ピリオド

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「ルシフェル様、お帰りなさいませ!!」
 研究所に帰還して早々に掛けられた言葉に、ルシフェルは虚を衝かれる。じっと、声を掛けてきた姿を見つめる。「どうか、しましたか?」と不安に首を傾げる姿に、ルシフェルは眉間に皺を寄せた。
「……あの、珈琲の研究で是非ルシフェルさまにも……」
 反応を示すことが無いルシフェルに不安そうに、ルシフェル様? と呼びかける声が、聞くに堪えない。ルシフェルはうんざりと、目を閉じてから、胸の中で濛々と込み上がった不快感を吐き出した。
「いい加減にしてくれ」
「そん……な……ルシフェル、様……。俺、何か、御気に障るようなことを」
 低い声に気遣いはちらりともない。耳朶に触れた言葉に、傷ついた様子を見せるからますますルシフェルの苛立ちが膨れ上がる。ルシフェルは腰に佩いた刀に手をのばす。一瞬。刹那。するりと首がずれた。ぼとりとずれた頭部が転がり、肉体はべしゃりと倒れる。
──まったく、これで十を超えてしまった。ぼやきながら肉体を分解させると御座なりなコアを回収して所長室へと向かう。ノックも無しに所長室に入れば「ルシフェル様!!」と、助かったと言わんばかりにほっとして、輝く瞳がルシフェルを出迎える。
「おかえりなさいませ……申し訳ありません」
「ただいま、サンダルフォン。君が謝ることではない。……友よ、いい加減にしてくれ」
 サンダルフォンにはとびっきりに優しく落ち着かせるような声、友であり創造主であるルシファーには背筋も凍るような威圧的な声を向ける。温度差がありすぎてサンダルフォンはひゃっと内心で悲鳴をあげた。
 ルシフェルが怒っている姿を見るのは初めてではなかった。今までもこうして、二人がバチバチとしている姿を前にしているが、慣れることは出来ない。
「サンダルフォンは私の麾下だ」
「それがどうした。研究所内の最高責任者は俺だぞ」
「それこそ、それがどうしたというのだ」
 言葉遊びならばもっとにこやかにしてほしい。二人揃って真顔で淡々と言い合っているから、余計に不気味でサンダルフォンはちぐはぐな喧嘩におどおどとしてしまう。
「サンダルフォンも、嫌ならば拒否しなさい」
 ルシフェルの言葉にサンダルフォンはそんな無茶なと困り顔になる。相手は研究所所長である。ルシフェルのように、友と認められた相手であれば別なのだろうが、一介の、さらに言えば役割の無い天司が所長に逆らうなんて即刻廃棄のラベルを貼られて流れ作業のように処分をされてしまう。想像しただけで身の毛もよだつ。
「嫌がってなかったぞ」
「は、はい」
 首肯以外を認めないとばかりに問い掛けられたサンダルフォンは、思わず首肯してしまう。ルシフェルはジロリとルシファーを睨んだが、ルシファーはどこ吹く風と言わんばかりで気にした素振りは見せない。この人の心臓、どうなっているんだろうとサンダルフォンは思った。心臓が無いんじゃないのかな、星の民ってもしかしてそういう生き物なのかなと現実逃避を始める。サンダルフォンを置いてけぼりにルシファーはルシフェルに声を掛ける。
「今日は何処が不可だった」
「なにもかも」
「歴代に比べれば記憶も受け継ぎ、限りなく本物に近かったはずだが?」
「所詮は紛いものだ」
 ルシフェルは忌々しそうに吐き捨て、サンダルフォンの肩を抱き寄せる。心臓について考えていたサンダルフォンは何の話をしているのだろうと、不思議にルシフェルを見上げ、それからおずおずとルシファーを見比べた。
「サンダルフォン、私は友と話がある。先に中庭に行っていてくれないか」
「は、い。わかりました。……失礼します」
 部屋を出ていった姿を見送ると、ルシフェルは氷点下まで冷え切った瞳をルシファーに向けた。ルシファーは肩を竦める。ちっとも、懲りていない。
「なぜ態々サンダルフォンの複製を?」
 これまで10体の複製品をルシフェルは処分してきた。最初こそ姿形、声が同じであったから、手に掛けることは憚られた。手に掛けては、途方もない罪悪感を抱いた。本物のサンダルフォンと語り合っても、ぞっとしない恐怖がじわじわとルシフェルを駆り立てていた。しかし、十回である。次第に罪悪感と恐怖は怒りになっていた。姿と声が同じだけでお粗末な造りであることに、サンダルフォンが侮辱されているような気持ちになった。
 毎回、改良がされていることが、また腹立たしいことこの上ない。今日にいたっては記憶を受け継いだ状態であった。より一層にサンダルフォンに近く、遠い姿はルシフェルのただただ不快にさせるだけだった。
 サンダルフォンは、自身の複製について知らされていない。ルシフェルも、不要な事を耳に入れるべきではないと考えている。それに、複製品とはいえ同じ形をした存在を切り捨てたとしればサンダルフォンも気分が悪くなるのではないか、やがてルシフェルに恐怖するのではないかと思うと、とても伝える気にはなれない。
「お前はアレが気に入っているだろう?」
 気に入る、と言う言葉にルシフェルは眉間に皺を寄せたが、否定の言葉は口にはしない。首肯と見做したルシファーが続ける。
「アレは基礎能力は標準以上であるが、突出しているわけではない。俺にはお前がアレを気に入る理由は微塵もわからんが──まあいい、スペアを作っておけば不測の事態に対応出来るだろう。今は複製品に過ぎんが何れは本物と変わらん代物が出来る」
「……不測の事態は起きない。よってスペアはいらない」
「なんだ、いらないのか?」
「ああ、いらない」
 即座に否定をしたルシフェルに、ルシファーは詰まらなそうに言うと、サンダルフォンの複製についての研究資料を机に投げだした。
「わかった、スペアはいらないんだな」
 しつこい確認だなと思いながら、ルシフェルは「スペアはいらない」とこたえた。
「それから、彼はアレ、ではない。サンダルフォンだ」
「……さっさと中庭に行ってやればいい」
「ああ。……よければ、きみもどうだろうか? サンダルフォンの淹れる珈琲は絶品だ」
「興味が無い」
「残念だ」
 それきり、複製品やスペアに関する研究は凍結された。

Title:馬鹿の生まれ変わり
2020/12/13

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