ピリオド

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 サンダルフォンが作られた経緯は、ルシファーのきまぐれに他ならない。
 ルシフェルという最高傑作を作り出し、そしてそのルシフェルと共に、ルシフェルの麾下として、手足として、補佐をする存在を多く作り出してきた。空の世界を管理する機構として、天司という存在そのものは満足な出来であったのだ。
 しかし、考えることがある。
 それはつまらない研究報告書に目を通し最高評議会からの通達を確認するなかで、沸き起こっていた。
──仮に、すべての技術を費やした天司が作れたなら……。
 その想像は面白いくらいに膨らんでいた。
 研究者とは元よりロマンティストなのだ。夢を見るからこそ、それを実現させようとする。そしてルシファーは、そのためならば何も惜しむことはない。故に研究所所長という地位まで上り詰めたのだ。
──ベースは勿論、ルシフェルである。数多の天司を作りだした経験があれども、終ぞ、ルシフェルを超える傑作は無かった。それから、知能制限だ。最高評議会からの命令には呆れてしまったが、従順な存在を作り上げるという点においては悪くはない手法だ。問題となるのは自律型思考回路の確保だ……とルシファーは書類に目を通しながら溢れる創作意欲を抑え込むことができず、とうとう書類を机に置いた。そして席を立つ。
「ファーさん、どうしたの?」なんて補佐官の声は掛かることはない。もしも補佐官がいたならば気分転換にでもと睡眠を薦められた。そしてルシファーは睡眠をとればすっきりとして、何を考えていたのだかとルシフェルを超える傑作なんてありえないことだと自身に呆れてしまう程度に正常な判断を取り戻していた。しかし、今のルシファーは正常な判断をすることもなく思い立ったが吉日と言わんばかりに私用の研究室に立て籠もり、脳内で組み立てていた理論を実践する。
 ルシフェルやベリアルといった初期の天司を作りだした頃には確認がされていなかった素材を使用して、新たに確立された技術、それから危険性が高いと却下をしていた理論を組み込む。
 そして出来上がったのが、サンダルフォンである。
 作り出されたばかりのサンダルフォンを前にしてルシファーは、ルシフェルを超えるものではないが、まあまあな出来に、満足をしていた。

 〇

 数日振りに研究所に戻ってきてルシファーに報告をしようと訪れれば、見知らぬ気配の存在にベリアルは僅かに瞠目をした。その気配は星の民ではなく、研究者ではない。しかし、見覚えはない。人を寄せ付けないルシファーがその存在を間近に置いているのだから、猶の事である。
 天変地異の前触れか。
 あるいはいよいよ終末が近いのか。
 そんなことを考えていることが伝わったかのように、声が掛けられた。
「サンダルフォンだ、作った」
 簡素な説明である。しかし相手はルシファーである。説明をされただけ、温情である。
 ベリアルはふうんと相槌を打つとサンダルフォンを観察する。作られて間もない時期特有の甘い気配を感じる。サンダルフォンは観察されている間、居心地悪そうにもぞもぞとしていた。助けを求めるようにルシファーを見る。しかしルシファーは知らんぷりを決め込んで数日間に溜め込んだ書類を裁いていた。
 真面目くさった顔をしていたベリアルは人好きのする笑みを浮かべて見せる。サンダルフォンは引き攣ったように笑みを返した。
「まあ、作ってしまったものは仕方ないとして、それできみの役割は?」
「役割なんてあるわけないだろう」答えたのはルシファーだった。
「役割がない?」
「機構として、天司に不足した役割はない」書類に目を通したままのルシファーはきっぱりと言い切る。
 それはベリアルも承知している状況である。
 現状、天司に不足はないため天司の製造も中断されている。知能制限を掛ける命令が降りてからというもの、特に上層部は天司という存在を危険視しているらしく申請も通らない。
 ベリアルは、はっと何かに気づいたように恐る恐ると声を掛ける。
「なに? じゃあ、ファーさんの趣味で作ったってこと?」
「文句あるか」
「文句も、なにも……」と区切るなりベリアルは辛抱堪らないといった具合にげらげらと笑いだす。サンダルフォンはきょとりとしてから、どうしたらよいのか分からずルシファーを見るも、ルシファーは慣れていると言わんばかりに書類に目を通したままであった。
「ファーさん!! ほんっとう、最高だよ!」
 息も絶え絶えながら、ベリアルは心からの賛辞を贈る。
 天司という存在を作り出した本人でありながら、作った天司に役割を与えることはない。役割のない存在を天司と言い張る、その傲慢な矛盾っぷりがどうしようもなくステキであった。

