ピリオド

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 俺が騎空艇をうろついてたら気も休まらないだろう、なんて尤もらしい言い訳をしてサンダルフォンは与えられている部屋へと引き籠る。当初こそ、引き籠るサンダルフォンを見張るためか、あるいは言葉通りに心配してのことなのかひっきりなしに様子を見に来ていた団員──特に特異点や蒼の少女であったが、今では姿を見せなくなった。サンダルフォンを見限ったのではない。団員たちなりに、空気をよんだらしい。サンダルフォンはそんな空気なんて無いだろう!!と声を大にして言いたいが彼等とはそこまで親しくない。
 サンダルフォンは眠らない。眠る、という行動は理解しているが必要としていない。窓越しに映る星空を眺めながらぼうと時間が過ぎ去るのを待つだけだった。研究所と変わらない。ただ、コンコン、と扉を叩く音を無視すればどうするのだろうかと考えたことは、一度や二度ではない。もっとも、実行したことはなかった。立ち上がり扉を開けるなり、「また、来たんですか……」と言いいながらサンダルフォンはうんざり、というよりも困惑を浮かべる。対するルシフェルは申し訳なさそうな顔をしながらも退くつもりは毛頭にない。何度も何度も繰りかえしたものだから、サンダルフォンもすっかり呆れて受け入れざるを得ない。諦めの境地である。サンダルフォンはどうぞ、とも言わずに扉を開ける。ルシフェルは当たり前みたいに、部屋に入っていく。サンダルフォンは溜息を押し殺して扉を閉めた。
 騎空艇で与えられた部屋には備え付け以外の家具以外の調度品は何もない。それが、ルシフェルには少しばかり寂しく思えてしまう。
 どうぞ、とルシフェルに唯一の椅子をすすめると、自分は寝台の端に腰掛けたサンダルフォンは詰まらなさそうに言った。

「今日も報告すべきことはありません。今更特異点や蒼の少女に危害を加える気なんてない……そもそも災厄を引き起こす力が無いのはあなたが承知しているでしょう?」
「そんなことを懸念しているわけではない」

 ルシフェルの言葉に、どうだか、とサンダルフォンは鼻で笑ってしまう。内心で、である。そもそもサンダルフォンにはルシフェルの行動が理解できない。天司長であるルシフェルならば、態々顕現して部屋を訪ねることなく、サンダルフォンの近況どころか特異点の状況をリアルタイムで観測できる。
 カナンの神殿で奇襲を受けたものの、特異点が介入したことにより損害は皆無である。ただカナンの地は損害を受けたらしく、サンダルフォンは強制的に起こされ、特異点預かりとなった次第である。自分のあずかり知らぬところでルシフェルが奇襲を受けたことも、それを助けたのが特異点であることもなにもかも、サンダルフォンは置いてけぼりになったような気持ちで知らされた。その場にサンダルフォンが居たところで、何もできなかったことは明らかだ。それに、裏切っておきながら世界を壊そうとしておきながら、今更何をしようというのかと自分でも訳の分からない怒りのような悲しみのようなものが湧き上がって、消化できない。消化できないうちに、ルシフェルが訪れてくるものだからサンダルフォンはもう何が何だか訳が分からない。
 狭い部屋だ。生活するうえで不満はないが、ルシフェルが訪れて来ると窮屈で、息苦しく感じる。

「この時間に意味はあるんですか」

 サンダルフォンは、自分の声が震えていることに気づいた。今更──嫌われようが、憎まれようがどうだって良いと思っていたくせに、怖気付いた。怖気付く自分は、まだ、期待をしている。願っている。なんて、惨めなんだろう。情けなさで、悲しくなる。

「……また来るよ」

 期待させないで欲しい。だというのに、その言葉を嬉しがる自分をサンダルフォンは無視できなかった。信用されていないだけ。見張られているだけ。言い聞かせなければ、嬉しい期待を勝手にしてしまう。それで、勝手に裏切られた気持ちになるのは二度と御免だった。
 もう二度と来ないで欲しい。見捨てて欲しい。なのに、また来るよという言葉がどうしようもなく、嬉しい。刷り込みだ。ルシフェルを否定する頭と、ルシフェルを求める心が反発する。信じたい。そもそも裏切ったのは俺なのに。裏切ったのはルシフェルだ。あの御方は裏切ってなんかない。ぐるぐると堂々巡りをする思考に、結論は出ない。サンダルフォンを苛ませる。

「──……もう、来ないでください」

 口に出ていた。口にしてみれば呆気なく、滑り落ちていた。震えもなく、するりと音が乗ったから、サンダルフォンが動揺してしまう。視線が揺らぐのを前にして、ルシフェルは困ったような顔を浮かべて言った。

「すまない。サンダルフォン、それは聞けない。また、来るよ」
「どうしてですか。もう、来ないでください。お願いします、苦しいんです、あなたといると。おめおめと生きている自分が惨めでたまらない。あなただって、気分が悪いでしょう、俺みたいな不良品、さっさと廃棄してしまえば」
「サンダルフォン、お願いだから、それ以上は言わないでくれ」
「……お願いなんて言わないで、命令をすればいいでしょう?」
「私は君に対して命令はしない」
「俺が、役割を果たさない天司だから?」
「ちがう」
「ならそんなのは麾下ではないということですか?」
「ちがう!!」

 声を荒げるルシフェルにサンダルフォンの肩がびくりと震える。ルシフェル自身も、自分が大きな声を出したことに驚いた様子を見せる。途端、サンダルフォンに申し訳ない顔向けて、すまない、と口にするからサンダルフォンは口惜しくなる。謝る必要なんて、無い。

「ならどうして……」
「ただ、きみに会いたいからだ。それだけだ。私の、我儘だ」

 すまない、また来るよ。そう言ってルシフェルはサンダルフォンを残して去って行った。部屋に残されたサンダルフォンは戸惑うしかない。ルシフェルのいなくなった部屋は広々として、どこか淋しい。


Title:エナメル
2024.01.15
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