ピリオド

  • since 12/06/19
 駅前には夕方―既に日は暮れている―という時間帯や土曜日ということもあってか、子どもを連れ立った家族や恋人が多かった。誰もが幸福そうに、当然のように関係を享受している。愛されていることが分かっている。
 赤司は、針が刺さったような痛みを心臓に感じながら、すれ違う彼らを見ていると先ほどの黒子を思い出した。
 吐き出した言葉は本心ではある。けれども、それと同時に酷く惨めで薄暗い自分本位な気持ちもあった。
 男は何時だって格好付けたがりでしかないのだと、笑いが込み上がる。好きな人の前では格好よくありたい、惨めで醜い一面を残したくない。縋って拒絶されることが恐ろしい。あんな状況であっても格好悪い一面を見せたくなかったのだ。
 自分は結局、プライドを捨て去ることが出来ないのだと、笑えてきた。
 ちっぽけなプライドの癖に重たくて赤司はそれを投げ出せない。
 黒子が好きだという気持ちに偽りは無いし、その想いは褪せることはない。
 ままならない自身の感情に、赤司は自身でもらしくないと思いながらも、それでも振り切ることが出来ない。
 果たしてこの感情に区切りをつけることが出来るのだろうかと自嘲しながら、家に帰るでもなく何処へ向かっているのか分からないまま足を動かす。

「・・・!」
「・・・し・・ん!」
「あかしくん!」

 聞こえる筈の無い声に呼び止められて、立ち止まり振り返った赤司の目が見開かれる。

「テツヤ?」



 死んでしまうのではないかという青白い顔で、肩で息をする黒子には余裕が無い。
 年甲斐も無く数年ぶりに走って、暫くぶりの運動に悲鳴を上げる体に鞭を打ち、声を張ろうにも、酸素を吸い足そうとする喉は痛いくらいに引き攣っていて、からからだった。
 そんな姿は中学時代と重なるものがあり、赤司も黒子も時間の概念から放り出されたような感覚になる。本当は、自分たちは15歳のままなのではないか、そんな馬鹿げた考えが過る。

「ゆっくり、息を吐いて」

 赤司の声のままにはふはふと忙しなく吸って吐く、を繰り返していた呼吸を全て吐き出した。暫くして黒子が落ち着いてきた頃に赤司は戸惑いながらも言う。

「どうして、追いかけてきたんだ」

 期待してしまう。烏滸がましいと分かっていても、捨て去ることの出来ない感情は胸を、脳を、体をどろどろと侵食していた。

「・・・キミは、ずるい」

 まだ整えきれていない呼吸のままに黒子は赤司を糾弾する。その手は逃がすものかとでも言うように赤司のコートをしっかりと握っていた。
 黒子の手は震えていた。それに気づく程度にはまだ、赤司の脳は冷静だった。

「君は、何時だって、ボクを置いていく」


 その言葉に赤司はかちんとするものがあった。置いていって、消えてしまったのはお前じゃないか。与えたものを全て疑って、何も残さずに消えていったのはお前じゃないか。
 心臓を食んでいた怒りが喉を掛けて、口から飛び出る。

「ちがうだろ・・・?置いていくのは、何時だってテツヤじゃないか。お前は僕の言葉を何一つ、聞いてくれなかっただろ?信じてくれなくなったのは、おまえだろ?」

 傷つけるような言葉だと分かっていても、噤むことが出来ない。独立した意思をもっているかのように、口が勝手に動く。
 泣かせたいわけじゃない、笑っていてほしい。なのに、優秀だと言われたその脳は制御が壊れてしまったかのようだった。

「それは・・・っ!」
「僕はお前が好きだから、傍にいることを許した。テツヤ、僕はお前が思っているほど器用じゃないし、好きでも何でも無い相手になんか、触れるわけないだろ。テツヤが好きだったから愛しているから、ずっと想っていたのに」

 公衆の面前であることを思い出した赤司の言葉は段々と尻込みしていく、それに伴うように白い頬も朱に染まっていった。それは黒子も同様だ。
 真っ赤な顔をして、二人して立ち竦んだ。
 夕方の駅前で、人通りも決して少ないわけじゃなくて寧ろ多いくらいだ。ちらちらと不躾な視線が突き刺さる。

