生きている理由だとか、ここがどこで、なぜ閉じ込められているのだとか。沸き起こる疑問は、とうに尽きた。いつ、尽きたのかも分からない。カルナは思考を停止して、ただ、無意味に生きている。
あるいは、生かされている。
生きたいと願うことも、死にたいと切望することもない。ただ、与えられるままに心臓を鼓動させ、呼吸を繰り返しているだけ。
カルナの意思はどこにもない。
敬愛する父から賜った黄金の鎧も、武人たらしめていた気高い誇りも、何もかも。カルナを形成する全てが零れ落ちて行った。寝台に横たわるその実は、かぼそい、ただの人である。
カルナは武人である。武人であった。
最早、見る影は無い。
痩せぎすの、肉の削げた体。柔らかな寝台の上から動くこともままならないほどの脆弱な肉体。骨と皮。天井を見つめるガラス玉はここではないどこかへ思いを馳せている。
ふと、痩せこけた頬に触れられた熱に、カルナは空を見つめるのをやめた。触れられるまで、気配に気づくことができない。今のカルナの生命を手折ることは、容易い。
カルナはゆらりと、緩慢な仕草で熱源を辿る。
「ああ─……、お前か」
かすれた、細い声。僅かな親愛が込められた声。
見上げた人影に、カルナは笑みを浮かべて歓迎を示した。よくよく見なければ気付くことのできない、ささやかな笑み。触れられていた温もりが離れると、少しばかり、寒さを感じた。
ぼうっとした様子のカルナが口を開く。
「仕事はどうした? また、任せてきたのか」
相変わらず、仕方のないやつだ。気が小さい癖に、どうしようもない、大きすぎる自尊心にあふれて、恩着せがましい。矮小で、小物。──なんて、人間らしい、優しい存在なのだろう。カルナは、彼に触れられて、からっぽだった身が満たされていくように思えた。彼の期待がカルナの力であり、彼との絆はカルナの誇りである。彼に応えようとも、カルナの意思であっても動くことのままならない肉体。落ちかける瞼に逆らうこともできない。微睡むカルナの冷ややかな頬を暖かな指先がおそるおそると触れた。
「ドゥリーヨダナ、どうかしたのか」
荒々しく頬が弾かれる。叩かれた頬は、火を帯びたような熱を持った。叩かれたことに対して、カルナは反応を示さない。粛々と、暴力を受け容れる。悲しいとも、思う事は無く、理不尽だと怒りが湧くことも無い。機嫌が悪かったのだろう。あるいは、また自分の言葉に腹を立てたのだろうと思うしかなかった。言葉が少ない上に感情を表すことも不得手な性格だと自覚していた。
「……すまない、どうにも体が重くて、な」
「私の、名を呼べ」
「あんずるな、オレはお前のためにたたかえる」
「思い出せ」
「このぶは、おまえとの。友じょうと共にある」
「名前を、呼んでくれ──カルナ」
「またあした……ドゥリーヨダナ」
ドゥリーヨダナ――――アルジュナは死んだように眠っているカルナの横に佇み幾度とない絶望を見る。この絶望はきっと、アルジュナの死を望んでいる。
彼の求めたカルナは死んだ。
彼が求めた美しい英雄はどこにもいない。
ただただ、茫然としたまま、かつての英雄の亡骸に、勝手に失望して、絶望するのだ。
「カルナ」
誰にぶつけたところで無意味で、どうすることも出来ない感情が、アルジュナを掻き立てる。
2016/01/25