ピリオド

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 立ち上がろうとして、ぺたりと、サンダルフォンはへたり込んだ。
 自分の身に何が起こったのか理解出来ず、ぱちぱちと瞬かせてしまう。立ち上がろうとしても、踏ん張ることもできず、それどころか力もない。ぐんにゃりとする手足に戸惑い、それからとうとう、上体すらまともに維持できずに倒れ込んだ。
 冷たい床が頬に触れる。ごつりと打ち付けた側頭部がじわじわと熱を持つ。
 起き上がれないほどの怠さだというのに、中身がすっかりと透き通ったみたいになっていく。
──このまま朽ちていくのだろうか。ちらりと考えて、それは、嫌だなと思った。だけどどうしようもなく、体が重くて、軽い。塗りつぶされていく思考の中、誰よりも優しい人を思い浮かべた。
 役に立ちたかったなぁと後悔を抱きながら、意識は落ちていく。
「……?」
 サンダルフォンはぼんやりと天井を見上げた。暴力的な白を見ているうちに目が回って、視界をそらす。それから、話し込む人影に気付いた。人影のうち、一つがサンダルフォンが目を覚ましたことに気付き駆け寄る。
「よかった、目を覚ましたんだね。……気分は悪くないか? おかしなところは? サンダルフォン……?」
 矢継ぎ早に問い掛けられ、サンダルフォンは目をぱちくりとさせる。その様子に、ルシフェルはじわじわと焦ったように、振り返った。縋りつくような視線がひしひしと突き刺さり、ルシファーは渋々と口を開く。
「応急処置はしている。問題は無い。大方、寝ぼけてるのだろう」
 何十回も説明している。──こちとら天司作りに関してはスペシャリストだぞ。とルシファーは最高傑作の疑り深い視線に苛立ちを覚えていた。
「容量に対して、中身が微少すぎる。倒れていたのもその所為だ。──栄養失調みたいなものだ」
 無様なものだな、と内心で付け足した。
 サンダルフォンは体を起こして、ルシファーの話を聞いていた。どういう意味なのか、サンダルフォンには理解出来ないでいる。戸惑いながら、ルシフェルを見上げると、ルシフェルは合点がいったようだった。サンダルフォンを見つめて申し訳なさそうな顔をした。サンダルフォンはそんな顔をさせてしまったことが申し訳なくなる。
「不良品だな。作りなおしをすすめる」
 ルシファーは残念がることもなく口にすれば、鋭い視線にやれやれと呆れる。サンダルフォンは顔を青ざめさせていた。
「今回は応急処置として稼働限界となった天司の羽を取り込ませたが、定着はしていない。根本的な解決となると、容量を満たすことだが──」
 ちらりとサンダルフォンとルシフェルを見たルシファーは、不自然に言葉を区切った。珍しく、言いよどんでいる。あるいは、口にするのも憚られている。
──性行為による体液交換が一番手っ取り早い。
 同時期に作ったベリアルが性に奔放なのに対して、ルシフェルは知識として性行為を知っているものの、興味を示したという話を聞いたことは無い。作られて間もないサンダルフォンが、性行為に関する知識を持っているのか不明だ。ルシファーが作った天司と比べると、サンダルフォンは言動が幼い上に、性行為に興味のないルシフェルが作ったのだから、省かれている可能性の方が高い。
 そんな、二人に性行為が出来るのかと考えて、ついうっかりと想像をしてしまって、ルシファーは胃液が込み上がった。
 痺れをきたしたルシフェルが、言葉の続きを促す。
「方法は?」
 紅潮した頬に、うっすらと涙の膜が貼られた瞳がルシフェルを見上げる。見上げられたルシフェルは、困ってしまう。サンダルフォンは「もっと欲しい」「まだ足りない」というように、甘えた声でルシフェルの名前を呼んだ。
「今日はもう終わりだ、サンダルフォン」
「いやです」
 駄々をこねるサンダルフォンに、ルシフェルは参ってしまう。普段の聞き分けの良さが嘘みたいにぐずぐずと駄々をこねる。可愛がりたい、甘やかしたいという気持ちを押さえつける。心を鬼にする。何より、サンダルフォンの為にならないことを、ルシフェルは理解していた。
 すんすんとサンダルフォンが鼻をすする。
「ルシフェル様は俺が嫌いなんだ」
「そんなことあるものか」
「だったら、どうして」
 と諦めの悪いサンダルフォンに、微苦笑を浮かべたルシフェルはサンダルフォンを抱きしめる。あやすように、背中をとんとんとする。抵抗するように、嫌々とむずがっていたサンダルフォンはだんだんと静かになっていく。
 やがて、すうすうと穏やかな寝息が聞こえた。
 ルシフェルはサンダルフォンの脇の下と膝裏に手を入れて抱きあげる。一瞬だけむずがったサンダルフォンはもぞもぞとした後、落ち着く場所に収まったように、また寝息を立て始めた。ルシフェルはサンダルフォンを静かにベッドの上に横にする。
 サンダルフォンの寝顔を見つめ、その頬にかかった髪をそっとはらうと、そのまま、指先が、唇をなぞった。
 倒れ込んだ姿を見たことは以来、一度もない。
 口腔経由による体液交換という治療行為の効果はてき面であり、サンダルフォンの体調は安定している。
 治療行為に対して恥じらいだとか、苦痛だとかはない。ただ、治療行為なのだと言い聞かせないと、ぐらぐらとルシフェルの中で何かがぽっきりと折れてしまい、歯止めが利かなくなってしまいそうで、サンダルフォンを傷つけるのではないかということだけを憂いていた。
 憂いさえなければ、サンダルフォンとの数少ない触れ合いであるから、それが自分だけの特別であるから──なんせサンダルフォンに力を分け与えても問題無い程の力を持ち、そして相性が良いのは自分だけであるから、ルシフェルは治療に関しては積極的だった。サンダルフォンに、たとえ熱に浮かされた、酩酊に近い状態であっても、積極的に求められることを負担と思ったことはない。
 けれど、周囲は、特にルシファーの判断は厳しいものであった。
 治療であるならば、求められる結果は完治である。
 いつまでも治療が続くのなら、いずれ下るのは「廃棄処分」という合理的な判断であることを、ルシフェルは予測している。幸いなことに、治療の結果というべきか、あるいは副次的産物により、サンダルフォンはルシフェルの力を取り組み、自らの生産能力だけで容量を満たすことが可能になっている。栄養失調になることもなく、飢餓状態に陥ることはない。当人であるサンダルフォンは気付いていない。気付いていながら、ルシフェルは指摘しない。
 もう少しだけ、あと一度だけ──と云い訳をしながら、ずるずると先延ばしにしている。
 ルシフェルは今度こそと決意する。
──次で終わりにする。
 そして次にまた治療と称して甘い唇に触れるとぐらぐらと揺らぐのだ。

2020/11/21
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