「何をしているんでしょうね、ボクたち」
「本当にな。もう25だ。すぐに、26になる」

 落ち着きを取り戻して、顔を見合わせる。
 朱が引いて、それでも名残からか基から色白だった二人はほんのりと色づいていた。



「・・・黙ってて、ごめんなさい」
「どうして、何も言わなかったか聞いてもいいか」

 黒子は躊躇いながらも、口にする。嫌われることも非難されることも、追いかけたときに覚悟は決まっていた。
 何時も自分は被害者ぶって加害者になっている。自分のしてきたことはとことん、可哀そうな自分を作り上げるためだったのだと思うと情けなさを感じた。他人を振りまわしてヒロインぶって、こんなにも利己主義で醜い人間なのだ。

「キミの迷惑にはなりたくなかった。未来を潰すことは、したくなかった」

 それは建前だ。本当は、守りたかったのは、

「重荷になって・・・捨てられることが、こわかった」

 自分だった。



 その答えは、赤司の予想範囲だった。
 息子と名乗る子どもが現れたときに、その容姿をみて、その年齢を聞いてうっすらと考えていた。黒子はなんでも自分で解決しようとして、決して他人に頼ったりしない。その頑ななところも好きだった。彼に頼られたいと思った。だけど、今は愛しさあっての憎らしさでしかない。どうして言ってくれなかったのだと、それほど僕は人でなしに思われていたのかと醜い感情がのぞく。

「そんなことは、テツヤが決めることじゃない」
「でも」
「僕はテツヤのためなら、テツヤが隣にいてくれるなら、何だってしたのに、未来なんて、赤司という名前も捨ててやったのに。テツヤのいない未来なんて、欲しくなかった」

 膜を張っていた瞳からぽたりぽたりと、滴る。

「なんで、そんなこというんですか・・・だったら、僕がしてきたことは、何だったんですか?
 分かるでしょう?男同士で、子どもが出来て・・・誰にも、認められなくて、どうしたら、良かったんですか?」



 黒子はしゃがみ込んで、ぐずぐずと泣き出してしまった。
 今更になって不安があったのだと気付いた。10年間、気付かないように、見向きもしないように、胸の奥底に押し込めていた不安だ。
 本当は誰かに認めてほしかった。産んでいいのだと、背中を押してほしかった。産まれた子を抱きしめてほしかった。誰かに、赤司に助けてほしかった。

 ――――――――――ずっと・・・不安だった。

 母親と父親、二つの役割を担うには黒子はあまりにも幼かったのだ。

「・・・少なくともテツヤを一人になんて、しなかった」



 赤司が抱きしめた体は、すっかり細くなっていて少し力を加えてしまったら折れてしまいそうで、壊れてしまいそうだった。
 抱きしめられた黒子の涙がコートにシミを作る。

「テツヤ」

 嗚咽を漏らす黒子に、狡い方法だと分かっていても、赤司は言わずにはいられなかった。赤司の知る黒子は果敢無いような容姿でいながら、負けず嫌いで誰よりも男らしい少年だった。その黒子が訳も分からないように、子どもみたいに泣いている。

「もう一度だけチャンスをくれないか」

 心臓が煩かった。きっと、抱きしめている黒子にはその煩さも伝わっている。
 黒子は恐る恐ると顔を上げて腫れぼったくなった目をいっぱいに見開いて、赤司の顔を凝視していた。信じられないとでも言いたいような顔だ。

「こんな、僕で良いんですか」

 絞り出した声は嗚咽だけではなく、震えていた。

「テツヤじゃなきゃ、僕はダメになる」
「僕は面倒くさいです」
「うん」
「勝手に勘違いして、自己完結して、迷惑ばかり、かけてます」
「うん」
「・・・それから、きっと、もう、赤司くんを離してなんかあげられません」
「僕だって、もうテツヤを離したりなんてしない」
「いつか、後悔する時が来ます」
「そんな日は絶対にこない」

 黒子はくしゃりと顔を歪ませて、わっと泣き出した。柔らかな髪質は変わらない。その頭を寄せて、誰にも見られないように隠した。恥ずかしいからだとかみっともないからだとか、そんな理由じゃない。宝物を誰にも見られたくない、そんな子供じみた独占欲だった。
 人通りの激しい往来で、立ち止まる赤司(と赤司に隠されている黒子)を邪魔そうに避ける人たちを見ても、何も感じない。
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