ピリオド

  • since 12/06/19
 空の世界に天司は不用となった。空の世界で生きる命は、存外に逞しい。
 サンダルフォンは思いのほか、あっさりと受け入れることが出来た。驚くことに、淋しいと思うことは無かった。それどころか、わかり切っていたことのように、やっぱりなと思ってしまった。
 幾度とない滅亡の危機も、彼らは乗り越えていった。天司長の加護がなくとも、生きていけるだけの強さがあったのだ。
 身を寄せていた騎空団が解散をしたのは気が遠くなる程の過去であるというのに、今でもサンダルフォンは当時のことが鮮やかに思い出される。孤独で、箱入りだったサンダルフォンにとっては良い意味でも、悪い意味でも、刺激的な旅であった。思い出だからと、決して美化されているばかりではない日々を思い出して微苦笑を浮かべる。

 最期の場所はカナンと決めていた。

 サンダルフォンは、荒れ果てたた地に降り立った。神殿はかろうじて、原型が残っている。長い歳月の中で朽ち果てた内部を一人、歩いていると呼吸の仕方を忘れそうになった。竦みそうになる脚を動かし、神殿の奥に辿り着いたサンダルフォンはふと、呼吸を止めていたことを思い出した。
 瓦礫を背にして座り込み、片足を抱える。

──ルシフェル様にお会いしたら、どのような話をしよう。
──ルシフェル様を待たせ過ぎてしまっただろうか。

 不安と、期待が入り混じる中で意識が遠のいていく。
 眠りに就く感覚とは異なる、底のない暗闇に落ちていく感覚。意識が解離しいていく、違和感を抱きながら、サンダルフォンは空の世界から消え去った。
 約束を果たしたと、満足に言えるだけを生きたサンダルフォンはこうして自らの生を閉じたのだ。
 青空が広がる、良く晴れた日のことだった。



 ねとねとと皮膚にまとわりつく不快な感覚と、鼻にツンとする刺激臭にサンダルフォンは身動ぎする。うう……と呻き声を上げれば、途端、前髪を引っ張り上げられ痛みに、意識が覚醒した。
 ぱちくりとサンダルフォンは目を丸くする。
 ややあってから焦点が合った視覚からの情報量に、理解が追い付かず呆然としていた。言葉も失い、ただじっと、見上げるしかない。
 サンダルフォンの前髪を掴んでいるのは、まろい頬をした稚い姿の研究者であった。
 仄かに輝ているように見える青い瞳がサンダルフォンを見つめている。
 やがて、反応を示さないサンダルフォンに稚い研究者は冷めた目で、詰まらなさそうにサンダルフォンを見下ろした。
 その姿にサンダルフォンは、「あ、間違いないな。ルシファーだ」と抱いていた既視感を確信へと変えた。
 一応は生物という規格内で生きていたのだなと、自身の腰ほどの背丈のルシファーのつむじを見下ろしてサンダルフォンは感慨に耽る。ルシファーはサンダルフォンの視線に気づいた様子もなく、あるいは無視を決め込んでいるのか、ずるずると不釣り合いな長いローブを引きずりながら歩いている。重くないのだろうか、とかローブの裾が汚れているなとサンダルフォンは気になってしょうがない。
「サイズが合ってないんじゃないか」
 つい、口にしてしまうとルシファーは足を止めた。
 機嫌を悪くしたのだろうかとサンダルフォンがしまったなと思っていれば、ルシファーは振り返る。
 その目がきらきら爛々と輝いているものだから、サンダルフォンは戸惑う。誰だ此れはと訝しむ。とても、知っているルシファーではない姿であった。
「意思があるのか」

 サンダルフォンはきょとりとする。

 そりゃああるさと思ったものの、そういえば自分から話し掛けたことはなかったなと思い返した。実験室で目覚めて以来、サンダルフォンはルシファーの様子を窺うばかりあった。そのうちにルシファーはサンダルフォンに興味を無くしたみたいに、持てあますようになっていた。着いてこいと命じられればサンダルフォンは着いていくだけであった。
 すっかり興奮したみたいなルシファーの不健康に青白い頬が色付いている。サンダルフォンは困ってしまう。
「自我が形成された要因はなんだ? そもそも何時から自我を得た?──いや、芽生えたというべきか。自身についてどれだけ把握している? 言葉はどのように得ている? 学習しているのか? それとも本来の能力なのか? 思考能力はどの程度だ? いや、そもそも知力だな。学習検査をさせるべきか? おい、答えろ」
 と怒涛の質問攻めにサンダルフォンは目を白黒とさせる。対してルシファーときたら爛々と子どものように──実際に子どもであるのだが、サンダルフォンになぜなにと疑問の一欠けらを投げかけている。
 サンダルフォンはひくりと頬を引きつらせてから、どのようにこたえるべきか散々に悩む。なんせ自我も何も、サンダルフォンはサンダルフォンであった。
 サンダルフォンは、カナンの地にて満足な最期を自ら選択して、どういう訳か時代を遡って生きている、死にぞこないである。
 ちらりと、サンダルフォンのこたえを期待しているルシファーを見てからサンダルフォンは、
「……わからない」とこたえた。
 ルシファーは眉をひそめる。それから子どもの形には似合わないため息を零した。落胆と失望を隠しきれていない姿に、まさか安心する日が来るとは……とつむじを見下ろしながらサンダルフォンは遠い目をした。



「お前は眠らなくてもいいのか?」
「ああ、必要ないよ」
「…………そうか」
「気になるなら部屋を出て居ようか?」
「……いや。そこにいろ」
「わかった」
 うとうととしているルシファーに布団を被せてやりながらサンダルフォンはこたえた。すっかり夢心地なルシファーは、暫くすると規則正しい寝息をたてはじめる。
 サンダルフォンは寝顔を眺める。
 うっすらと記憶にあるルシファーの面影、というべきか要素は感じられる。蒼い瞳に銀髪は仕方ないとしても、口調は既に幼さは残っておらず、ルシファーらしい高圧的なものとなっている。成長したずっと未来、残虐な堕天司の王になるのだと思うと、サンダルフォンはもどかしい気持ちになった。
──いっそ、このまま手に掛けてしまおうか。
 邪魔立てする存在はいない。安心しきっている、隙だらけな子どもを手に掛けることは造作もない事である。しかし、憂鬱になる。
 穏やかな寝息を立てているのは、子どもである。小生意気で、反抗期なのか直ぐに不貞腐れる、面倒で厄介な、手のかかる子どもである。眠っている姿だけは、素直に愛らしい、子どもである。
 まだ、分からないことだとサンダルフォンは言い聞かせた。
 このまま、ルシファーは何も知らないまま、ただの研究馬鹿として生きるかもしれないじゃないかと、期待を抱いている。だって自分というイレギュラーが存在しているのだ。
「おやすみ」と声を掛けてまろい頬を突いた。



「朝だぞ、ルシファー」
 声を掛けられたルシファーは誰の声か一瞬、分からないでいた。寝起きで、意識は覚醒しきれておらず、ぼんやりとしているルシファーに笑い掛けながら、
「寝ぐせがついてる」
 細い髪を撫でつける。ぴょこんと跳ねていた髪は暫くは落ち着いていたが、本人と同じく頑固であるようにまたぴょこんと元の状態に戻ってしまった。まだ、夢心地なルシファーは撫でつける手が温かいなと、またうとうととしそうになっていた。慈しむように笑い掛けられる。
「おはよう、ルシファー」
「…………おはよう」
 たっぷりと間を空けてから、ルシファーが繰り返すとサンダルフォンは満足そうに頷いた。ルシファーは馴染みのない言葉を口にして、むずむずとした。すっかり、目が覚めてしまった。
 起き上がるルシファーを、サンダルフォンは微笑ましく見守る。
 その視線から逃れるようにルシファーは洗面所へと駆けこんだ。
 サンダルフォンにとって、己は庇護すべき存在なのだろうとルシファーは推測している。
 鏡に映る自分の姿は幼い。
 サンダルフォンの意図は理解できない。世話をする理由も、意味も、ルシファーには不明であった。なぜ、と問いかけてもサンダルフォンは首を傾げる。いっそ本能なのだろうかとまた、疑問がわいた。
 サンダルフォンを作りだしたのはルシファーである。
 ルシファーの、長年の研究における偶然の産物であった。
 同条件、同理論で再度の実験を繰り返しても、サンダルフォンのような存在は確認できていない。ルシファーにとって屈辱的な、再現の出来ない産物である。
 研究をしたいという気持ちがある。解剖したい。中身を知りたい。解き明かしたい。しかし、再現が出来ない故に、実行できないでいる。たった一体しかない、稀有な検体であるのだ。ルシファーも慎重になる。

