ピリオド

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 週が明けるや否や飛び込んできた若手棋士の隠し子発覚、それだけでも世間を賑わせる要素だったのに、加えて電撃入籍というニュースは思っていた以上に大々的に取り上げられていた。
 赤司に言われた通りに、現在、黒子と茜は僅かな荷物を抱えてホテルに転がり込んでいた。茜の顔立ちは赤司のクローンと呼んでも差し支えないようなものだったため、顔写真を何処からか入手したのか、マスコミ各社は黒子の顔も把握しているようだった。
 一流ホテルとあって、お忍びで芸能人等もよく利用しているためか、警備も厳しい。暫くはホテルにいる限りマスコミに追い掛け回されることもなく、安全だろう。
 仕事場にも前日に事情を話した。もしかしたら、近々マスコミが押し付けるかもしれないということを話せば勘違いをした社長にはやまるなと止められてしまった。社長曰く心中でもするのかと思ったようだ。事情を断片的に伝えれば、心底驚きながらも祝ってくれた。それから茶目っ気のように、赤司のサインが欲しいと強請られてしまった。お世話になった人の願いなのだから、叶えなければならないだろう。しかし、当の赤司は居合わせていない。各所への挨拶に動き回っている。
 赤司はその才覚とはいえ、未だ若い棋士だ。ただ若い棋士であるというだけなら、棋士会も隠し子についても入籍についてもあれやこれやと口を挟むことはしない。だが、赤司はただのと付けられる程度ではない。あらゆるタイトルをかっさらい、その容姿もあって若い女性たちの間ではファンクラブも作られている。棋士会にとっては若い人材を呼び込む一つの広告塔でもあったのだ。
 そんな赤司には今まで何らスキャンダラスなことはなく、油断していたのかもしれない。

 隠し子・・・?入籍・・・?
 その知らせをいの一番に受けた男はぽかんとしたのち、自身の耳を疑った。

 え、あの赤司が?あの不能疑惑の赤司に隠し子?
 御年86歳。心臓が止まらなかったことが不思議な体験を朝一番でしてしまった。

 赤司は変装らしい変装一つせずスーツを纏い、男の住まう邸宅前に現れた。棋士として赤司を奨励した男の邸宅には既にぐるりとマスコミのカメラや記者がひしめいていた。赤司が訪れることを予測していたのだろう。車から降りてきた赤司を囲もうとするも、誰も彼も石のように固まり、開いた門の中に消えていく赤司を目で追うことしかできないでいた。
 門をくぐり、玄関へと入れば数度顔を合わせたことのある、彼の妻が労るような顔をして招いていた。赤司が頭を下げる。

「この度はご迷惑をおかけしております」
「いいえ・・・お疲れでしょう?どうぞお入りになって」
「失礼します」

 通された客間で、男はごろりと寝そべり、ゴシップ雑誌や新聞をこれ見よがしに広げて赤司の反応をにたにた笑いながら見ていた。

「よほど、僕のことが気になるようで」

 赤司の反応に、舌打ちが打たれた。

「なんじゃ、詰まらん奴め。少しくらい慌てたら可愛い気もあるだろうに。あー・・・つまらん。折角買ってきたのに。好江さん、これなおしてくれ」

 不遜な態度に呆れを通り越して、笑いが込みあがる。そんな夫に妻は、自分でやんなさいなと冷たくあしらい、対して赤司にはにこやかに茶を勧める。
 どっこいせ。言いながら起き上がると、誰も片付けやしないと分かったからか、はたから期待もしていなかったのか、乱暴に新聞や雑誌を重ねて、ずるずると畳を摺らせて端へと追いやった。
 向き合うと背筋が伸びた。

「子どもは幾つになるんだっけか」
「九つになると」
「何時知った」
「確信を持てたのは一昨日です」

 まるで尋問のような質問にも、赤司は答える。
 会長の眼は釣り上がり、まるで指しているときのような雰囲気だった。

「虫が良過ぎるとは思わんのか」

 その質問には、思わず言い淀んだ。

「自分でも、そう思います。ですが、覚悟はしています。嘲り蔑まれ笑われることも承知の上です」

 言いながら自身でも綺麗ごとだと自覚していた。

「それは赤司征十郎の覚悟でしかないだろう。子どもはどうなる? ネットだかにはもう顔も出回っとるぞ。そのことは分かっているのか」
「それでも、僕は」

 赤司も十分に分かっているつもりだった。大人の都合に振り回されるのは何時だって子どもだ。それは赤司自身も体験していることだった。けれども、いざ第三者に其の事を指摘されると思った以上に深く胸に突き刺さる。
 加えるならば赤司はメディアにも顔も知れた人間なのだから、茜と黒子に掛かる負担は随分と大きいだろう。
 ため息をついて、男は飽きたように言う。

「まあ・・・反対も、賛成するも無いがな。
 とっくに成人した奴に言うこともない。まあ、精々嫁さんに愛想尽かされるなくらいだな」

 それからさっさと尻拭いをしてこいと急かされて追い出された。

「赤司くん、ごめんなさいね」
「いえ」

 心底申し訳無さそうに言う彼女に赤司は直ぐに否定する。寧ろ此方の方が申し訳ないくらいだった。

「私たちには子どもがいないでしょう?だから、貴方のことを子どものように思っているのよ。あの人だってそうよ? 何時も憎まれ口ばかりだけれど、赤司のやつが、赤司がって貴方の話題ばかり」

 思い出してくすくすと笑う。優しい人で、母親という存在を知らない赤司にとっては理想の母のような存在だった。

「今、貴方は幸せかしら?」
「はい」

「・・・此れ以上ないくらいに、幸せです」

 噛みしめながら言うと眦の皴を深く刻んで優しく声を掛けられる。

「今度子どもと其の方も連れていらっしゃい。一緒にご飯を食べましょう?」

 にこやかに送りだされる。屋敷の周りにはまだマスコミが居着いているのかざわついている。
 少なくとも、この人達は祝ってくれているのだと思うと赤司はたまらなく嬉しくなった。

(テツヤと茜に会いたい)

 カメラがとらえた、屋敷から出てきたばかりの赤司は、今まで見たことの無いような優しい笑みを浮かべていた。


【了】

2013/01/23
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