ピリオド

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「サンダルフォンもこない?」
 声を掛けられたサンダルフォンは何の話をしていたのか分からず、首を傾げた。それから眉を寄せて不快さを隠そうともしない。そもそも誰の為に時間を割いているのかと思っているのだ。たっぷりとあった時間を無為に使って結局、レポートが終わらないと泣きついてきたのは君だろうと、サンダルフォンは口にすることなく冷たい視線を向けた。そんな視線、哀しいことに慣れっこであるジータは申し訳なさそうな顔をするものの気にした素振りを見せない。図々しいったらない。
「あ、でもルシフェルさんと予定がある?」美麗な恋人様との仲を裂く勇気は地雷原でタップダンスをし続ける鋼の心臓と言われるジータにもない。サンダルフォンは図太い神経の友人に怒る気力も失せた。
「彼は仕事があるから」
「だったら!」
「悪いがバイトが入ってる」
「休んじゃえ」
「馬鹿、出来るかそんなこと。ほらさっさと終わらせてくれ」
 ジータはちぇっと唇を尖らせた。

 ルシフェルとサンダルフォンが付き合ってから3年が経っている。誕生日や記念日、イベントにメッセージやプレゼントが欠かされたことがないものの、当人が不在であることにはサンダルフォンも慣れっこであった。ルシフェルは忙しい。世界を股に掛ける若手実業家として注目をされている。休日なんてあって無いような忙しさであるのだ。サンダルフォンは少しだけ淋しいなと思うものの、ルシフェルが忙しい合間にも送ってくれるメッセージだけで満足であった。我ながら低燃費だと苦笑する。
 どうやら今年のクリスマスも、忙しいらしい。
 期待はしていなかったから、ショックはない。すまないというメッセージに「気にしないでください」と返した。

 クリスマスのシフトは毎年悲惨に尽きた。バイトに入っている学生の殆どがクリスマスの前後は出ないとなるものだから、唯一シフトに入れられたサンダルフォンの負担ときたらない。クリスマス手当があればなと思いながらもサンダルフォンはあくせくと働いた。しかし、とサンダルフォンは唯一の不満を手に取る。
「……こういうのは、どうなんだ?」
 普段の制服は白いシャツに黒いパンツ、それからエプロンである。だというのにクリスマスだからとコスプレ甚だしいミニスカサンタ衣装を用意された。ここはいつからイメクラになったのだろうか。喫茶店であったはずだが。
「似合う似合う!」
「やめろ! 撮るな!」
「これを撮らないで何を撮るっていうの!」ぎゃあぎゃあと騒ぐジータを追い出す。
「終わったら迎えに来るよ」
「来るな、危ないだろ」
「サンダルフォンだって危ないじゃない。ルリアがいるからお酒も飲まないし車出すよ」
「絶対にやめろ」
 ジータの荒ぶるドライビングテクニックを思い出してサンダルフォンは青ざめて断固たる拒絶を見せた。遠慮しなくていいのになんていうジータは安全運転と思い込んでいる。サンダルフォンは二度とジータの車には乗るものかと固くほぞを結んでいた。
「はいはい、終わったら俺が送るから」
「ベリアルと二人きりにする方が心配なんだけど」
「俺だって手を出す相手は選ぶさ」そういって店長は肩を竦めた。

 フロアの客の殆どが一人だった。しきりに、携帯を気にしている様子から、待ち合わせのための時間潰か、待ち合わせの場所となっているようだった。サンダルフォンは静かにフロアを移動しながら短い丈のスカートが気になってもじもじとする。
 似合っていないのだと分かっている。サンダルフォンはちらちらと揶揄うように寄せられる視線に開き直ったつもりでふんと鼻を鳴らした。
「お姉さん可愛いね」なんていう男の戯言をにこやかに捌いてく。クリスマスで随分と浮かれているらしい。自分も、浮かれた格好をしているものの仕事である。決して浮かれていない。それに、冗談というものは得意ではない。
 掛けられる注文以外の声にうんざりとしながら、同時に当て馬にされたようにキッと睨みつけてくる連れの女性に辟易としながらサンダルフォンは真面目にフロアを動き回っていた。
──カラン、カランとチャイムベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」といつもの調子で言おうとして、尻窄んでいった。ぎょっと目を丸くしているのは、ルシフェルその人である。仕事があると言っていたはずだ。偶然、だろうかと思ったが、この店で働いていることはルシフェルも知っていることだ。サンダルフォンは引き攣る顔でどうにか笑みを作る。
「おひとり様でしょうか」
「あ、あぁ……」
 呆然とするルシフェルにサンダルフォンは消え入りたくなる気持ちを必死に押さえつけて席に案内をする。誰か注文を取るのを代わってくれ! と嘆いたものの、生憎と本日のフロア担当はサンダフォン一人であった。残念ながら退路はない。サンダルフォンは注文を根性で乗り切り配膳をした。そしてルシフェルはどうやら、サンダルフォンが終わるまで待つつもりでいるらしい。しきりに、ちらちらと視線が寄せられる気がする。確認することも恐ろしく、サンダルフォンは振り向けない。