 ただじっと、サンダルフォンの観察に余念はない。

 サンダルフォンは、自身の一挙手一投足を見詰めるルシファーの目にひやひやと、在りし日の戦いが思い起こされた。戦いの最中であるというのに、──ルシファーにとっては羽虫を蹴散らす程度の認識であったのあろうが、「検証に付き合え」と戦いの場に相応しくない言葉を発していた姿であった。
 ルシファーという存在は、サンダルフォンにとって恐怖の形をしていた。
 だというのに、今や、星の民であるルシファーが、外見に反した歳月を生きていると理解した上で、サンダルフォンはつい、ルシファーを幼子のように扱ってしまう。
 外見以上に生きているのだと、幼子ではないのだと頭では分かっているのに、つい見ておられず、干渉してしまう。ルシファーから「余計なお世話だ」だとか「鬱陶しい」だとかいう反応を想像していたというのに、ルシファーはすんなりと受け入れるからサンダルフォンは引っ込みがつかなくなってしまった。



 ルシファーはいかなる時でも、サンダルフォンを手元に置いた。自分が不在の間に、サンダルフォンを他の研究者に実験に使用されることを防ぐためであった。サンダルフォンは理由を察して、星の民おっかないなと改めて思った。そして、天司が確認されていない時期において、未知の生物である自分を手元におくことが認められているルシファーは改めて、天才というべき存在なのだと知る。
 特例を許されている。個人用研究室を与えられている。何より、ルシファーのように幼い外見をした星の民は、研究所で見掛けることはなかった。
 研究者としてルシファーが議論を交えるのは、大人というべき外見をした同族であった。その研究者たちの中でも、ルシファーという存在は抜きんでているように、研究者ではないサンダルフォンですら認識していた。
「きみってすごいんだな」
 ルシファーは胡乱にサンダルフォンを見上げた。
 手元には幾つもの資料が開かれ、インクで手が汚れている。サンダルフォンは指示された通りに、研究室に備え付けられている本棚から選び出した資料を机の片隅に置いた。
「……別にすごくはない」
 そう言ったルシファーの横顔が、少しだけ健康的に色付いて見えたからサンダルフォンは照れてるのだなと思った。それから、ずるいと思うのだ。
 すまし顔で、既に未来の堕天司の王としての片鱗が見え隠れするほどの研究馬鹿への道を突き進んでいる。
 だというのにふとした瞬間に可愛いと思わざるを得ない仕草を、自分だけに見せるのだ。あざとい。ずるい。そして可愛い。サンダルフォンは口惜しいと思った。
「どうした?」ところころと百面相をするサンダルフォンを心配するルシファーに、「なんでもないよ」とかえす。ルシファーは訝しむ。サンダルフォンは「なんでもない」とごり押した。
 ルシファーは、じっとサンダルフォンを見詰めてから仕方ないと資料に向き直る。しかし、資料の内容が頭に入らない。文字を目が追いかける。中身が認識できない。ほわほわと、浮ついて集中できずに、困惑をする。
 すごい、という言葉を掛けられても珍しいことではない。同僚からも掛けられる。同僚とは異なり、すごいという言葉の中にちらりとも妬みや嫉みを感じられないことにむずむずとした。
 ルシファーは自身を「すごい」とは思わない。ルシファーにとっては、当たり前のことだった。昔から、知り得ているような感覚であったから、その理論が、研究が、存在していないことこそに違和感を抱いた。一つ、一つと自身の中の常識が認められていく程度である。常識を称賛されたところで、喜ぶ理由はない。だというのに。

