ピリオド

  • since 12/06/19
 ルシフェルが頻繁に、殆ど毎日のように研究所に戻るようになったことはすっかり「当たり前」として認識をされているから、ルシファーはむかむかと気分が悪いったらない。こんな当たり前、あってたまるかと忌々しく吐き捨てる。
 のこのこと研究所に帰還するなり、中庭へと向かおうとするルシフェルを待ち伏せするように、ルシファーは声を掛けた。
「実験に付き合え」
 ルシフェルは首肯した。これで断ろうものならば、ルシファーはいよいよ中庭を取り壊した上で、役割のない天司をコスト削減を名目に破棄するつもりであった。
 実験に付き合うことは珍しい事ではなかった。実験内容についてルシフェルは詳細を知らされることもない。意味があるのか疑問を抱くことはあるが、問いかけることもなかった。友である以上に、創造主であるルシファーに逆らうという選択は、今のところ、無い。
 個人的な実験であるために、補助につく研究員は不在であった。がらんとした研究室につくなり、ルシファーがコアを渡せと命じると、ルシフェルは、天司にとって急所ともいえるコアを明け渡した。むき出しのコアを手に取ったルシファーは満足になる。他の天司と比べるまでもなく、最高傑作と称するに相応しい形をしている。そして、ルシファーは最高評議会からの命令を思い出し、眉を寄せた。

──天司の知能に制限を。

 今更なことに、呆れてしまった。
 ルシファーが天司を作りだしてから、そして天司が稼働をしてから、げんなりとする歳月が経っている。
 空の世界を管理している天司を、今になって脅威とみなした最高評議会の愚鈍さと、そしてそんな愚鈍な連中に命令される立場である不快感、それから、これから作る天司の知能水準、規格の調整とするべきことを考え、同時に良い機会ではないかと閃いたのだ。

──あの存在を、ルシフェルの中から排除できる機会ではないのか。

 知能の制限ではなく、行動の制限を設ける。自律機構としての機能を補助させる。役割を優先させるため、行動の妨げとなることがないように、制限を設ける。なんら、不自然ではない。それどころか、至極、当然である。
 コアに制限を掛け、ルシフェルに戻す。
「実験の内容を聞いても?」
「……経過を見て伝える。もう戻って構わん」
 ルシフェルはさして疑問を抱く様子はなく、わかったと言った。それから、
「では、私は中庭に行く」
「……あ?」
 思わず訊き返してしまう。

──制限が、掛けられていないのか?

 ルシファーは過った考えを、そんな、まさかなと排除する。ルシフェルを手掛けたのはルシファーである。天司という規格を作り上げたのはルシファーである。間違えや失敗なんて、ありえない。制限が弱かったのだ。そうに、違いない。言い聞かせるみたいに納得をさせる。
 そうでなければ、あり得ない言葉を吐いたルシフェルはといえばサンダルフォンは、まだ中庭にいるだろうかということだけしか、考えていなかった。



「今日は、戻られないのかな……」とサンダルフォンは用意をした珈琲をひとりで啜りながら、しょんぼりとしていた。
 研究に研究を重ね、サンダルフォンにとって美味しいと思った淹れ方で淹れた珈琲は、自画自賛ながら、悪くはない。しかし、味気なく感じてしまう。
 お忙しい御方だから仕方ないと思いながら、自分勝手な淋しさがサンダルフォンの中でずきずきと暴れ出す。その沈め方を、サンダルフォンは知らないでいるからただ痛みに耐えるしかない。じっと、カップを両手で包み込んでいたサンダルフォンはふと、顔をあげた。覚えのある気配は、間違えることはない。扉がそっと開かれ、満面で出迎える。
「ルシフェル様!!」
 ルシフェルは強張った顔をしていたが、サンダルフォンが声を掛けるや表情を和らげる。それから妙な感覚を覚えた。どうしたのだろうかと心配に見上げてくるサンダルフォンに、なんでもないよと笑みをかえす。サンダルフォンはころころと表情を変えた。
「すぐに珈琲を淹れますね」
 はりきる様子を微笑ましく思いながら、先ほどの感覚は気の所為だったのだろうと気にも留めないでいる。