 喫茶店内は、聖夜とは思えぬほどの緊張が張りつめられていた。
 注文以外の声が掛けられることもなく、サンダルフォンはほっとしたような気持ちで、短いスカートを思い出してもじもじとする。
「ありがとうございました」サンダルフォンは迎えが来たらしい女性を見送ってから、フロアを見渡す。あれほどまでに点在していた人影はぽつんと一つになっていた。ルシフェルは顔をあげると微笑を浮かべた。
「お疲れ様、サンダルフォン」
「いえ、まだ閉めの作業がありますから」とサンダルフォンが言うもののベリアルがぐったりとした顔で「いいよ、今日はあがってくれ。ついでにその服もやるよ」と言う。
「別にいらないんだが」
「いいや、貰ってくれ、頼むから。ついでにルシフェルの御機嫌取りをしてくれ」
「はぁ?」
 サンダルフォンは胡乱にベリアルを見た。従兄ときたら軽薄な笑みもなく真面目であった。何が何やらさっぱり分からないまま、サンダルフォンは更衣室で着替える。ジータに「今日はいけない」とメッセージを送ってから、慌てて付け足す。「ルシフェルさんと過ごす」と送れば「ごちそうさま!」と返信があった。何か食べたのだろうか、サンダルフォンは首を傾げる。それから、いらないといったのにサンタ衣装を押しつけられた。処分に困っているのかとサンダルフォンは呆れながら喫茶店を出る。キンと冷え切ったビル風が吹いた。

 喫茶店を出てすぐの駐車場に、場違いな高級車が止まっていた。見慣れた高級車ながら違和感のある光景である。ルシフェルに助手席に通されると、サンダルフォンはシートベルトをしめる。ルシフェルが運転席に乗り込んだ。
 サンダルフォンが唯一安心できる運転である。
「迷惑じゃなかっただろうか?」とルシフェルが心配そうに言った。サンダルフォンは曖昧な笑みを浮かべた。会えて嬉しいという気持ちは勿論ある。それも会えないと思っていたのだから、喜び跳ねたいくらいに嬉しい。しかし、恥ずかしい姿を見られてしまったという羞恥で素直に喜ぶことができない。ルシフェルはハンドルに額を押しつけた。
「予定が早く終わって、君にいち早く会いたいと急くあまり、連絡を入れ忘れていた」
「そんなうっかりを、貴方もするんですね」
「久しぶりに会えると思うと、らしくもなく、はしゃいでしまったんだ……」
 サンダルフォンは、年上でいつも余裕たっぷりなルシフェルが、可愛いと思ってしまった。よく見れば、耳が赤くなっている気が、しないでもない。
 サンダルフォンはくすくすと笑ってしまった。
「でも、そのおかげで素晴らしいものが見れたよ」
「素晴らしい……?」
「可愛いサンタクロースだったよ」と顔をあげて言った。
「忘れてください!」
「なぜ? 似合っていたのに」
「似合ってなんていません! 貴方まで、おかしな冗談をいわないでください!」
「冗談なんて言っていない」
 ルシフェルは至極真面目に言った。サンダルフォンは頭が痛くなる。どうやら、疲れも相俟って、クリスマスに浮かれているらしい。

 車が静かに発進をした。
 目指すは大都会に聳え立つ二人の愛の巣である。
 サンダルフォンはふて腐れた顔をしながらも、街中を彩るイルミネーションを見つめると、俄かに心がわくわくとして目を輝かせていた。その様子をミラーでちらりと見たルシフェルは小さな笑みを浮かべる。
 サンダルフォンはその様子に気づくと、怒っているんです、というようにむっつりとした表情を取り繕ったから、ルシフェルはつい、笑ってしまった。サンダルフォンはむっとしてから、仕方なく、笑った。

 カップルや親子、友人同士が連れ経っている街中はすっかり浮かれている。サンダルフォンも少しだけ、否、十分に浮かれていた。浮かれているサンダルフォンは楽しげに街中を見つめている。その姿に、ルシフェルはどうしたら、あのサンタクロースの衣装をもう一度着てもらえるのだろうかと真剣に考える。出来るならば自分だけに見せていて欲しい。お願いしたら……だが嫌がっているのに無理やりというのは申し訳ない。
「似合ってない」なんて言うサンダルフォンの視力はそこまで悪くなかったはずである。それどころか眼鏡いらずなのだと可愛らしく、自慢気に言っていた。サンダルフォンの言動はルシフェルの優秀な記憶回路の中で特別丁寧にしまいこみ、整理整頓され、いざとなればすぐさま蘇らせることができるのだ。
 ルシフェルがどれだけ気を揉んだのかサンダルフォンは知る由も無い。ちらちらと邪な視線を向ける男を牽制したというのに、サンダルフォンは気付く素振りも見せない。自分がどれだけ愛らしいの理解してほしいような、ずっと知らないままルシフェルにだけ分かれば良いような気持ちで、赤信号を見つめていた。

2020/12/25
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