ピリオド

  • since 12/06/19
「お帰りなさいませ、ルシファー様」

 待っているように、と命じたのは自分だった。忘れていない。だからこそ、普段は睡眠のためにすらも利用しない自室へと足を運んだのだ。だというのに、扉を開けるなり、自室というプライベートな閉鎖空間にサンダルフォンがいる光景に、出迎えの言葉に、一瞬ばかり、都合の良い夢を見ているのではないか? などと思ってしまった。現実にしては幸せが過ぎていた。サンダルフォンが、ルシファー様? と不安そうに、心配そうに声を掛けて来てやっと、これが都合の良すぎる現実なのだと実感をする。頬が緩みそうになるのを噛んで耐える。
「ただいま」と応えるべきであることは分かっていても、その言葉が口から出ることはなかった。口に馴染みのない言葉だった。気恥ずかしかった。だから、あぁ。という気の抜けた、詰まらない言葉が口から出ていた。サンダルフォンは気にした素振りを見せない。その反応に、少しだけ傷ついた自分がいた。どうやら、思っていた以上に、サンダルフォンに惚れ込んでいたらしい。
 自室は半ば物置と化している。研究室に入りきらなかった書籍や論文が積まれている。人を招くに相応しい部屋ではない、ということは理解していた。サンダルフォンは物珍しそうに、書籍の表紙を眺めていた。その姿に、違和感の正体を確信した。

「鎧はどうした」
「ルシファー様の側近の方に、私室に鎧を着ていくのは不敬だと忠告をされまして」
「側近?」
「短い黒髪の男性です」

 よく一緒にいらっしゃるでしょう? サンダルフォンの言葉に、思い当たる人物はひとりだけいた。ベリアルだ。思い当たった存在に内心で舌打ちをする。
 報告のために、顔を合わせたとき、爪を見られた。深爪ギリギリに短く切って、やすりで整えた。普段はとても、容姿にかまけていない。切ったとしても、整えることはまずない。そんな爪を見て、ベリアルはといえば、にやにや顔で、頑張ってね、と余計なことを口にして去って行ったのだ。その後で、サンダルフォンと会ったのだろう。
 偶然なのか、その言葉をサンダルフォンに掛けるだけの行動力を見せたのか、呆れて、嘆息を吐き出せば、サンダルフォンは、そわそわとし出す。大方──鎧はつけるべきだったのだろうか、何か不敬なことをしてしまったのかと、勘違いをしているに違いない。ぐるぐると考え込むサンダルフォンを制する。お前に対してじゃない。声を掛けてやればほっと、微笑を浮かべる。その笑みが、自分にだけ向けられている、自分が不安の原因であるのあと思うと、じわじわと浮足立つものを感じた。
 長く生きているために、好奇心で、行為に及んだことはある。それでもここまで気持ちが昂ることはなかった。
 タイミングが分からないまま、手を伸ばす。サンダルフォンは嫌がることなく、受け容れていた。
──どうしてこんなに広いんだか。と使用することも殆どなかった寝台は二人でならそこそこに狭く、触れ合うにはお誂え向きだった。
 口づけの合間の息継ぎを教えたのは、自分だった。それでも、サンダルフォンは下手で、いつもへとへとになっている。それでも天司かと思う反面、いじらしく思えた。どうにも、サンダルフォンへの好意を自覚してから、贔屓が過ぎている。

「脱ぎましょうか」

 サンダルフォンの言葉に、思わず笑ってしまった。情緒の欠片もない。誰に似たのか、と考えて、止めた。
 寝台に押し倒したサンダルフォンの表情には、不安が浮かんでいる。けれど、今更、ここにきて止めることは出来ない。精一杯に、慰めるように、声を掛ける。

「酷いようにはしない」

 サンダルフォンの表情は晴れなかった。
 インナーの上から触れる。薄く、けれども筋肉のついたしなやかな体だということは、記録として認識していた。検査からも、記憶していた。けれど、意図して触れると、堪らないものがある。

「……っふ」

 首筋から胸、さらにその下、脇腹に触れたあたりで、サンダルフォンが声を漏らした。顔を見れば、真っ赤にして声を我慢しようと、抑えようと、手の甲を口に当てている。涙目で見詰められる。いじらしいその姿に、頭の中がぐつぐつと滾るような興奮を覚える。乱暴に、ひん剥いてしまいたい。欲望を、理性で押さえつける。
 無理矢理ならば、簡単なことだ。命じればいい。俺が命じればサンダルフォンは拒絶できない。けれども、それでは、意味がないことはとっくに、承知していた。
 脇腹に触れていた手がさらに降りる。とうとう、下半身に触れる。薄い腹を撫でる。臍のくぼみに触れると、腹筋が震えた。それから、その下に、触れて、

「……は?」

 思わず、声に出していた。
 全く、予想だにしていない感触だった。
 体を起こし、サンダルフォンを見る。サンダルフォンは、きょとりとしていた。そんなサンダルフォンを気に掛ける余裕もない。何処からどう見ても、男の形である。ならば、なぜ──。

「触れるぞ」
「はい」

 自身でも、接し方が研究者のそれであると自覚があった。サンダルフォンに一応の断りを入れたものの、サンダルフォンの返事も殆ど聞かずに、再び下半身に触れた。急所ともいえる、股間部分。間違えることはない。あるべきはずの性器が無い。男性器どころか、あったら戸惑いを覚えてしまう女性器すらない。つるりと、なだらかな曲線が描かれているだけだった。
──どういうことなのか。まったく、分からない。
 一瞬ばかり、サンダルフォンを可愛がっているルシフェルの所為かと思ったが、痕跡はない。

「……何を考えてるんだ、アイツは」

 不安がるサンダルフォンにも、慰めの言葉をかける余裕はなかった。
 途方に暮れてしまう。
 最高傑作がわからない。
 つるりとした股間部分は、人形のようだというのに、柔らかく暖かいから不思議だった。サンダルフォンの肉体を作り変えるくらい、容易い。最初から作り出してはいないものの、天司の規格を創り出したのは俺だった。けれども、これが意図しない形でルシフェルに発覚したらと考えると、どうにも、流石に、気まずさを覚える。

「くすぐったいです、ルシファー様」

 身をよじるサンダルフォンに幾ら性器が付いていないとはいえ、股間を撫でまわすのはどうかと触診していた手を離す。妙に、頭がはっきりとする。それまで昂っていた気持ちが凪いでいた。

「俺の身体は、何か、おかしいのでしょうか?」
「性器が無い。どうして誰も報告にあげなかったんだ」
「……性器」

 じっと、視線を感じた。
 サンダルフォンは戸惑い交じりに、気恥ずかしそうに、

「股で挟むのはどうでしょうか」

 ナニを、とまでは言わないサンダルフォンであったが、名案ではと言わんばかりに言うものだから、戸惑う。なんせ、サンダルフォンの言葉が耳朶に触れるなり、認識するなり、下半身は熱を取り戻していた。

Title:誰花
2022/04/25
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -