ピリオド

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 ルシフェルを作る過程で生まれた余った材料から、サンダルフォンは作られた。ルシフェルは創造主をして最高傑作と言わしめる作品であるから、当然の如く、使用された素材というのは高品質である。余りといえども品質は損なわれていない。かといって、その残りから作られたサンダルフォンが、ルシフェルや同時期に作られたベリアルと同等の能力が備わっているかと言えば、否である。サンダルフォンの能力値は高くてもその肉体性能は下級天司以下という歪な造りであった。なんせ正規の規格ではなく、突貫の、目的もなく、理由もなく、たまたま材料が余っていたからと作られたのだ。そんな造りであるから、とてもではないが役割を担うには不適正と冷静なルシファーに冷徹に判断をされた。
 役割もなく、天司長であるルシフェルの役に立つことも出来ないというのに天司という枠に組み込まれることはサンダルフォンにとって恥ずかしく、そして惨めだと思いながら研究所で過ごしている。サンダルフォン自身でも不可解ながら、ルシフェルが当初から天司長として稼働し、副官であったベリアルが所長補佐官となった今に至るまで、廃棄処分も実験素材として扱われることもない。のうのうと、研究所の奥深い立入禁止区域で肉体を維持し続けている。

 ルシフェルは、立入禁止区域でありながら、特別に立入を許可されていた。他に許可をされているものはサンダルフォンの存在を知っているものだけである。即ち、ルシファーとベリアルであった。もっとも、ルシファーは研究所所長という立場であり立入禁止区域を指定した当人であり、ベリアルもその補佐という立場もあって、禁止区域の出入りをしたところで怪しまれることはない。しかし、ルシフェルは別である。なんせ研究に主立って携わることのない天司である。ルシファーもルシフェルに対して区域の立入許可を与える心算は毛頭になかったのだ。いくら最高傑作といえども無駄なことはとことん排除していくのがルシファーである。しかし、ルシファーのモットーに反して、それ以上にルシフェルが頑固で友どころか創造主の言葉も一向に聞き入れない態度であったから、渋々と許可をおろしたのだ。
「まったく誰に似たんだ……」とうんざりとぼやいたルシファーにベリアルは「ファーさん以外にいないでしょ」と内心で返した。とても口にしはしない。
 その天司長はといえば、頻度が高ければ怪しまれるというルシファーとベリアルの考えなどしったことではないという頻度で、態々研究所に立ち寄っては立入禁止区域に出入りしていた。
 天司長の出入りは回数が増えれば増えるほどに、研究所内においてにわかに噂されるようになった。星の民の性質として、他者への興味が薄く、執着をしないとはいえ、時間の流れも変化も曖昧な研究所の生活や日々の繰り返しにはある程度の精神的負担もあってか、娯楽を求める傾向にあった。その娯楽として、噂というのは丁度良いお手頃なコンテンツであったのだ。それも星の民である研究者以上に、研究所所長と同等に近しい存在である天司長ルシフェルのゴシップである。あわよくば、どころかルシフェルを手掛かりにルシファーを所長という立場から引きずりおろせるのではいか、なんていう馬鹿らしい計画未満の話がルシファーの耳にも聞こえるようになっていた。ルシファーの耳に入れたのはベリアルであった。面白おかしく話されたものの、ルシファーにとってはたまったものではない。
「なにをやってるんだ、アイツは!」苛立ち声を荒げるルシファーはすぐさまに、ルシフェルを呼びだした。呼びだして詳細を問えば「次からは気を付ける」と殊勝な言葉が帰って来る。控えることはしないんだなと、ルシファーはこれは言っても聞かない類の事例だなと諦めた。

 ルシファーは結局押し込められた問答の果てにルシフェルを許してしまったから、疲れ果ててぐったりと所長用の他に較べたら格段にふわふわとした椅子に背を預けていた。そんなルシファーに向かって、
「ファーさん、ルシフェルに甘いよね」と何でもないことのように、それでも奥底に嫉視を押し込めたベリアルが揶揄うように言った。
「ルシフェルに甘いんじゃない。……サンダルフォンに弱いんだ」
「ああそっち? 自覚があったんだね、ファーさん」
「馬鹿にしているのか?」
「そんなわけない!」大仰に言うベリアルにルシファーが舌打ちを返した。ベリアルはニコニコ顔で、それがまたルシファーの癇に障る。
 天司長のために役立つための役割を担っているわけでもなければ、ルシファーの計画に役立つ存在でもない。そんなサンダルフォンが、存在を許されているのはルシファーがその存在を否定できないからに尽きる。本来であるならばルシフェルの言葉を拒否することも容易いのだ。だというのに、それをしないのはルシファーの中で優先事項の上位にサンダルフォンが食いこんでいるからだ。その点に関しては、ベリアルは嫉視も何もない。なんせサンダルフォンはベリアルのお気に入りでもあった。あの公正無私で澄ましたようなルシフェルが、殊、サンダルフォンに関してだけは異様に反応が良い。サンダルフォン自身も素直で純真といえば聞こえは良いが、愚直なところもあって愉快でならない。
「でもサンディの様子を見に行ってないだろ」
「……ルシフェルが見に行っているなら、問題はない」
「ファーさんが良いなら俺は何も言わないけど。行ってもサンディ、ほとんど寝てるしね。起きてるときもあるんだけど、レアだし」
 ルシファーは何も言わないでいたが、その表情は苛立たし気に、眉間に皺を寄せていた。ベリアルはおっと藪蛇かと思いながらそれ以上は口にしない。そういえば、俺も見に行っていないなと、弟分のような存在を思い出した。