「研究が、評価された」
 サンダルフォンは本棚の整理をしていた手をとめてルシファーを見た。ルシファーは何を言っているんだと自分で呆れて、後悔みたいな、罰の悪い顔をしていた。沈黙が苦しい。何を求めているのか。馬鹿馬鹿しい。当然のことを、常識を評価されたとことでと言い訳ばかりが過っていた。
「……すごいじゃないか、なんで冷静なんだ? 喜ぶことだろう!!」
 あまりにもルシファーが何でもないように言うから、サンダルフォンは意味が理解できなかった。理解したら、どうして喜ばないのかと不思議でならない。
 我が事のように喜ぶ姿をルシファーは、「そこまではしゃぐことじゃない」と言いながら悪い気持ちにはならなかった。疎ましいとは思わなかった。ふふんと上機嫌に言う。
「俺の研究が、決定打になったんだ」
「決定打?」
「ああ……お前は、知らなかったのか。空の世界だ。やっと、占領できたんだ」
「そう、か」
「……どうした?」
「いや、すごいなと、思ったんだ」
「そうだろう」と得意げに笑ったルシファーに、サンダルフォンは上手く笑えたか分からなかった。



 ルシファーが、寝る間を惜しんで研究に打ち込む姿を知っている。ルシファーは「すごくはない」と謙遜でもなく、否定をする。しかし、理論の証明をするために、研究の有用性を説くためにルシファーが努力している姿を見てきた。だから、認められて嬉しいはずであった。
 時間が曖昧な空間とはいえ、確実に流れている。
 ルシファーは成長をしている。
 サンダルフォンの腰ほどの身長から、肩程までになり、今や視線は大して変わらぬ様になっていた。もう、つむじを見下ろせないのだなとサンダルフォンは淋しい気持ちになった。同時に、徐々に幼い外見に見合った無邪気な残酷さから、冷徹且つ残酷な研究馬鹿へと成り行く姿を見ていると、素直に、成長を喜ばしいことと認めることができなくなっていた。
 サンダルフォンの存在を忘れたかのように、ルシファーは空の世界が持つ性質である「進化」にとりつかれたかのように、研究に没頭していた。
 どう足掻いても、ルシファーなのだと、サンダルフォンはもどかしくなる。
 それでも、ぶつぶつと自身の思考を言葉にして整理している姿を見詰めながら、サンダルフォンは淡い期待を捨て去ることが出来ないでいた。
 サンダルフォンは乱雑に放置された書類と資料をまとめる。口酸っぱく、散々に咎めてもルシファーは研究にかかりきりになると周囲に頓着しなくなる。言っても無駄であることに、諦めるしかないのだとを至ったのはルシファーの身長がサンダルフォンの胸に届いてからだった。随分としぶとく懇々と注意をしたなとサンダルフォンは書類を拾い集めながら苦笑する。
 甲斐甲斐しく部屋を片付けるサンダルフォンは、努めて、音を出さないようにしていた。
 研究に区切りがついたのか、ルシファーは仮眠を取っていた。
 どうせなら自室で眠ればいいだろうと言ったサンダルフォンに、ルシファーはここで良いと言って研究室にとりあえずと置かれていたソファで死んだように眠っている。
 ルシファーなりに、サンダルフォンを気遣っていることを、サンダルフォンは承知している。
 研究者たちにとって、空の世界は未知の宝庫であった。探求心が刺激される。興味が尽きることがない。巡り巡って一部の刺激された研究心は、そういえば未知といえばとサンダルフォンに向けられていた。
 そんな一部の研究者達から、守られているという自覚がサンダルフォンにはあった。記憶にある、かつてルシフェル様の友であったルシファーにはない優しさであった。もしかしたら、彼は堕天司の王にはならないのかもしれない、世界を滅ぼそうだなんていう計画を立てることのない未来があるのかもしれない、という淡い期待を、摘み取ることが出来ない。



