ピリオド

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※ポメラニアンという存在が微妙な世界なのでポメガバース、という直接的な表現はありませんが概念的には同一なバース設定です。



 奇怪な体質であることを把握しているのは、張本人であるルシファーただ一人である。ルシファーの類まれなる頭脳をもってしても原理は不明であり、はたまた同様の体質の存在も確認できていない。また、誰に言ったところで理解はされないとわかり切っていた。それこそ、自身が手掛けた最高傑作や補佐官にすら、その体質を告げていない。
 自身の体質を理解していた。体力が限界に陥ったときに、もはや症状と言ってもよい体質は表面化する。だからこそ、ルシファーは自身の体調管理をある程度は気に掛けていた。それこそ補佐官であるベリアルが限界だと制止をするギリギリまでのラインは、見極めていたからこそベリアルの制止を鬱陶しくも思っていたのだ。言われなくても分かっている。まさに反抗期の子どもである。しかしまあ、その制止もあってか困った体質が現れることはなかったのだ。
 連日の睡眠時間を削っての個人的な研究に、疲労が蓄積していたことは、ルシファーも認める。だから、自分の限界をついうっかり、見誤っていたことも、致し方ないとはいえ、認めざるを得ない。

 白亜の回廊をルシファーは思案しながら歩いていた。ああでもないこうでもないと、研究の手順を思い浮かべていたところに、──パフン。
 滑稽な破裂音の後。うごうごと布の塊のなかから顔をのぞかせたのは真っ白な小型の獣である。もふもふと豊かな毛玉は、はふはふと布の中から脱出をするなり、途方に暮れて、ああそういえばと自身の厄介な体質を思い出し、愁うしかないでいた。
 耳を澄ませる。誰もいない。誰の気配もない。この時ばかりは、敏感な嗅覚と聴覚を有難くも感じる。そもそもといえば、この体質の所為での状況であるというのだがと、思い直すと有難くもなんともない。
 ルシファーは這い出た布の塊を小さな口で加えると隅に寄せる。
 この回廊は人通りが少ない。とはいえ、皆無という訳ではないのだ。どうにか、隅に寄せたルシファーは小型の獣姿には似合わない、ふうというように人間臭い溜息を吐き出した。それから、回廊に戻ると、少し考え込む。選択肢は、ある。所長室に戻る。研究室に戻る。あるいは、私室。だが、どれも人目があるのが現状である。この姿を見られることは最悪だ。ルシファーだと知られることも不快である。何より、研究所内を出自不明の獣が出歩くだなんて、最悪、捕らえられて実験台送りである。なんせ研究所は万年、実験素材に飢えている。それにこの獣は、ルシファー自身も似た姿のものは確認しているが未確認と言われても仕方のない種類である。殊更に、見つかるわけにはいかないと意気込めば、ぴくんと三角の耳が音を拾う。こつり。聞き覚えのあるヒール音に、芳ばしい香り。ルシファーは振り返り「ううう」と唸り、威嚇をする。小さな獣が見上げるのは、サンダルフォンであった。
 中庭に近い回廊は、サンダルフォンが私室との往復で使用しているルートであったのだ。
 見慣れない獣の姿にサンダルフォンは困り顔でしゃがみ込み、視線を合わせる。
「脱走をしてきたのか?」
 威嚇をしながらも、ふわふわとした毛並みを揺らす獣が、まさかサンダルフォンにとって恐怖の象徴に等しいルシファーだとは思いもしない。唸り声をあげているものの。つぶらな瞳に毛玉のようなころころとした姿は、とても、恐怖を連想させる要素はない。
 威嚇をしている、この獣は自身を敵性個体と認識しているのだと分かっていながらも、愛らしさの塊の姿に、サンダルフォンは小さな笑みを口元に浮かべてしまう。

 低い唸り声をあげていた獣、基ルシファーであったが、だんだんと声は静まり、やがてぽてぽてと、しゃがみこんだサンダルフォンに近付くなり、その足に小さな前足を乗せた。それからくんくんと、鼻をひくつかせる。サンダルフォンは人懐こい様子に、驚きながらも、満更でもない気持ちで、前足を乗せているために無防備となった胴体に手を差し込む。抵抗をするだろうかと、一瞬思ったが、難無く、抱き上げることができた。
「おまえ、どこからきたんだ?」
 サンダルフォンが声をかけても、鳴き声もあげない。サンダルフォンは豊かな毛並みを、くんと嗅ぐ。血の匂いはしない。実験材料ではないのだろうと目途をつける。それから、薬品の臭いに眉間にしわを寄せる。覚えがないような、あるような臭いである。
 ルシファーはルシファーで、くんくんとサンダルフォンの匂いを嗅いでいた。人型であったときには、感じることが無かった香りである。不快ではない。それどころか、心が落ち着く、安心感を抱かせる香りである。とろりと目が溶けていく。
 大人しくなった獣を抱き上げていたサンダルフォンは、いつまでも回廊にしゃがみこんでいるわけにはいかないし、かといってこの獣を放置することは憚られる。少しだけ迷ってから、抱き上げたまま立ち上がる。すっかり安心しきっている獣の様子に、眉を下げてしまう。くりくりとした青い目がサンダルフォンを見上げる。

