ピリオド

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 サンダルフォンはルシファーが作った最後の天司だ。それも最高評議会の目を掻い潜り、自らの私利私欲のためにと作った存在が、サンダルフォンである。つまり、サンダルフォンはルシファーの趣味の塊である。その結果として最高傑作に等しい容量の、一般天司というにはあり得ないスペックの天司が出来上がってしまったのはご愛敬である。天才が趣味に走るとこうなるのだ。仕方がない。
 出来上がったそれは、最高傑作程ではないにしても、ルシファーにとっては満足な出来であった。思うがままに自らの技術と最新の研究成果を出し惜しみなく注いだ結果の作品は、中々の出来である。何より「ルシファーさま」とひな鳥よろしくついて回る姿は、ルシファーに癒しを与えた。なんせルシファーの被造物たちは性能こそ完璧であるのだがどこか癖が強い。ルシファーにはさっぱり理由がわからない。長年の疑問であるのだが、解決は必要としていない。なんせ彼等の能力に関しては何一つとして問題がないので。
 閑話休題。
 突如として現れ、研究所所長の隣をちょこまかと動いて回る見知らぬ天司の存在に、研究所は騒然となったものの誰も本人に聞くことは出来ないでいた。所長にきやすく世間話なんて出来やしない。そもそも研究結果の報告ですらも神経をすり減らしているのだ。踏み込んだ話なんて出来るわけがない。であるならば張本人の片方である天司に聞くのが手っ取り早い。なんせ天司である。片や我らは研究者。星の民である。立場は上だ。ところがどっこい、話掛けようにもその張本人は常に所長にべったりであるのだから聞くタイミングなんて無い。他の天司に比べたら殊勝な振る舞いで、邪魔をするわけでもない。だから、邪険に扱うこともできない存在に、研究者たちは悶々としていた。
 そんな存在について、所長補佐官のベリアルですら何も聞いていなかったのだ。見かけたときには心底、驚いたものである。意味が分からずに戸惑った。

「ちょっとファーさん! 誰だよ、その天司!」

 言いながらベリアルは、浮気男に詰め寄る面倒臭い女みたいだ、なんてことを考えていた。想像しておきながら割と合っているので余計におかしくて仕方ない。箸が転がっても愉快でならない年頃である。現状が愉快でならないのだ。自らを特権階級だと思い込んでいる研究者達がたった一体の天司におっかなびっくりと戸惑っているのだ。だというのに、そんな研究所の雰囲気を目の前の一人と一体は一向に気にした素振りはない。
 書類をさばくルシファーはベリアルの問いかけに顔を上げてああ、と思い出したように首肯した。

「サンダルフォンだ、作った」
「事後報告じゃなくて……ていうか、作った? ファーさんが?」

 ベリアルはぎょっと、サンダルフォンと呼ばれた天司を見る。ルシファーのすぐ近くに控えている天司だ。
 サンダルフォンは稼働して間もないらしく、未だ甘い香りがする天司だった。何も知らない無知で無垢な瞳は赤々と輝いている。純真さにむずむずとちょっかいをかけたくなってしまうが、今はぐっと堪える。後で遊ぼうなと視線をやれば不思議そうな顔で見詰められた。
 しかし、純粋な疑問は湧きおこる。