 サンダルフォンは与えられた一室で静かに眠りに就いていた。既に太陽は高く昇り、窓から差し込む陽射しが部屋を明るく照らすも、サンダルフォンは一向に目を覚ます気配はない。
 本来、天司には眠りという行為は不要であった。けれどもサンダルフォンの場合は正規の規格ではないためか、すべての機能を一時的に遮断して生命機能に集中しないとたちまち、身に余るエネルギーが暴走をすることになる。
 コンコンと、扉がノックをされる。けれどもサンダルフォンは目を覚ます気配もなければ、扉が開かれて部屋に侵入されてもなお、気配に気づいた様子も見せない。静かに、深く、眠っていた。
 眠るサンダルフォンの傍らにルシフェルは静かに立つと、サンダルフォンの頬に触れた。柔らかで、低いながらも確かに温度を感じる。ルシフェルは屈むと、唇を食んだ。唇越しに、サンダルフォンの身に燻っていた過剰なエーテルを吸い上げる。
 本来は、唇越しでなくともそれこそコアに触れるだけでも良いのだがルシフェルはこの方法が最も効率が良いのだと、他に方法は無いのだと言わんばかりに、うそぶいた。疑うということを知らず、何よりルシフェルが嘘をつくとは想像にもしていないサンダルフォンは恥ずかしそうに、行為を受け入れていた。もっともサンダルフォンの意識は大抵、無い。殆どはこうして眠っている状態であった。
 サンダルフォンを構成していたエーテルが安定すると、それまで頑なに閉ざされていた瞼がひくついた。ルシフェルは名残惜しみながら唇をはなす。
 数度の瞬きを繰り返した後にサンダルフォンは目を覚ました。
 ルシフェルはサンダルフォンの様子を静かに見守っている。ふわと小さなあくびをこぼしたサンダルフォンは視線に気づくと、見上げて、声を掛ける。
「ルシフェルさま?」
 どうしているのだろうと、不思議にこてん、と首をかしげたサンダルフォンにルシフェルは哀しい顔を向ける。どうしてと思ったサンダルフォンであったが、自分が口にした言葉を思い出す。
 天司長であるルシフェルに対して不敬ではいかというサンダルフォンの心配は、張本人であるルシフェルが否定をした。
──サンダルフォン、きみは麾下ではないのだから私のことを天司長として扱わないで良いんだ。
 淋しげに口にされた言葉はサンダルフォンのささやかな自尊心を打ち砕いた。天司ではないと、否定をされた。それも他ならない天司長であるルシフェルによって。最早、ルシフェルの言葉を否定することなんて、サンダルフォンに出来なかった。ルシフェルにとっての許可は、サンダルフォンにとっての命令と変わらない。
 同時期に作られたベリアルの口調も対ルシフェルに関しては変わらないものであったから、サンダルフォンも渋々とではあるが敬称を取り払うことにした。口調に関しては、仕方のないものである。他にどのような口調で接すればよいのか、分からない。
「ごめんなさい、ルシフェル」
「謝ることではないよ。……慣れないかい?」
 サンダルフォンは済まなさそうな顔で、首肯した。ルシフェルはそうかと言って「これから慣れて行けばいいさ」と言うから、どうやら諦めてはくれなさそうである。諦めてくれないだろうかというささやかなサンダルフォンの期待はこれっぽっちも察せられることはない。
「ルシフェル、はどうしてここに?」
「勿論、きみに会いたかったからだ。それ以外の理由はない」
 天司長として良いのかと思ったが、口にできない。サンダルフォンは喜んでいいのか、馬鹿にするなといえばいいのか考えあぐねて混ぜぐちゃの困惑を浮かべる。ルシフェルはその表情すらも、愛し気に見詰めて来るから、サンダルフォンは参ってしまう。サンダルフォンは逃げるように視線をそらした。
 ルシフェルから向けられる感情はひたすらに甘くて、息苦しさを覚えるほどだった。同時期に作られたベリアルにも、創造主であり友と呼ぶルシファーにも、あるいは麾下にも向けられることのない視線と感情、言葉はサンダルフォンにとっては重過ぎるものだった。
「きみは私の唯一なのだから」
 当然のことのように言われても、サンダルフォンにその自覚はない。
 使用された素材が同じということで唯一なのだろうかと思ったものの、サンダルフォンはルシフェルではないし逆も然りである。思考が重なることもない。何がルシフェルの琴線に触れたのか分からないが、サンダルフォンもまた、ルシフェルを否定できずに受け入れてしまう。これが唯一なのだろうかと思うが、ルシフェルが語るような運命めいたそれとは異なる感覚であるから、サンダルフォンは理解が難しい。
 もしかしたら役割がある天司ならではのものなのかと、現在はルシファー直属に移動して堕天司となったものの、元天司であるベリアルに問えばベリアルは何を言っているんだ気持ち悪いと言わんばかりに顔を顰めたので、違うようだった。
「アイツに何かされたらすぐに報告しろよ」
「わかった」
「ほんとうに? サンディ、流されやすいからな……」
 口を酸っぱく言うベリアルに何を言っているんだかと思ったサンダルフォンは、唇を触れ合うことがベリアルのいう何かに引っ掛かるという常識を、知らないでいる。

Title:約30の嘘
2021/10/09
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