ピリオド

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 ルシファーが所長を務める研究所内に、浮足立ったようなそわそわとした雰囲気が漂っていることに気づいたのは、うんと、うんと後であった。ルシファーを除いて、研究者どころか天司ですら原因を知り得ていた。ルシファーだけが何も知らないままであったのだ。

「ファーさん、友達いないもんね」と心中御察ししますとばかりに憐みたっぷりの視線を向けて言った補佐官を、ルシファーはギロリと睨んだ。
 ベリアルは浮付いた雰囲気の原因を知っていた。知っていたが言わないでいた。なんせ面白そうであったのだ。それに加えて、別段に計画に支障が出るほどのことでもない。ルシファーに報告しないでいたのは、訊かれないでいたからだ。訊かれたら伝えるつもりであった。だから、訊かれたので答えるのであるが、まさか今の今までルシファーが知らないでいたとは、ベリアルも思わないでいた。すっかり、知っているものと思っていた。知っていて、支障もなく、興味が無いから放置をしている、静観を決め込んでいるのだと、ベリアルは思っていたのだ。
「で、原因は?」
 ルシファーがせっついた。
 ベリアルはそういえばそんな話だったかと思い出したように、
「中庭だよ。ほら、ルシフェルとあのスペアの子、なんだっけかな……ああ、サンダルフォン? が時々降りているってことで話題になってるんだ」
「……それだけ、か?」

 渋々とではあるが、ルシフェルに中庭の使用を許可をしたのはルシファーである。
 中庭は、研究員のメンタルケアのために、という名目でルシファーが研究所所長に就く前の時代から設置されていた。しかしながらルシファーが一介の研究員であった時代から、そして所長を務めている現在においても、中庭を使用する研究員は確認されていない。使用者もいないのだから中庭を取り壊して新たな研究棟を建てようかとルシファーは計画していた。研究棟は幾らあっても困ることはない。そんな計画にまったを掛けたのがルシフェルであった。
 ある日のことである。ルシフェルは至極真面目な顔をしていた。真面目な顔がルシフェルのデフォルトであるのだが、それにしても張りつめた雰囲気を醸し出すから、ルシファーは計画がバレたのかと一瞬だけ警戒をした。ルシフェルに計画が露呈することも含めて計画であるのだが、時期が悪い。まだ堕天司も足りていない。
 ルシフェルが重々しく、口を開いた。
「頼みがある。中庭の使用許可が欲しい」
 言われたルシファーは面食らった。
「理由は」
「せめて中庭だけでも、彼に、……サンダルフォンにも、外と触れ合わせてやりたい」
「……アレを人目に触れさせるな、と言ったと記憶している」
「ああ。だから彼には部屋での肉体維持を命令している。窮屈を、強いている」
「命令をしたのはお前だろう。窮屈なものか」
「しかし、」
「くどい」

 ルシフェルに作らせた天司を、ルシファーは嫌悪している。ルシフェルならばどのような天司を作るのかと期待をしてみれば、際立った能力もない。何故、ルシフェルが気に入っているのか理解できない。理解できないことが、殊更、サンダルフォンという存在への嫌悪を増長させる。とはいえ、使用頻度が確認出来ない中庭であってもルシファーが安易に許可をしなかったのは何も個人的な理由だけではない。
 サンダルフォンは、ルシフェルが一人で作り上げた天司である。役割こそ、伏せられているものの、物珍しいことに変わりはない。
 サンダルフォンの存在は公になっていない。してはならない。
 中庭という他人の目が触れられない場所であっても警戒をするべきだ、と冷静に判断をしたまでのことであった。しかしルシフェルにしてみれば、サンダルフォンの淋しげな横顔にずきずきと胸の奥底が痛みを覚えて、何かしてあげたいと自分にできることをと考えての行動であった。ルシファーの意図を理解していながら、ルシフェルの中に置いてはサンダルフォンを喜ばせたいという親心にも似た下心が優先された。憐れルシファー。ルシフェルが理解できたままであれば意地になっても許可をすることが出来なかった。しかし最早ルシフェルはルシファーの理解を越えていた。同時にルシファーもちょっとばかりの興味が湧いた。なんせ作ってから今の今まで、ルシフェルがルシファーに頼む、だなんて一度として無かった。友と呼ぶことを認めている存在であると同時に、最高傑作の願いである。唯一、背景にサンダルフォンのため、だなんて気に喰わない存在がいることが不快であった。
「……サンダルフォンが問題を起こせば、即刻使用を取り消す」
「!! 感謝する」と言ったルシフェルは本当に感謝をしているのかと疑いたくなる様子で、感謝もそこそこに場を離れた。ルシフェルは所長室に取り残されて早まっただろうかと考えた。

 許可を出して以来、サンダルフォンが問題を起こしたという話はルシファーの耳に入っていない。ルシフェルは、サンダルフォンに会うためとはいえ、今まで考えられなかった頻度で、ほとんど毎日のように研究所に顔を帰還する。捕まえることが出来れば実験に付き合わせたり、意見を求めたりと出来たので研究も捗ったのはルシファーにとっては嬉しい誤算であった。
 なのでルシファーはなぜ中庭が浮付いた雰囲気の原因であるのかてんで理解出来ないでいた。まさかサンダルフォンが問題を起こしたのか。しかし自分に報告はない。
はっとする。
「……まさか」
「御名答!! ルシフェルの所為だよ」
「ありえん」
「それがあり得るんだよなぁ」
 俺の最高傑作に限って……。なんてモンスターペアレント染みた事を言うルシファーに悪いが、事実である。簡単なことだ。今まで呼びだしてやっと帰還をしていたルシフェルが自らの意志で帰還していることがまず不自然である。それに加えて何やら中庭に通い詰めている。誰一人として目を向けることのなかった中庭に、何の用向きがあるというのか。それに、あの天司長ときたら鉄面皮が嘘のように中庭に行くときにはにこにことして、出ていくときにはやる気に充ちあふれているのだ。やる気に充ち溢れたルシフェルは今まで以上に天司長として、務めている。どうやら中庭に何かがあるらしい、という噂は娯楽の少ない研究所に瞬く間に広がった。どうしてファーさんは気づかなかったんだろうとベリアルは不思議である。研究者たちは中庭を探索したものの、手がかりは何一つとしてない。そのうちに噂に尾鰭がびっちりとつき出した。何でも中庭には天司長が寵愛している女神がいてその女神に逢えば開運幸運ツキまくりになるというのだ。ベリアルは腹を抱えて笑った。ルシフェルは噂を聞いて複雑な顔をしていた。サンダルフォンを人目につかせてはならない、という意識はあるのだ。徹底的に目くらましをした。ますます研究者たちは躍起になっている。

 突き詰めれば原因はサンダルフォンだ、と言いたいところであるが言いがかりにも程があるという自覚はルシファーにもあり、「何をしているんだ最高傑作」とあきれて何も言えなくなるだけだった。

2020/12/10
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