ピリオド

  • since 12/06/19
 自動販売機の前に立ちつくしている姿に、サンダルフォンは一瞬だけ、見惚れてしまった。なんせ、同性から見ても嫉妬を覚えない美丈夫であった。動いていなければ、人間とは思えないほどに芸術品めいた美しさがある。話しかけるのは、躊躇われた。しかし、残念ながら自動販売機はここ以外となると屋外の駐車場横にしかない。会議の時間と、移動とを考え、サンダルフォンは勇気を振り絞る。
「あの、」と声を掛けると、自動販売機をじっと見つめていた美丈夫が振り返りサンダルフォンに気付いた。
「先に使わせてもらっても、いいですか?」
「ああ……私が塞いでしまっていたのか。すまない」
 そう言って、美丈夫は横にずれた。サンダルフォンは軽く頭を下げてから小銭を投入し、買いなれた珈琲を選ぶ。ピコピコとおまけの運試しが点滅しているが、期待することなく、結果は見るまでもない。毎日使用しているにも関わらず、当たったことはなく、当たったという話も聞いたことが無い。取り出し口から缶を取り出そうとしたサンダルフォンに声が掛かる。
「この自動販売機は、現金のみの対応なのだろか」
 声を掛けられたサンダルフォンは、しどろもどろに、なんせ人見知りであるから、どうにか繰り返して、こたえた。
「そう、ですね。現金のみしか……」
 古いタイプの自動販売機だった。電子マネーなんてものが生まれる前の時代の遺物である。美丈夫は、そうかと首肯している。その声音が困ったように、サンダルフォンには聞こえた。現金を持ち歩くようには見えないものな、とサンダルフォンは勝手に思った。実際に、持っていない様子だった。途端、聞き慣れない、軽快な電子音が鳴り響いた。

──オオアタリ!! モウイッポンエランデネ!!

 機械音声が言う。サンダルフォンはぎょっとしながら、「本当に、あたるんだ」と心底、驚いていた。
「よければ、選んでください」と美丈夫に言った。美丈夫は首を横に振った。サンダルフォンは困ってしまう。

──アトサンジュウビョウ

 と機械音声がじりじりと迫って来る。時間制限に、サンダルフォンは仕方ないといつも飲んでいる珈琲のボタンを押した。カコンと、取り出し口に落ちた缶を拾い上げ、美丈夫に渡す。反射的に受け取った美丈夫が、目をぱちくりとさせている。サンダルフォンはちょっと無理強いだったかなと少しだけ申し訳ない気持ちになった。
「二本もいらないし、勿体ないので、もらってくれませんか?」
「……うん、有難くいただくよ。代金を、」
「おまけですからいりませんよ」
 サンダルフォンは珈琲よりもその横にあった水の方が、無難だったろうかと渡してから心配になった。
 何か御礼をと言う美丈夫に缶珈琲一本で大袈裟だと断りながら、サンダルフォンは昼休憩が終わりそうなことに気付き、焦る。すみませんと断り、あわてて会議室へと向かった。大事な打ち合わせである。




