ピリオド

  • since 12/06/19
「次の島は雪が降るんですよ」
「そう、か」
「雪が積もっていたら、雪合戦をしてみたいんです!! サンダルフォンさんも是非参加してくださいね」
「中々に白熱しそうだな、俺は観戦させてもらうよ」
「そうですか? あ、サンダルフォンさんは雪を見たことがありますか?」
「どうだったかな……覚えてないな」と言ったサンダルフォンは嘘をついている。ルリアはピンときた。だけどルリアは追及できない。曖昧な、微苦笑を浮かべて、それからすっかり温くなった珈琲牛乳を飲み干す。丁度良いと思っていたくらいの甘さはドロドロと喉を通り過ぎていった。
「ごちそうさまでした!」と元気よく言ったルリアに、サンダルフォンは「お粗末さま」と声を掛けた。

「……水を差すようだが、今の時期はあの島でも降るかどうか、怪しい所だぞ」
「えっ!?」
「五分五分といったところだ。あまり、期待をするなよ」
「そうなんですね」と言いながら、ルリアはあからさまに落ち込んでいた。サンダルフォンはなんだか、悪いことをしてしまったような気分で、居心地が悪い。夢を壊してしまったかのようで、気まずくなる。
 しかし、いざ島についてただ寒いだけに加えて雪も無いなんて肩透かしも良い所である。しょぼくれるルリアが目に浮かんだ。それならば、期待をさせない方がと思ったのだ。
「余計なことを、言った。……悪い」
「いえ!! 見れたら良いなあって思うくらいでしたから。サンダルフォンさん、あったかいお洋服、出しておいてくださいね」と言ってからルリアは部屋を出ていった。空元気に振舞う姿に、サンダルフォンは言わなければよかっただろうかと思った。

 一人残されたサンダルフォンは、温くなった珈琲を口にして、眉間に皺を寄せた。それから、堪らない気持ちになる。
 雪は、好きじゃない。
 しんしんと降り積もる雪を見ると、たまらなく、切なくて、淋しくて、哀しい気持ちになってしまう。冷たいのが哀しくて、残らないことが切ない。
 雪だけじゃない。あらゆるものが引き金となって、サンダルフォンに思い出させるのだ。忘れたいと思っても、忘れられないでいる。未練がましいったらない。
 サンダルフォンはとりわけ、珈琲の呪縛から逃れられない。つい、口にしてしまう。団員たちはサンダルフォンは珈琲が好きなのだと思っている。珈琲を淹れていると、自分の分も淹れてくれと言われる。「俺の珈琲はあの御方のために」と、咄嗟に思う自分がいる。サンダルフォンは、途方に暮れてしまう。
「……はあ」

 憂鬱な嘆息を吐き出す。

「溜息をつくと、幸せが逃げるそうですよ」
「迷信だ」
「そうでもありません。笑う門には福来る、と申しますし。ね?」
「なにが、ね、だ」
「おや、私が言っているのに」
 不服そうな口ぶりのルシオに、サンダルフォンは呆れかえるしかない。ルシオは先ほどまでルリアが座っていた椅子に、どうどうと座るとサンダルフォンをじっと、にこやかに見つめる。「……何か言え」と思いながら、サンダルフォンは立ち上がると、戸棚からカップを取りだした。それから、すっかり冷めた珈琲の元素を調整して温めなおす。どうして態々淹れなおしてやらんといかんのだ。と言うサンダルフォンなりの意趣返しである。俺がなんでもかんでも、素直に聞くと思うなよ。とサンダルフォンなりの意地悪である。だというのにルシオはにこにこしてる。張り合いがない。それどころか、「特別扱いのようですね」なんて言ってのけるからサンダルフォンはこの男の意味の分からなさは、自分の手に負えないのだと痛感した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
 そういってから、ルシオは珈琲の香りを楽しみ、一口、味わう。その様子を見ていると、無性にサンダルフォンは切ない気持ちになって、腹の奥底がぐつぐつと煮えたぎるように熱くなって、どうしても、ルシオの頬を引っ叩きたくなる。我ながら、情緒不安定だとサンダルフォンは虚しくなってルシオから視線を逸らした。

「サンちゃんは、雪がお嫌いなんですね」
「嫌いじゃないさ」
「でも、好きでもないんでしょう?」
「……きみに言った覚えはないが」
 ルシオは誤魔化すようににこにこと笑っている。サンダルフォンは溜息をついた。「ほらまた溜息」なんていう注意に、「お前の所為だ」と返す。頭が痛くなる。
「そういう誤魔化し方は、胡散臭いからやめておけ」
「おや……サンちゃんには通じないのですね」
「通じるもんか。見慣れてる」
 サンダルフォンは唇を尖らせた。

「きっといつか君にも役割が与えられる」なんて甘い言葉で期待をさせる。申し訳なさそうな困った微笑。サンダルフォンに「いつかっていつですか」とせり上がる言葉を呑み込ませる。困らせてしまったという罪悪感を植え付ける。忌々しいったらない。感情がぐつぐつと湧き上がっていくのを感じて呼吸を忘れてしまって息苦しくて目の前が赤くなって頭の奥でぷつぷつと何かが切れてそれから「サンちゃん、今は私といるでしょう?」
「……他に誰がいるって言うんだ」
「私と、サンちゃんだけですよ」
 何を当たり前な事を、おかしな奴だなと思いながら、サンダルフォンは珈琲を啜った。

「ああ、そういえば。君も暖かい服を出しておけよ」
 サンダルフォンは思い出したというように声を掛けた。
「暖かい服ですね、わかりました」
「わかってないだろ」
「そんなことはありません。人の営みに関してはサンちゃん以上に知識がありますからね」
「知識だけだろ」
 サンダルフォンはここぞとばかりにルシオを揶揄ってやる。ルシオは揶揄われているというのに、差して気分を害した様子もなく、気分の良さそうなサンダルフォンに目を細めるだけだった。

 サンダルフォンは空っぽになったカップの底を見つめ、重々しく、口を開いた。
「これは、独り言なんだが」
「ならば私のこれも独り言ということで」
「……ルリアが、雪合戦が楽しみだと言っていたんだ」
「遊びで済めばいいのですが」
「アイツらのことだから無茶苦茶な遊び方をするんだと思う」
「ええ。目に浮かぶようです」
「別に、俺はちっとも楽しみじゃないが、ルリアが、楽しみにしているんだ」
「そうなんですね」
「俺は、雪なんか好きじゃないんだ」
「わかっていますよ、サンちゃん」
「……雪、降ったらいいのにな」
「大丈夫です、きっと振りますよ。ねえ」
 ねえ、なんて言われてもサンダルフォンは天気を操ることなんて出来やしない。精そんな芸当が出来るのはこの世界でも限られている。くしゃりと顔を歪めたサンダルフォンにルシオは微笑を向ける。

 果たして、五分五分どころか近年稀に見る温暖な気候とまで言われ雪景色なんぞ望み薄だと思われていた島に到着したころには、猛吹雪が去った後であった。一面の雪景色が一行を出迎える。しかし、サンダルフォンは感傷に浸るどころではなく、雪景色と同化したルシオの捜索に明け暮れていた。
「どうして態々白色を着ているんだ!! 大馬鹿者!!」と積もった雪に、怒声が吸い込まれる。
 雪景色の提供者たる天司長は何とも言えない気持ちで、見守るしかなかった。

2020/12/09
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