 幼い頃──物心付いたときから抱き続けていた、胸に広がる虚しさが疎ましかった。何をしても空虚で、すかすかと、虚しいだけで、不快感ばかりが募る。埋めるように、忘れるように学問に没頭していくうちに既視感を抱いた理論や研究が評価され、認められるようになっていた。いつしか天才と持て囃されるようになっても、ルシファーの中には虚しさだけが広がる。
 ルシファーは一度たりとも、満たされることはなかった。
 偶発的に作られたサンダルフォンを前にしたときには、僅かな高揚感を抱いた。自分が、追い求めていたものだと期待をした。この存在こそが、空虚さを満たしてくれる存在なのだと確信をしたのだ。そして、呆気なく期待は裏切られ、失望をした。サンダルフォンという存在はルシファーの求めていた存在ではなかった。サンダルフォンによって、ルシファーの空虚さは、渇望感は、満たされることはない。



 空の世界を管理するための機構を、研究者たちが造り出している。ルシファーもまた、空の世界の進化について研究する過程において、進化の管理が必要であると結論づけている。

──そろそろ、終わりか。

 サンダルフォンは淋しく思いながらも、覚悟をしていた。
 サンダルフォンは限界を迎えている。
 なんせ、本来ならば命を終えたつもりであったのだ。それが偶然、呼びこまれるみたいに、引き寄せられて、肉体を得た。幼いルシファーが作りだした、偶然、よくできただけの肉体であった。不完全な肉体である。かつて作られた肉体とは異なる。それでも、サンダルフォンはルシファーが作りだした不完全な肉体を、愛していた。もしかしたら、ルシフェル様が作られる瞬間に立ち会えるのかなと考えたものの、そこまで肉体は維持出来そうになかった。
 相変わらず研究に没頭しているルシファーに、サンダルフォンは言うか、言うまいか散々に悩んで、別れを告げることにした。
「ルシファー、俺はそろそろ、さよならだ」
「……いやだ」
「我がままをいうなよ。お前も分かっているだろう?」
 サンダルフォンは仕方ないと困ったように笑うことは無く、ただ哀しそうにするだけだった。
「不完全な肉体だからか?」
「……活動限界だ」
「ならば新しい肉体を、すぐに作る。だから、」
「俺は、この体が良い」
 それに、出来ないだろとサンダルフォンが揶揄うように、意地悪に言えばルシファーはきゅっと唇を噛んだ。まだ、天司という規格は確立されていない。
 サンダルフォンと同じ存在を、ルシファーは再現出来ていない。

 さよならを口にしたサンダルフォンは、それから間もなくして、稼働停止した。
 よく晴れた日の朝だった。
 清々しい朝に、「おはよう」と聞こえないことが不思議で、ルシファーはサンダルフォンの遺していった肉体に触れた。
 壁に寄りかかって座り込んでいる姿は、動き出しそうだと思った。だけど、その中身は伽藍洞であった。名前を呼んでも反応を示すことは無い。「さよなら」なのだとルシファーは理解をしても、納得が出来ずにいた。
 ルシファーは、研究者だ。
 そしてサンダルフォンは、稀有な、検体であった。
 サンダルフォンは、作られた命でありながら個としての自我を宿し、思考し、行動していた。それは、ルシファーが現在取り掛かる研究に、必要な要素を全て、満たしていた。



 サンダルフォンを研究して、改良をした天司という、自律型機構を造りだした。ルシファーは初めて、満足のいく、満ち足りた気分を抱いた。ここに、サンダルフォンがいたならば、喜んでくれるだろうかと、考えて苛立たしい気持ちになる。苛立ちをぶつけるように、研究に没頭した。
 幾つもの天司を作りだした中で、ルシフェルは最高傑作と呼ぶに相応しい出来であった。完璧で、完全な存在だ。しかし「保険をかけるか」と考えて、天司を作れと命じた。サンダルフォンの存在がちらついていた。
 ルシフェルは「わかった」と従った。
「友よ、私が作った天司だ」そういって、おどおどとしている天司の姿に、ルシファーは言葉を失った。ルシフェルににこりと促された天司は、頭を下げて、それから、恐る恐ると、
「サンダルフォンと、申します」

2020/12/01
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