 それから数日が経った。

 友の実験とはいったい何だったのだろうかとルシフェルは天司長として麾下に指示を出しながら、そして中庭でサンダルフォンと語り合いながら、ふと思い出した。自身のコアを確認しても、細工は見られない。もっと奥底だろうかと思うも、確認する限り、やはり、痕跡は見られない。
「経過を見る」
 研究所に戻るなり既視感のように待ち構えていたルシファーに連れられ、再びコアを差し出した。
 コアを確認するなり、ルシファーは不愉快に舌を鳴らした。
 さらに、制限を強める。役割に支障が出ないギリギリである。戻すなりルシフェルは、
「もう、良いのか」
「ああ。戻れ」
「わかった」と言うなり研究室を出ると、中庭とは逆の道へと進んでいった。ルシファーは達成感でいっぱいになった。アドレナリンがどばどばと出ている。ルシフェルの中から、完全に、あの存在を除去することが出来たのだと満足な気持ちになる。
 それから、とぼとぼと肩を落としながら中庭を出て、与えられた部屋へと向かう姿に「ルシフェルは来なかったのか?」と声を掛けたい気持ちをぐっとこたえた。
 やはり、失敗ではなかったのだと、心穏やかに報告書を作成した。
 最高傑作は変わらずである。穏やかな気持ちを取り戻しつつあったのに、水を差すのはその最高傑作であった。

 帰還をした姿に、何か報告がと声を掛ければ否定をされる。
「ならばなぜ研究所に?」
 おかしなことをと言うように、ルシフェルは当然みたいに、
「中庭に、サンダルフォンに会うために」
 と言うものだからルシファーは言葉を失った。
 役割を逸脱した行動をとるはずがない。進化を司るという役割に、天司長という立場に、中庭も「スペア」も不用である。
 用件はそれだけだろうかと確認をするルシフェルを前にして呆然としながら考え込んだ。思考の世界に没頭する友の姿に、時間が掛かりそうだと思いながらサンダルフォンに早く、癒されたいと思っていた。
「…………コアの確認をする」
 ルシフェルのコアを見るなり、ルシファーは忌々しそうに告げた。

 実験は終了した。もう良い。

 果たして、実験とはなんだったのだろうかとルシフェルは思ったが、そうかと言うなり部屋を出た。研究室に一人残されたルシファーは、報告書を握りつぶした。そして、言い聞かせる。
 ルシフェルは最高傑作だ。実験によって、さらに証明されたと言える。自動修復機能により制限は解除された。それだけのことだ。そうでなければやってられない。考えたくもない。まさか。ルシフェルが自らの意志で、サンダルフォンなんて存在を求めているだなんて、認めることが出来ない。



──今日も、戻られないのかなとサンダルフォンは中庭でひとり、珈琲を淹れた。二人分の用意をしているものの、記憶している限り、ルシフェルは帰還をしていない様子だった。サンダルフォンが知らないだけで、研究所には立ち寄ったのかもしれない。運悪く、サンダルフォンは中庭にいなかっただけかもしれない。だとしたら、どれだけ良いだろうか。
 感じた気配に、淋しくなる。もう、忘れ去られているのにどうして未練がましいったらない。
「なんだか、随分と久しぶりな気持ちがするよ。サンダルフォン、ただいま」
 幻覚にしてはいやにクリアだ。
 サンダルフォンは唇をかみ、俯いた。
「サンダルフォン? どうかしたのかい?」
 不自然な様子のサンダルフォンに、ルシフェルは慌てて、駆け寄る。それからペタペタと触れた。触れられたサンダルフォンは、本物なのかとやっと認識をしてから、ふにゃりと笑った。
「おかえりなさい、ルシフェルさま」
 ルシフェルはきょとりとしてから、うんただいまと笑みを浮かべた。

Title:約30の嘘
2020/11/18
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