 サンダルフォンは与えられた部屋に戻るなり、ほっと息を吐き出した。道中、誰ともすれ違うことが無かった。元より、ルシフェルと研究者としか関わることがない身であるが、それでも皆無という訳ではない。所属が不明である獣を連れて歩くだなんて、言い訳のしようがない。肉体の維持のみを命じられている身であるというのにと、サンダルフォンは自らの傷を抉るようなことを思い出してしまう。もしも、このことが星の民に、それもルシファーの耳に入ったならばと恐ろしい想像をすれば、気が気でなくなる。そのルシファーといえば、サンダルフォンの腕の中ですぴすぴと寝息を立てていた。まさか腕にルシファーを抱いているとは露とも思いもしないサンダルフォンは暢気だなあと、苦笑を零す。
 部屋の中には寝台と机があるだけだ。その机には珈琲を淹れるための器材が大事に置かれている。サンダルフォンは眠っている獣を抱きながら寝台に腰掛けた。
 サンダルフォンは、これまでも何度か脱走をしてきた獣を見かけたことがあった。人型であったり、獣型であったりと、様々であるが、どれもが警戒心をあらわにしていた。とても、サンダルフォンの腕の中で眠りこけている姿とは程遠い。膝の上におろし、その背中を撫でる。ふわふわとした毛並みは極上と言ってもよい。もしや、実験に使われる用途ではなく、愛玩として作られた存在なのではと考え込んでいた。ふわふわと撫でまわされていたルシファーははっと夢から覚めるも、なすがままである。抗いがたい。もっともっとというようにこてんと腹を見せる。サンダルフォンはふわふわの触り心地は、今までにない感触であったからつい、撫でまわしてしまう。
「なんだこいつ……テニクニシャンか……?」
 ルシファーはすっかりサンダルフォンへの嫌悪も不快感も、現在の状況すら、すこんと頭から抜け落ちてサンダルフォンの手つきに翻弄されていた。
「ふふっ……可愛いな、おまえ」とサンダルフォンがたまらずといった様子で口にすれば、ぽふんと獣の姿が掻き消える。代わりに現れたのは一糸まとわぬ姿の、恐怖の象徴たるルシファーである。何が起こったのか分からずに呆然とするサンダルフォンは、瞬時に顔を青ざめさせて、後退る。といっても、寝台に乗り上がるだけだった。ルシファーは、なぜ戻ったのか分からずにいたものの、さてサンダルフォンへ口止めをしなければと冷徹な視線を向けた。追うように、寝台に乗り上がり、サンダルフォンに手を伸ばした。ところに、ノックの音が響いた。──サンダルフォン、少し良いだろうか。と呼び掛ける声は、つい先ほどサンダルフォンとの中庭での逢瀬をした後に、ルシファーに声を掛けることもなく研究所を後にしたルシフェルである。何か用があったのだろうが、今の状況をみられるのは非常にまずい。それだけは、ルシファーにはわかった。サンダルフォンは、ノックの音もルシフェルの声も耳にしながら、理解できず、ただルシファーの存在に驚愕し、狼狽えていた。

 見られることはまずい。なんせ寝台の上。それだけならまだ弁解は出来るが、ルシファーは全裸。対してサンダルフォンは、怯え、青ざめている。冷静な状況判断を期待しても、サンダルフォンにはからっきし、甘々なルシフェルである。ルシフェルでなくでも、誤解を招く状況である。まるで、ルシファーがサンダルフォンに迫っている、それも無理矢理のようではないか。ルシファーはまて、と口に仕掛けたところで、一際、サンダルフォンに甘いルシフェルは何か異変を感じとったかのように強張った口調で、強硬手段をとる。
「すまないが、入らせてもらう」
 断りを入れるなり、扉が開いた。その開くまでの間は僅か数秒であるというのに、ルシファーにはスローモーションのように、永遠に感じられた。
 ルシフェルは、扉をあけて、寝台の状況を視界にいれるなり、目を細めた。ルシファーは間髪入れず声を掛ける。
「まて、話せばわかる」
「そうか」
 首肯したくせに、その殺気立った視線はなんなんだとルシファーは妙に冷静に取り残された理性でひとりごちて、サンダルフォンに弁解させようにも未だ呆然としているから役に立たない。誰かこの修羅場に収拾をつけてくれとこの世に生を受けてから初めて願い、祈った。

Title:草臥れた愛で良ければ
(「もういいかい、もうダメよ」を改変)
2021/09/14
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