 会議室へと飛びこんだサンダルフォンだったが、まだスタッフは集まっていない。壁の時計をみても、余裕があった。ほっとしながら、席に着き資料を手に取る。
 恋愛リアリティ番組にスタッフとして携わっている。
 真面目な仕事振りが評価されてスタッフとして選ばれたものの、報道志望であったサンダルフォンとしては複雑だ。どれだけ有名な番組であり、同期に羨ましがられても素直に喜べない。
「あ、」と小さな声を漏らしてしまい、慌てて口を噤む。
 経歴とともに載っている写真は、自動販売機でやりとりしていた美丈夫であった。
 番組は、特殊だった。
 同じ数を集めた男女間での恋愛ではない。一人の男性をめぐって数十人の女性が互いを蹴落としながら一人になるまでを追い続ける番組だ。男性には、それだけの価値が求められる。すなわち、顔、経歴、地位が揃ったうえでの独身ということである。
 出演交渉も基本的には難航する。無事に出演が決まれば、出演取りやめのないように、失礼のないようにと事前に幾度となくスタッフ間で情報の共有を含めて打ち合わせをした上で、撮影に入るのだ。
 サンダルフォンは、胃がキリキリと痛みだした。
──失礼な行動は、していない、よなと自分自身に問いかける。たぶん、していない、はず。ただ相手が不快に思ったらそれだけでおしまいである。顔面蒼白なサンダルフォンに同僚が心配に声を掛けてくるが、そわそわと不安で落ち着かず「大丈夫だ」と生返事をした。
 ぞろぞろとスタッフが集まり、会議が始まる。
 メインキャストの「ルシフェル」の出演経緯は、細い伝手を辿りながら交渉期間二年に及ぶものであったらしい。失礼のないようにという再三の注意に、サンダルフォンは、胃が痛くなった。
 末端のスタッフであるサンダルフォンがキャストと直接接触することはない。
 撮影準備期間中も不安いっぱいに、心配をしていたが、ルシフェル側から不満や、番組スタッフについて問い合わせもない。気にしすぎていただけかとサンダルフォンはほっと、胸を撫でおろした。
 ルシフェル、という世界有数の富豪が誰を選ぶのだろうかと女性キャストのプロフィールを番組用に作りながら考えていた。比べることは失礼になるが、ルシフェルは歴代断トツのステータスであるから、女性陣の争いも苛烈になるだろうなとサンダルフォンは番組に携わるものとして、期待してしまった。




 撮影が始まった。
 サンダルフォンはすっかり、自動販売機のやり取りを忘れていた。スタジオに入るルシフェルの姿を遠目から見ても、失礼がないようにと緊張するだけだった。
 順調に撮影が進む。女性たちは苛烈なアプローチを仕掛けている。ルシフェルはめぼしい反応を示すことはなく、誰に対しても平等に接する。誰が選ばれるのか、スタッフにもわからないでいた。
「サンダルフォン、薔薇の準備を頼む」
 プロデューサーに声を掛けられたサンダルフォンは「はい」と首肯して準備倉庫に行くと、保管されている薔薇を台車に積む。薔薇は、出演女性の半分の数だけ用意をされている。いよいよ選抜だかとサンダルフォンはころころと台車を転がしながらぼんやり思った。
 休憩中にも関わらず撮影現場はピンとした緊張が張りつめていた。無理も無いかと、女性陣を見る。笑みを浮かべながらその目はギラギラしていた。
「持ってきました」と声を掛ければ担当スタッフに渡してくれとたらいまわされる。その担当スタッフに、ルシフェルに渡してくれとたらいまわされた。サンダルフォンは逃げたくなった。
 末端スタッフにさせる仕事じゃないと不満を胸の中で零しながらも、上司には逆らえない悲しき社会の歯車である。互いをけん制しあう女性キャストの鋭い視線にさらされながら、薔薇をルシフェルに渡した。ルシフェルはちょっとだけ考え込んでから、薔薇を受け取ると
「この薔薇を気に入ったキャストに渡せば良いんだね?」
 と確認をする。サンダルフォンは首肯してから逃げるみたいに場を離れた。




 撮影が再開する。
 司会進行役が薔薇を渡されたキャストが次のステージへと進めるという説明をしているなか、薔薇を持ったルシフェルはたいへん、絵になった。
 ルシフェルがずんずんと、歩き出した。自分が選ばれると思いこんでいる女性の前を通り過ぎていく。カメラが追いかけてやっと、立ち止まった先のサンダルフォンを前に、ルシフェルはひざまずくと薔薇を差し出した。
 微笑を浮かべたルシフェルは、
「どうか、受け取ってくれないか」

 サンダルフォンの思考回路はショートした。何を言っているのか、理解できずに、はっとして助けを求めるようにプロデューサーに視線を向けた。プロデューサーはゴーサインを出している。なんのゴーサインなのか、サンダルフォンには意味が分からない。アシスタントからカンペ用のスケッチブックをひったくると猛烈な勢いで指示を書きだす。

──受け取れ!!
──再生数!!!!!

 売られたのだと理解した。
 ひりひりと痛いくらいの視線を受けながら、サンダルフォンは薔薇を手に取った。ルシフェルはにっこりと美しい笑みを浮かべた。

Title:約30の嘘
2020/11/17
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -