問題はないと自身に言い聞かせながらサンダルフォンをおろし、友であり、創造主であるルシファーと向き合う。一通りの茶番を見ていたルシファーはつまらなさそうにしていた。サンダルフォンは降ろされてから、ルシファーの後に控えてルシフェルを見上げていた。その熱視線をうけながら、ルシフェルはルシファーと今後について話し合う。なんてことはない。各地の状況についてのことだった。サンダルフォンには詳細は知らされていないため、会話の内容については理解できない。それでも、邪魔をすることはなく、静かに控えていた。
「──それでは、任せたぞ」
「承知した」
 会話を終えると、ルシフェルはサンダルフォンに視線を落とした。サンダルフォンはにっこりと笑みを浮かべ、
「ルシフェルさま、また来てくださいね!!」「んっふ」
 笑顔のまま、ぴしりと、ルシフェルが固まる。ルシファーは笑いを堪えようと必死に、肩を震わせた。サンダルフォンはどうしたのだろうかと、不安げにルシファーを見上げる。ふひっと、再び、かみ殺し切れない笑いをこぼしたルシファーは、それでも、お前は気にする事は無いと、サンダルフォンの柔らかなつむじを撫でまわす。それから、突き刺すような殺気に肌が粟立ち、原因をみて、とうとう耐え切れずに笑ってしまう。
「……友よ」
「さっさと、戻ったらどうだ、ルシフェル、っふ……」
 恨みがましく、ルシファーを見るルシフェルに、サンダルフォンはまた手を振る。ルシフェルさまはお忙しいのだから、引き留めてはいけないし余計なことをいってはいけない。幼い姿をしているとはいえ、天司であり麾下でもある。サンダルフォンの、小さな自尊心だった。本当は、もっとお話ししたいことがあったし、聞きたいことだってあったけれど、ルシフェルさまに迷惑をかけてはならない。こうしてお見送りが出来るのだからと自分に言い聞かせて、ルシファーのローブをぎゅっと掴む。その手を解かせたルシファー、自身の手を掴ませる。ルシフェルは、その手を握らないて欲しいと思ったけれど、サンダルフォンにとっては、ルシファーと手をつなぐのは日常だったのだから、知る由もない。
「ぅく」
「ルシファーさま?」
「っふ……んん……なんでもない。どうした? ルシフェル」
「いや、何も。サンダルフォン、息災で」
「はい! ルシフェルさまもお気をつけて」
 サンダルフォンには笑顔を向けて、ルシファーには、無自覚のまま恨みがましい視線を向けたルシフェルに、たまらずルシファーは声をあげて笑ってしまった。

ネバーランドの子どもだった頃


 サンダルフォンは、星晶獣である。赤子であっても、記憶は残っている。だから、くうくうと眠るヤイアを背負うオイゲンを見て、思い出してしまった。 寝ちゃいましたね、ヤイアちゃん。 もう遅いもんね。 そう言いながらつんつんと、蒼の少女がまろい頬をつついて、くすくすと笑っている。 オイゲンはお父さん、いや、お爺ちゃんだね。 団長が笑って言う。 お爺ちゃん? 渋い顔をしたオイゲンだが、年頃的には納得しているらしい。娘は難しいだろういうことは、わかっているようだった。俺にとって、あの人は、そういう存在だったのだろうと、不意に想像した。
 サンダルフォン、どうかしたの? なんでもないさ。 なにか良い物でも見つけた? ああ、そうだな……うん、見つけたよ。 そっか。今度、教えてね。 気が向いたら、な。

ネバーランドはどこにもない



2018/06/21
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