ピリオド

  • since 12/06/19
 きょろりと周囲を見渡し、視線を彷徨わせているルシフェルに、サンダルフォンならキッチンにいたよと、特異点が教える。ルシフェルは、自身が問いかけるよりも早く口を開き、且つ聞こうとしていたことを正確に答えた特異点に、僅かに驚いた顔を見せる。しかし、ルシフェルの感情は分かり辛い。驚いたといっても、本人は浮かべているとは思っていても、表情からは読み取ることは出来ない。なので特異点は予想をしたにすぎない。伊達に多種多様な人種と複雑な過去をもち、不思議な組織に属しているような団員をまとめあげる団長ではないし、あらゆる事情に巻き込まれてきた訳ではないのだ。観察眼、と呼ばれる程大それたものではないと自負しているけれど、現状、役に立っている。
「だって、ルシフェルが探しているのはサンダルフォン以外いないじゃない」
 そうだったろうか。ルシフェルは、自身の行動を顧みるも、その言葉はあてはまらないように思う。特異点はその様子を苦く笑った。サンダルフォンは感情豊かであるのに対して、ルシフェルは疎いにも程があるようだった。感謝すると言ったルシフェルの背を見送り、頬を掻く。特異点は多くの経験を積んできたとはいえ、まだ大人とはいえない。大人には大人の事情があるとわかっている、大人のことを知っているちょっと大人びた子どもである。だけど、天司は大人といえるのかと疑問を抱くのだ。
「サンダルフォン、珈琲を淹れてくれませんか? ビィさまにお持ちしたいのです」
「……わかったから、手を引くな、引っ張るな。おい、聞いているのか!?」
 キッチンにいたサンダルフォンに声を掛けようとして、ルシフェルは躊躇う。そっと入口から覗くと、ルシオはきらきらとした満面の笑みを浮かべて、サンダルフォンの手に触れている。そしてサンダルフォンは嫌がっているものの、その腕を振り払おうとはしない。しようと思えば、出来るはずなのに。
 ルシフェルが復活を果たすまで、サンダルフォンの背中を預かってきたのはルシオだった。戦闘の相性が良いのか、特異点による編成で最も組み合わされることが多かった。当初はその顔立ちのこともあり、警戒をされていたけれど、接してみると全く違うものだから、サンダルフォンはこれはこういう生き物と思いながら接するようにした。そして、まあ珈琲を淹れてやっても良いと思えるほどには認めるようになったのだ。
 ルシフェルは自身の胸に手を当てて、首を傾げた。軋むような痛みを覚えたものの、コアに異常はない。肉体にも異変はない。蘇ったときに、散々、サンダルフォンに確認をされた通り、どこにも、不具合はない。
 サンダルフォンの世界はかなしいほどに小さなものだった。研究所では唯一、ルシフェルから伝え聞くことだけで完成された世界。そして二千年の孤独を終え、約束のためだけに生きてきた。その約束を果たした、孤独の果てに、サンダルフォンに友が出来ることは喜びであるはずで、嬉しいと思うはずだった。彼の世界が広がることは、嬉しいはずなのだ。ルシフェルがみてきた、美しいと思った空の世界を、少しでも知ってほしいと思っていた。
 今、目前には願った光景がある。なのに、それを喜ばしく思えない自身を、恥じた。
「おい、どうかしたのか」
「……サンダルフォン?」
 いつの間にか、ルシオの手を振り払ったサンダルフォンがずいぶんと焦った顔をして見上げている。その横をルシオがため息をついて、後でもらいに来ますからねと、念を押して通り過ぎていく。ルシフェルは胸がすっと晴れた。何故だろうと、首を傾げる。その様子を見てサンダルフォンは悪い方へ、悪い方へと考えていく。矢張り、顕現の際に不備があったのではないかと、俺は何か失敗をしたのではないかと、常々にサンダルフォンの胸に巣食う不安が芽を出す。ルシフェルは目を細めてサンダルフォンを見下ろす。かつて、役割がないゆえに、天司長ではなく、ルシフェルという存在を慕う姿に、対等であると思った。その姿に安寧を抱いた。けれど、それは独り善がりのものであると知らしめられた。彼と対等であるために、打ち明ける。抱いたものの形はわからないけれど、美しいものではない。それすらも、打ち明ける。対等であるとは、そういうものだと、教えられた。悲しい擦れ違いを、もう二度と、繰り返しはしない。
「教えてほしいことがある」
「俺があなたに教えることなんてないだろう?」
「そんなことはない、私は君から多くを学んでいる」
「どうだろうな……。それで何を聞きたいんだ?」
「サンダルフォンを見ていると、胸が痛くなる」
 さっとサンダルフォンの顔から血の気が引き、蒼を通り越して真っ白になる。今にも倒れそうな、憐れなほどのサンダルフォンの腰に手を回し体を支える。その手を拒絶する気力もないほどに、ルシフェルの言葉一つで憔悴しきっていた。
「けれど、きみが傍にいないと不安になる」
 空いている片手を伸ばし、青褪めた頬を撫でる。
「きみの声が好きだというのに、その声で私以外の名を呼ばれると、酷く、嫌な気分になる」
 淡く薄く色付いた唇が、わなわなと震えている。目じりに赤みが差して、瞳に薄い膜が張られている。
「サンダルフォン、私は、どうしたらいい? これは……この感情は、いったい、どのように呼ばれるものなのだろうか」
 教えてほしいと、真摯に乞うルシフェルにサンダルフォンは眩暈を覚えた。

2018/05/24
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -