ピリオド

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 視線が交わる。果てしない青色と、深い赤色が交わる。二人して目を丸くして、二人して同じ言葉を口にした──「チェンジ」
 それが数千年越しの再会の第一声であった。

 アルファであるルシファーと、そしてオメガであるサンダルフォンは遺伝子検査の結果相性が最も良いとされ、晴れて強制的に、パートナーとなった。二人の顔には絶望しかない。よりにもよってコイツかよとありありと浮かんでいる。ルシファーとサンダルフォンの数千年前を知るものは同情しながら御愁傷様と声をかける。しかし、知る由もない関係者にとっては不可思議な反応であった。

 オメガの保護はアルファの義務である。そしてオメガを保護することは、アルファにとってステータスとなっていた。保護するだけの財力と地位があり、社会的に認められるとみなされる。人によってはオメガを喉から手が出る程求めているが、こればかりは金では買えない。なんせオメガとアルファは遺伝子検査によるマッチングでしか出会えないのである。

 そんなもん知ったこっちゃない。ルシファーは人に指図されることが嫌いである。命令されることが不快である。遺伝子がなんだアルファとオメガがなんだと、オメガ保護システムを立ち上げた本人でありながらむかむかと苛立たしげにサンダルフォンを睨みつけた。睨みつけられたサンダルフォンもむっとした顔をする。しおらしく、きょどきょどと視線に怯える昔日の面影はなくふてぶてしい。

 しかし幾ら二人がコイツとだけは嫌だと言おうが、検査の結果は覆ることはない。
 サンダルフォンはそれまでぬくぬくと暮らしていた保護施設を追い出され、ルシファーのもとに転がり込んだ。ルシファーもサンダルフォンを追い出すことが出来ない。ルシファーとて、逮捕されることは避けたいところである。なんせ、アルファの「責務」である。
 不承不承の同居生活はこうして強制的に始められたのである。

 ルシファーが今世においても研究者であることをサンダルフォンは「だろうな」と思った。研究者以外のルシファーを想像できない。サンダルフォンにとって、薬品の臭いをしみ込ませたローブを着た姿が、見慣れたルシファーであった。見慣れた、といっても研究所において言葉を交わした記憶は皆無である。サンダルフォンはルシファーに対して言い知れぬ恐怖を感じていた。敬愛するルシフェルとよく似た姿でありながら、仕草や言葉の一つ一つが真逆であった。残酷に冷酷に確実にサンダルフォンを傷付ける。どうしてルシフェル様は友と呼ぶのだろうかと不思議に思う存在であった。ルシファーとしてもサンダルフォンに興味はなかった。戯れに、どのような天司を作るのだろうかと指示をしてみれば出来上がった天司は酷く、つまらない形をしていた。そして、役割を全うするどころか最高傑作にとって害をなす存在となった。

 ある意味で両想いである。

 そんな両想いにお節介なスパイスとしてアルファとオメガは盛り込まれると、二人はなし崩しに公的な関係となった。オメガは保護されるようになった代償として人権を失ったのだ! サンダルフォンは嘆きながらやけくそにがぶがぶと珈琲を飲んだ。胃が荒れて寝こんだサンダルフォンをルシファーは馬鹿にしながら、あくまでも義務として、世話をしてやった。サンダルフォンは屈辱に震えた。そんなサンダルフォンを見るとルシファーは少しだけ気分が良くなったから目の前で珈琲を、さも美味そうに飲んでやった。サンダルフォンが明らかに不快そうな顔をする様子にちらっと嬉しくなる。だがルシファーも研究尽くしの不規則な生活で弱っていた内臓に珈琲は負担であった。ルシファーが寝込んだ。サンダルフォンはニヤニヤ笑いを隠しながら心配していますよという風に世話をするとルシファーが不快そうに忌々し気であったから気分が良くなった。

「君たちは仲が良いのだね」
「どこをどうみて思ったのか聞いても良いですか……?」とサンダルフォンは震えた声で問い掛けた。研究一筋な彼にパートナーが出来たのだと伝言ゲームよろしく伝え聞いてこれはお祝いをしなければと駆け付けてから、サンダルフォンと再会を果たしたルシファーの従弟であるルシフェルはにこやかなまま、何も言うことは無かった。
 きっと、何か盛大に勘違いをしていらっしゃる……! サンダルフォンは確信をした。

 ルシファーと仲が良いだなんてありえない。幾らルシフェル様でも言って良い冗談と悪い冗談がある。寒気がする。証拠に、サンダルフォンの全身をくまなくぷつぷつと鳥肌が立っていた。サンダルフォンはぞわぞわとする肌を摩った。

「来ていたのか」と声を掛けられて振り向けば眉を寄せた姿があった。祝日休日も関係なく研究所と家を往復しては、深夜に帰宅をする。そんなに家に寄り付きたくないのかと、当てつけかとサンダルフォンはふてぶてしく振る舞っていながらも、内心では面倒を掛けている、オメガという性の所為で、なんてしおらしく思いつめていれば、その暮らしはサンダルフォンが転がり込むより前からの習慣であったという。ほっと、サンダルフォンは自分の所為ではないことに胸を撫でおろした。同時に、今は人間であるというのにルシファーが体を壊すのではないかと、心配を寄せる自分にぞわぞわとした。

 ルシファーはリビングにて、テーブルに並べられているティーセットと、向かいあって座り珈琲を飲む二人を一瞥すると鼻を鳴らした。「気楽で良いものだな」と言い捨てるなり部屋を後にした。帰ってきて早々になんて嫌味な態度なんだとむっとするサンダルフォンに、ルシフェルは嬉し気に、楽しそうに笑った。矢張り、何かを勘違いしていらっしゃる。
「ルシファーのあれは、嫉妬とかじゃないですからね」
「そうだろうか?」
「研究が行き詰ったのか、それか強制的に帰らされたんでしょう。最近は研究所で寝泊まりしてることも多いから。自分の不満をこっちにぶつけてきてるとか、どうせそんなところですよ」
「よく分かってるんだね」
 サンダルフォンは気まずげに珈琲を啜った。

 本当のところ、もしかしたらルシフェルが自分の相手ではないのだろうかとサンダルフォンは期待していた。ルシフェルとルシファーはよく似ている。従兄弟であると知らなければ双子だと、まず思われる。遺伝子構造も似ているのではないのか。ルシフェルとルシファーを間違ってしまっているのではないのか……なんて淡い期待は呆気なく打ち砕かれる。
「アイツはベータだぞ」
「何も言ってない」
「残念だったな」
「思ってないだろ!」
 サンダルフォンはキっとルシファーを睨みつける。ルシファーは視線もなんのそのとサイエンス雑誌に目を通していた。つい先ほどまでルシフェルが座っていた場所である。サンダルフォンは暫く睨んでいたものの、無意味だと諦めて、溜息を吐き出すとお茶会の後片付けをする。
 淡い期待を抱いた、とはいえサンダルフォンはルシフェルがパートナーである想像がつかない。ぼやぼやとして描くことが出来ないのだ。よっぽと、あれだけ嫌々と思っていたルシファーの方がしっくりくるのは、きっと何だかんだで同居生活に慣れきってしまっているからだろうと、サンダルフォンは思い込むことにした。

 ルシファーは相変わらず、鈍いなとサンダルフォンをちらりと観察して呆れてしまう。ルシファーの視線に気づいた様子のないサンダルフォンは、ルシファーが日が暮れていない時間に帰って来たことが不可思議であるようだが、何も言わないでいる。ルシファーも何も言わない。
 ルシファーはサンダルフォンをアルファの責務として、オメガの保護として引き取っているに過ぎないのだ。恋愛感情なんてない。ルシファーは自分に言い聞かせるみたいに、繰り返している。きっとサンダルフォンは気づいていない。
 呑気なサンダルフォンは片付けを終えて、夕飯の用意に取り掛かろうとしてぼんやりと冷蔵庫の前で立ちつくしていた。ルシファーは声をかけない。ただ見守るだけだった。ややあってからサンダルフォンは食事の用意に取り掛かる。時間をかけて作り終えたころには「体調が悪い」と言ってふらふらと部屋に引き籠った。甘ったるいような、胸がざわめく、決して不快ではない、それどころか好ましい香りを発していることを、サンダルフォンは気づいていないのだろう。
 ルシファーはサンダルフォンの作った夕食を平らげると、頃合いかとサンダルフォンの部屋をいるわけないと知りながら覗いた。案の定、そこはもぬけの殻である。ルシファーは驚くことなく、自身の部屋へと向かう。
 閉め忘れていたカーテンからは薄明かりが差し込む。
 薄明かりに照らされた室内にはこんもりと、クローゼットから引きずり出されたルシファーの服がありったけに積まれていた。人の気も知らないで安心しきって服の海におぼれてる姿に、ルシファーは仕方なく笑った。
 その顔が、あまりにも優しいことは誰も知らない。

Title:約30の嘘
2020/12/24
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