 〇

 役割がないといはいえ、作りだしたルシファーがいうのだから、サンダルフォンの自己認識は天司である。役割が欲しいかと問われれば欲しい、と思う気持ちが若干はあるものの渇望する程ではない。とはいえ、それが許される、あるいは許すのはルシファーとベリアルという一際特殊な感性の持ち主だけである。生憎とすべての存在がその感性を得ているわけではない。現にして、研究所を訪れた天司長であるルシフェルは眉間に皺を寄せてサンダルフォンを見下ろす。
「役割がない天司など存在しない」
「現にそれは役割がない」
「ならば彼は天司ではないのだろう」
「天司でないというのならそれは一体何だという?」
 ぽんぽんと弾む言葉の押収の間に取り残されたサンダルフォンは、首を傾げた。
「俺は天司ではないのですか?」
 天司であるならば麾下として仕えるべき存在である天司長は、口籠り、何も言えないでいた。ルシファーは可笑しそうに喉の奥でくっと笑う。
「役割か──ならば愛玩で良いか」
「愛玩だと?」
「まあ、聊か不格好ではあるが待遇としては適当だろう」
「きみはまったく……」
 ルシファーの言葉は、天司長であるルシフェルにとってあんまりであった。悪質な冗句にしても程があるというものだった。
 怒りを通り越して、呆れてしまう。
「どうだ、サンダルフォン」
 これは怒っても無理はないとルシフェルはちらりとサンダルフォンを見た。サンダルフォオンはまさか声が掛かるとは思っていなかった様子で驚いていた。それからルシファーとルシフェルを交互に見てから、はあと煮え切らない首肯をした。
「嫌ならば嫌だと言いなさい」
「嫌、という程でもないですし現状は愛玩と変わらないですから」
 研究所内を出歩くことも出来ないため、ルシファーの私室か所長室で日々を過ごしているだけである。愛玩というほどの愛着は無いようだが、近しいものではあるのだろう。サンダルフォンからルシファーに触れることはないが、時折ルシファーからサンダルフォンには触れることがある。珍しいなと思いながらなされるままである。そういった状況のときは大抵、ルシファーは睡眠不足だったりで正常な判断がないときである。ルシファーにはサンダルフォンが犬や猫か何かに見えているのか、柔らかな癖毛をわしわしと撫でられるだけである。
 サンダルフォンの言葉にルシフェルはそうか、と納得できていない雰囲気であった。
 ルシファーだけが満足であった。

 〇

 ルシファーの計画において、サンダルフォンは組み込まれていなかった。そもそもがイレギュラーなのだ。何もかもが想定外の存在である。
 ルシフェルをベースにしただけあって、基礎能力は高い。経験を積めば四大天司に匹敵する能力がある。それに加えて従順でありながら、自立型思考も確保されている。サンダルフォンは天才であるルシファーが生み出した天司の中でもルシフェルと並んでもおかしくないほどに優秀であるのだ。けれども、ルシファーはサンダルフォンをルシフェルの麾下として送り出すことはない。
 ルシフェルの動向を探れとも、ルシフェルの隙を作れとも命令しない。
 ただ、傍に置いているだけである。
 サンダルフォンはルシファーの命令に忠実だ。従順である。そのように、作られている。それはそれとして、己の意思もある。ルシファーの計画を知って尚、そのためならばと覚悟もある。けれどもルシファーは命じない。だから、それがルシファーの望みならばとサンダルフォンはただ傍にいる。
 ルシファーが首を刎ねられた瞬間をサンダルフォンは目に焼き付けていた。一瞬の出来事がコマ送りに再生されるほどに、鮮明に記憶している。あの御方が今際に笑っていたことを、サンダルフォンだけは、知っている。首を跳ねたルシフェルですら、知らないことだった。
「きみは知っていたのか」
 ルシフェルに問われたサンダルフォンは首を傾げる。それだけで、ルシフェルは眉を寄せた。ルシフェルとの接点は殆ど皆無である。ルシフェルにとってサンダルフォンはルシファーの部下であり、そして愛玩という役割と呼ぶのも悍ましい存在である。
 ルシファーが処断されるやサンダルフォンも又、関係者として審判に掛けられることになったが存在そのものが秘匿されていたものだから、誰もが危険と判断し、サンダルフォンはパンデモニウムに幽閉をされた。ルシフェルが「すまない」と言った理由をサンダルフォンはわからないでいる。
 幽閉をされたサンダルフォンはといえば、傷つくこともなくルシフェルを恨むこともない。ただルシファーさまの計画をベリアルはどう引き継いだのだろうかと考えていた。
「おっと、サンディこんなところにいたのか!」
 黒い翼をはためかせて現れたベリアルをサンダルフォンは見上げて驚く。
「お前まで幽閉されたのか?」
「まさか! まあ、きみがここにいるのは好都合だ。サンディ、ちゃんと守ってくれよ」といってベリアルはサンダルフォンにそれを預ける。受け取ったサンダルフォンは目を丸くしてから、大事に抱え込んで力強く首肯した。
 ベリアルとしては心酔してやまない救世主を自らで守りたかったものであるが、計画の下拵えは中々に骨が折れる。守りながらでは危険性が高まる故の苦渋の決断である。サンダルフォンならば、ルシファーお手製であるし、ルシファーも許してくれるだろうと任せるのだ。