「今さらなんで? そもそも役割はあるのかい?」

 天司長ルシフェルを支えるための機構として、麾下の天司に不備はない。そして同時に、ルシファーによる終末計画のための手足となる堕天司にも、不足はない。つまるところ、新規の天司は不用であるのだ。内通者として、だとしても不備がないところに無理矢理つっこんだところで情報は持ってこないだろうし、場をかき乱せるほどに機構の中枢に食い込むことも難しい。──だというのに作ったというのだ。何か、意味があるのかと思わざるを得ない。
 ベリアルがついと口にした疑問にルシファーは答えない。答えるべき言葉がなかった。なんせ、意味はなかったのだ。サンダルフォンに意味はない。今までルシファーが手掛けた研究にはすべて意味がある。天司にも、何もかも役割があって、それらはすべてルシファーの計画の一つだ。けれども、殊、サンダルフォンに限っては何もない。それだけだった。ただ、作りたかったから作ったにすぎないのだ。けれども無意味な存在であることを口にするのは、憚られた。
 ベリアルはなんの言葉も返ってこないことに、やれやれと肩をすくめて所長室を去っていった。
 サンダルフォンは不思議そうに、去って行った姿を見送っていた。
 サンダルフォンの仕草は幼い。知能には制限を掛けていなかったんだがなとルシファーが幾度も確認をして、さらにサンダルフォンのコアの状態を検分する程度に、幼いのだ。コアが正常であることを確認し、知能の検査もしてやっと、これはサンダルフォンの人格なのだろうと自身を納得させた。役割を与えずに作ったためか、と推察をする。これはこれで面白い結果だとサンダルフォンを見れば、サンダルフォンは視線に気づくとにこにこ顔でルシファーを見詰めてくるものだから、ルシファーは毒気を抜かれてしまう。そして同時にちょっと面倒臭いな、と思ってしまうのだ。この存在をルシフェルに追及されたらどうしたものか、と思案する。ベリアルのように察してくれたら悩まずに済むのだが生憎と創造主であるからこそ、ルシフェルの妙な頑固さを理解していた。

「俺にも役割があるんですか?」

 ルシファーはサンダルフォンの声に、どきりと心臓が跳ね上がったような感覚を覚えた。痛いところを突かれた、と苦い気持ちで、ベリアルを恨む。恨まれたベリアルはといえば研究所の敷地内で相も変わらず蟻の観察をしていたサリエルを何が面白いのか、時間も忘れて見詰めていた。

「──お前の役割は、」

 サンダルフォンは微睡みから浮き上がるような感覚で、ルシファーの声に耳を傾ける。サンダルフォンは稼働して間もない。ルシファーに命じられたわけではないが、疎まれることもないためにその後ろを辿っている。自身に向けられる視線に気付いていないわけではないが、ルシファーが特別な反応を示すことも無いので反応していない。ただ、それだけのことだった。その中で、初めて疑問を口にした。天司には役割がある、ということは耳に入っていた。けれども役割は未だ教えられていない。あるいは、目覚めた瞬間に自身に与えられた役割というものを理解するのかもしれないが、サンダルフォンの知識には入っていなかった。不具合なのかもしれないが確認をする術もない。どうやらコアにも異常はないときたら、と考えていたところでの役割についての話が飛び出してきたものだから、これ幸いと問いかける。ただ、これは口にしてはならなかったのかもしれないと気づいたのはルシファーが言い淀んだからだ。いつだって有無をはっきりとさせたルシファーが躊躇った。だからサンダルフォンは問いかけを撤回しようとした。なんでもないです、と言おうとした。

「天司長ルシフェルのスペアだ」
「……え?」

 言い切った後のルシファーはどこか気まずげに、それでいて、もう二度とは口にしないとばかりに口をつぐんだ。サンダルフォンは戸惑う。ルシファーもまた、戸惑った。

──スペアってなんだ!? ルシフェルは最高傑作だぞ!! そんなルシフェルにスペアは最も不用な存在だろ。そもそも一般天司に比べたら優秀とはいえサンダルフォンに天司長相応のスペックはない。

 そこでルシファーははっとする。これだ、と名案とばかりに閃いたのだ。

「スペアといっても、ルシフェルが機能不全に陥るような状況はない。お前が役割を果たすことはない。お前はそこにいるだけでいい」

 ルシファーの言葉にサンダルフォンは今までと変わらないな、と思いながらおずおずと首肯した。こうしてサンダルフォンは意味もなく研究所に居座る権利を得たのだ。

Title:馬鹿の生まれ変わり
2024/01/01
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