ピリオド

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 サンダルフォンは小さなうめき声をあげる。胸が苦しく、重い。何かが乗っている重みである。加えて体が動かせない。戸惑いと、恐怖を覚える。金縛りという言葉が脳裏をよぎった。同時に嫌なことばかりを思い出してしまう。数日前にテレビで流れていたホラー特集だ。たまたま一緒に見ていたルシファーが論詰めていたから、怖さは感じなかった。だというのに今になって恐怖を感じる。幽霊なんていやしない。幻覚だ。疲れだ。ルシファーの言葉を思い出しながらも、サンダルフォンは心臓が妙にばくばくと早鐘を打つのを実感していた。──バチン。と鳴った音に覚えはない。ラップ音。サンダルフォンは冷や冷やとしたもの感じた。それから、じんわりと痛みを覚える。我慢できない痛みではないものの、むず痒い。サンダルフォンはおそるおそると、目を開けた。
「なんだ、起きたのか」
 サンダルフォンの腹の上に乗っていたのはルシファーであった。
 起きたことを悪びれない様子に、呆気にとられる。金縛りだとか、ラップ音だとかは全て、やはり、あり得ないことで、原因はルシファーであったのだとサンダルフォンはほっと安堵を覚えた。しかし、ルシファーの様子に嫌な予感を覚える。妙に、楽し気である。あるいは満足気に見える。ルシファーの機嫌が良い時というのは、得てして、ろくなことが起きない。サンダルフォンにとって悪いこと、あるいは不都合な展開ばかりである。これは、経験則である。
(あいつ、何を持っていた……?)
 ルシファーは乗り上げていたサンダルフォンの上からそそくさと退いていた。圧迫感から解放はされたものの、サンダルフォンはもやもやとした収まりの悪さで、目が覚めてしまった。
 目覚めのぼんやりとした記憶を呼び起こす。なんだと、驚いたような口調であったものの気分が良さそうな姿。起こしたことに対する悪びれもない。思い出すと、苛立ちを覚えてしまう。今は、それが重要なことではない。何かを手にしていた。手元を描く。小さなミシン。起きたきっかけ。バシンという音。じんじんとしている痛み。サンダルフォンは点と点が繋がったかのような閃きと同時に、おそるおそると、思い当たる箇所に手をのばした。
(まさか、アイツでも……いや、ルシファーだからな……)
 ルシファーに対するある種の信頼である。信用ではない。
 耳たぶに、触れた。
 そして、予想があたっていたことに、乾いた笑いが零れる。
 眠る前までには無かった穴がある。小さな穴である。しかし、身に覚えはない。誰に開けられたのか。察している。ルシファーでなければ、寧ろ恐ろしい。
「消毒だ、手を退けろ」
 ピアッサーを片づけたルシファーが消毒液とコットンをもって現れた。サンダルフォンは成すがままである。体を起こすと、ルシファーはその行動が当たり前であるかのように、手早く耳たぶに消毒液を吹きかけた。鈍い痛みに、眉を寄せる。
 ルシファーはサンダルフォンの小さく、柔らかな耳たぶに触れて、達成感が溢れかえっていた。求めていた実験結果を得たときと同等。あるいはそれ以上の高揚感を覚える。油断をすれば、こぼれそうになる笑みを頬の内側を噛んで隠す。
 学会で出向いた先で、珍しく買い物をした。宝石鉱山による採掘が主だった産業である土地である。
 ルシファーは宝石だとかブランドに興味はない。そして、サンダルフォンも同じであることを知っていた。サンダルフォンが執着をしているのは珈琲に関するものであるが、アレは所謂オタクめいたものである。ブランドだから、というよりも珈琲好きだから、一度は呑んでみたいという気持であった。
 見かけたのはピアスである。ガーネットが鈍く輝いている。その色を見て、真っ先に思い浮かんだのはサンダルフォンであるから、遣る瀬無くなる。気づけば、ピアスを購入していた。寒々しさを覚える。掌で転がした。
 気づけば傍にいることが当たり前になっている。何気ないものに、サンダルフォンを重ねる。思い出す。その度にルシファーは、どうしようもない、遣る瀬無さでいっぱいになる。
 陰鬱な気持で学会を終えて、帰宅をしたルシファーを出迎えたサンダルフォンは、そんな気持なんて知らないのだろうと苛立ちを覚えた。
 サンダルフォンがピアス穴をあけていないことを、ルシファーが知らないわけがない。なんせサンダルフォンの背中のほくろを知っているのだ。ピアス穴がないなら、開ければいいだけだ。それだけであった。
「……片耳だけなのか?」
 サンダルフォンの問いかけにルシファーは答えない。深く追求したところで、不機嫌になるか、鼻で笑われるかということを、サンダルフォンは分かっていた。サンダルフォンは欠伸を零す。規則正しい生活を送っているサンダルフォンは、夜更かしが得意ではない。そもそも、一度眠れば起きることは滅多にないほどに、深い眠りに就く体質である。
 サンダルフォンは暢気な寝顔を晒している。その寝顔を見ていると、ルシファーも眠気を覚えた。眠っているサンダルフォンの耳たぶにピアスを通そうと思ったが、諦める。暗がりでは、ピアス穴の位置が中々分からなかった。朝にでも通すかと、ルシファーはベッドサイドの引き出しにピアスを片方、しまい込んだ。
 もう片方のピアスは、ルシファーの片耳にひっそりと輝いている。開けたばかりのピアス穴がじんじんと鈍く痛みを発していた。

Title:エナメル
2021/11/09
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