 〇

 唆せば面白いくらいに堕天司として、反旗を翻した天司たちは次々とパンデモニウムに幽閉をされた。そろそろ、ルシフェルも気づく頃合いである。念入りな打ち合わせのなかふとベリアルは声を掛けた。
「計画にサンディは組み入れないのかい?」
「……アレは元よりイレギュラーな存在だ。このままで問題はない」
「まあね。でもサンディの容量ならファーさんくらい受け入れるだろ?」
「問題はないが、不細工だ」
「ふうん……ファーさんて、サンディには昔っから甘いよね」
「ふん、お前も甘いだろ」ルシファーは否定することなく笑った。虚をつかれたベリアルは苦し紛れに「ファーさんほどじゃないさ」と矢張り、否定をすることはなかった。
──あれは何千年まえのことだったかなと微睡んでいたベリアルは昔日に想いを馳せた。らしくないと思いつつも、パンデモニウムなんて気軽に出入りする場所ではないから、サンダルフォンとも会っていないが心配はしていない。サンダルフォンはそれほど柔ではない。
 特異点と蒼の少女、そして赤き竜の邂逅があった。パンデモニウムの封印が一瞬解けたのを感じ取った。これはいよいよ、計画も最終段階へと移る。バブさんも痺れを切らしているに違いないとベリアルは想像して笑うと遺跡を出る。
 ルシファーによるお手製のレシピを確保して、それからルシフェルへの土産も用意ができたのだ。我ながら良い出来である。──本物には程遠いとどやされそうであるが。ベリアルは呆れてしまうほどに鮮明な声が聞こえた気がして苦笑した。

 〇

 端的に言えばベリアルの方法は失敗であり成功であった。
 ルシフェルに仕掛けたサンダルフォンのコピーは良い線をいった。ルシフェルの動揺を誘うには十分であったらしいが、見抜かれた。バブさんの奇襲は半端に失敗。天司長は健在である。しかし、幽世の力に触れたことにより汚染され、弱体化には成功した。まずまずの結果である。
「でもって、これがファーさんの新しい体だ」
 パンデモニウムでの出入りも楽になったものだった。ルシフェルの監視が及ばないのは大きい。
 サンダルフォンは久し振りのベリアルを前に目を丸くしている。その腕には大事に抱えこんでいる。本人にも傷はない。ふと、もしもルシフェルにサンダルフォン本人をあてがったならと考えた。パンデモニウムの劣悪な環境下でも傷一つないのだから、想定以上の戦闘能力だ。ベルゼバブと二人がかりならばと想像したものの目覚めたルシファーの激怒は必至である。これはコピーに関しても伏せるべきだとベリアルは改めて判断をする。
「ルシファーさまの新しい体?」
「そう。この状態じゃあ、終末もなにも見れないだろ?」
「それも、そうか」
 言うとサンダルフォンはあっさりとベリアルにルシファーの頭部を差し出した。随分と物分かりが良く、安心をする。
「これって天司長のじゃないのか」
「本人じゃないさ。本当はそっちを狙ってたんだがどこかの誰かが失敗してね」ちくっと嫌味を言う。
「……聞こえている!!」
「ごめんよ、バブさん!」
 苛立った声にベリアルがけらけらと笑って謝る。ベルゼバブはくそっと舌打ちをした。
「さ、文句はあとから幾らでも聞くからさ……。目覚めてくれよ、ファーさん」
 ルシファーの頭部と、ルシフェルを模倣して作った肉体の結合は完璧である。サンダルフォンは不安そうに視線を落とす。しかし、目を覚ます気配はない。サンダルフォンはしょぼくれたように肩を落とした。ベリアルはがしがしと頭を掻くと、
「時間がかかるのさ。なに、2千年まてたんだ。そうだろ、サンダルフォン」
「そうだけど」歯切れ悪くサンダルフォンが言う。珍しいこともあるものだとベリアルは思った。二千年はサンダルフォンを変化させるには十分であったらしい。
「……ルシファーさまに、サンダルフォンと呼ばれたい」
 随分と可愛いお願いに、ベリアルは「もうすぐ叶うさ」と慰める。サンダルフォンは首肯することもなく、眠り続けているルシファーを見ていた。その背中はしょぼくれて頼りない。
「ルシファーさまはいつ目覚めるんだ? 起こしたら、だめなのか?」
「サンディ……ファーさんの寝起きの悪さはしっているだろ?」
「そう、だな」
 サンダルフォンはちょっとだけ笑った。

Title:誰花
2021/08/28
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